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昭和の学校10

帰宅早々、母ちゃんは、いつもと違う表情で血相を変え、僕にこう言った。

「ひろし、ひろし、大変よ大変、トイレットペーパーが店に無いのよ、店から消えたの、わかる、わかる、ひろし、ひろし、もう中学生だからそれくらいわかるでしょう」

僕はその時、母ちゃんの言っていることがさっぱりわからなかった。トイレットペーハーが店から消えた。何処かの商店が人集めでマジシャンでも呼んで来て、トイレットペーパーを客の前で消す手品でもやったのか、それとも店のトイレにペーパーを置かなくなったのか?そんな軽い思いで答えたが、それが実際にトイレットペーパーがオイルショックでなぜか少なくなり無くなったことを聞いて、びっくり今後トイレでウンチも出来ないどうしょうと母ちゃんに当時言っと、そうなったら新聞紙でお尻を吹くしかない

と母ちゃんはそう言った。僕は母ちゃんに「新聞紙でお尻を吹くとお尻が擦れて血だらけになり痛いよ」と言うと、それなら何処かでなんとかして買って来るのよ母ちゃんは言った。

「そうだ、そうだ、明日の日曜日、電車に乗って新宿のスーパーへ買い出しに行くよ、あそこなら朝開店前から並べば買えるから、わかったわねひろし、父ちゃんは仕事だけど、あんた達子供は学校休みなんだから一緒に行くのよ」

「新宿?トイレットペーパーを買いに多摩の田舎から新宿まで行くなんて、おかしいよ母ちゃん」新宿と言えば、デパートなどがある大都会である。家族で実家から行く時は、身に着けている服も外出着に着替え子供でもおめかししないと、遊びに行くほどのところであった為、まさかトイレットペーパーごときの物を買う為に母ちゃんが高い電車賃を使うことに驚いていたが、それくらい事態は切迫していたことだけは当時の僕も理解していた。

 翌日になった。せっかく学校が休みなのに、早朝から電車に乗り約一時間かけて新宿駅に到着そこから地下鉄に乗り、目的のスーパーに到着した。するとスーパーは、まだ開店一時間前だというのに、沢山の人々が入店を待ち並んでいる。もちろんその人々のお目当てはトイレットペーパーである。「こんなに並んでいるの・・・どうかな、どうかな、今日買えるかな?」

母ちゃんが僕と当時小学三年生だった妹にそう言った。僕達子供も一緒にその列に並んだ開店時間が近づいて来る。みんな並んでいる人の表情が、殺気だっている。この時はまだ一人何個と限定販売されていなかった為、一つでも多く買おうといわんばかりだ。まるで節分の豆を一つでも多く拾うぞと身構えているように思える。みんな真剣勝負でここに来ている。並んでいる客の中には陸上の選手のように上等のスニカーを履きその早い足で、我先にトイレットペーパー売り場に突入しょうとしている。彼は多く買うのに手からペーパーが滑らないように滑り止めの手袋まで装着している様子。しかし不思議なことにこの中年男性は、時折吹く強風で砂埃が舞う状況でしきりに頭を押さえている。普通はゴミが入らないようにみんな目や顔を覆っているのに何処かおかしい。なぜか待ち時間に化粧をしているおばさん。ロングヘアーの兄ちゃん。犬を連れたおじさん。いろんな人が並んでいる。

スーパーの店員が開店となり店の入り口のドアを開けた。すると待っていた客が店にドット流れ込んだ。みんなトイレットペーパーの販売棚を目指して走っている。沢山あった棚が見る見る内に少なくなって行く。僕と母ちゃんも一つでも買おうと必死でトイレットペーパーのある棚を目指すが、何しろおばさん達のパワーは凄まじく、販売棚が壊れてしまいそうな勢いで一人三個パック四個パック買う人もいる。それを見て僕もと手を出すが、おばさんパワーには勝てず、挙げ句の果てにはなぎ倒され結局一つも買えなかった。母ちゃんはというと、一パックのペーパーを二人で取り合い喧嘩している。その後、店の店員にじゃんけんを勧められ、そのじゃんけんに勝ちやっと一バックゲットした母ちゃん。妹も既に三パックゲットしたおばちゃんの前で「せっかく一人で買いに来たのに、買えなかった、買えなかった!!」と泣いたもんだからそのおばさんから「こんな子供一人買いに来させるなんて、なんてひどい親でしょう、おばさんのをあげるから泣かないで」と妹は絶妙な演技で一つゲットし合計二パック買うことができた。周りを見渡すとあの手袋をし準備万端の中年男性は、競り合うおばさんにもみくちゃにされ、しきりに押さえていた頭はカツラだったのか剥ぎ取られ、勢いで吹き飛ばされたそのカツラを探している始末。剥ぎ取られた彼の頭を見ると、僕と同じ太陽のようなスキンヘットが現れた。その頭には、おばさんから掠られたのだろうかひっかき傷がありその現実のすさまじさが伺える。終始おばさんパワーに圧倒され妹にも負けてしまった役立たずの兄だった。

 しかし、そんなに大切に思い買ったトイレットペーパーもわずか一か月程で無くなり。それから僕の家では、新聞誌をトイレの落し紙に使いこの危機を乗り切った。当時は汲み取り式のトイレだった為、今では使えないが、新聞誌は落し紙としては痔が切れるほど固くそれ以来改めてトイレットペーパーの有り難さがわかった。父ちゃんも母ちゃんも、物が無い戦争の時代を経験しており、何でも無いなら無いで頭を使い工夫し時代を生きていた。そんなたくましい父ちゃんであっても、タバコと酒だけは無くなると、まるで禁断症状が出たように、タバコは近くの小店に僕をお使いにやったり、酒も夜八時を過ぎると、どこの酒屋も閉店しているので、買うことができず、店の入り口を叩き寝ている店の主人を起こし開けてもらい、なんとか買って来るなど、その二つだけは、子供の僕からしても、何と大人げない人に見えたものである。


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