驚く事じゃない?
「ただいま~」
徇は元気よく挨拶をして玄関扉を開けた。
車に積まれた山の様な荷物を徇も持つと申し出たが「お嬢様にその様な事はさせられません」と強く断られ、玄関扉を開ける役目を申し出たのだった。
「お帰り。どうだったかな?」
すぐに瑠紺が迎えに出てくれる。
「百貨店に連れていかれ驚きました。沢山買っていただいてこんな事言いづらいのですが、瑠紺さんやり過ぎです。私はここまで望んではいません」
本当は百貨店で雪永に言いたかった事を瑠紺に投げつける。
「父親として当然の事をしたまでだよ。それに私はお金はあるがなかなか使う暇が無くてね。経済を回す協力をしているとでも思ってくれないか?」
「他にもっと有効的な使い道があると思いますよ!」
「たとえばどんな?」
瑠紺にたとえばと聞かれても徇には簡単にすぐには思い浮かばなかった。
それに考えてみれば、稼いだ人が稼いだ分好きに使うのにケチをつける権利など徇にある訳も無く、自分が見当違いの八つ当たりをしているのだと気が付いた。
価値観や考え方の違う相手に自分の価値観を押付け、思い通りに行かなかった戸惑いを正当化しようとしていただけなのだ。
「ごめんなさい。それにお礼を言うのを忘れてました。こんなに買っていただいて本当にありがとうございます」
「お礼は私に徇の笑顔を見せてくれればいいのだよ。私はこんなに可愛い娘を持てて本当に幸せ者だ」
ここで瑠紺の娘として同居すると決めた以上、お互いの価値観のすり合わせはじっくりゆっくりやっていくしかないだろう。
反発し抵抗するより受け入れ分かり合う努力をする方がいいに決まっている。
と考えていると「荷物は部屋に運んでおきました」と雪永に声を掛けられた。
「ああ、ご苦労だったね。戻って良いよ。それから明日は朝から頼んだよ」
「承知いたしました。それでは失礼します」
いつの間にあの荷物山を運び込んでいたのか、雪永の仕事の早さに感心していた。
「玄関先でいつまでも話してはいられないよ。徇も今夜はゆっくり休みなさい。明日また話そう」
「はい、そうさせていただきます」
徇はお風呂に入り、買ったばかりのジャージのようなルームウエアに着替えた。
下着も当然だったが、一見するとちょっとお高そうなジャージにしか見えなかったのに、肌触りも着心地も断然に良くて驚いた。
そして客用布団を敷き中に入ると速攻で眠りについていた。
◇
「私は一緒には行けない。行きたいが、それは叶わないんだ…」
「でも、このままじゃこの子が……」
「そうだ、このまま奴らの好きにさせてはいけない。だから向こうの世界に隠すしかないだろう。君にすべてを託すしかできない俺を許してくれ……」
「向こうの方に頼ってはいけませんの?」
「俺は彼を裏切ったのだ、許して貰えるかも分からない。俺が一緒じゃない以上不安でしかない」
「……分かりました、頑張ってみます」
◇
何だか奇妙な夢を見た。
真っ暗な夢の中で会話だけを聞いている不思議な夢だった。
いつもなら目覚めは良い方なのに、何故か布団から起き上がる気になれず夢の内容を思い返していた。
「徇~、ご飯できたから食べにおいでー」
瑠紺の声に徇は慌てて飛び起きた。
いつもなら6時には目覚まし時計無しでも起きられていたのに、時計を確認すると既に7時を過ぎていた。
初日からやっちゃった感ハンパなく、急いで居間へと向かった。
「寝坊しました、すみません」
「いいんだよ、料理は私の趣味だからね。一食だって妥協したくないしマズいものを食べたくないからね」
「えっと、それって私の手料理がマズいと言ってます?」
「そうじゃないよ。自分の好きな物を食べたいという私の我儘だよ。だから料理は私に任せてくれないか」
「それじゃ遠慮なくそうさせていただきます」
既に座卓に並べられた朝食を食べ終わると瑠紺が今日の予定を話し始める。
「今日は君の養父母にご挨拶に行こう。その後は家具でも買い揃えようと思うがいいかな?」
「養父母にですか?」
「きっと心配しているだろう。それにこんなに素晴らしい娘に育ててくれたのは確かだからね。本当の父として今までのお礼も兼ねてきちんとご挨拶をしないとね」
「でも簡単に納得してくれるでしょうか」
「大丈夫だよ、私に任せくれたまえ。まぁ最悪の場合少しだけ記憶は弄らせて貰うがね」
瑠紺が軽くウインクしてみせるので、徇はもう驚くのは止めてすべて任せる事にした。
「程々にお願いしますね」
「お互いに幸せにやっていく為の手段だよ。徇が望むなら記憶を元に戻す事も可能だから安心しなさい」
幸せかどうかの価値なんて人それぞれだと思うが、このまま連絡もせずにいる気だった徇は瑠紺に教えられた気もしていた。
少なくとも今まで愛し育ててくれていた養父母を、本当の父母じゃないとどこかで受け入れまいとしていたのだと。
そしてそれはとても薄情で情けない事で、今のままではただの恩知らずでしかないのだと。
「ありがとうございます」
気付かせてくれた事への徇のお礼の言葉を瑠紺は不思議そうな顔で受け止めていた。
「一応休日とは言え彼方には今日伺う事は連絡してある。雪永は時間には正確だから急いだ方がいいかも知れないね」
「はい」
いつの間に連絡したのかなどと徇はもう既に驚く事は無く素直に従った。