商業ギルド会長
魔法院で賢者と認定して貰った徇は、一緒にマサユキのところへ行こうというジェードの誘いを断った。
「訳あり冒険者と会える日が決まったら教えて、それまでは好きにさせて貰うわ」
「何でだよ。これでお爺様に認めさせる事ができるのだぞ」
「そうね。でもそれだけよ。悪いけど私を甘く見たあの人ともう付き合う気も無いからここから先はどうでもいいわ」
「だけど…」
徇の反応が予想外だったのか、ジェードは徇を説得する言葉を持ち合わせていなかったようだ。
「調査隊の心配をするのはジェードがしたい事でしょう? 私ははっきり言って興味もない。それにああいう人は次は私を利用しようと考えるでしょう。それも面倒だわ」
それも多分徇が女だという理由でかなり高圧的に命令調で来るのは間違いない。
もしかしたらジェードも徇がドラゴン調査を引き受けるのを期待しているのかも知れないが、徇はそれよりもやりたい事ができてしまったので今は付き合っていられない。
それにジェードの為にとした事のすべてが今のところ裏目にしか出ていない様に思う。
ならばやはり徇がしたい事を優先させた方が結果がどうあれ納得できる。
「そうか、分かった。それまでは屋敷に滞在してくれるのだろう?」
「約束はできないわ。グリージョに予定の確認はするから伝えておいて」
徇は錬金釜の進捗状況を確認し、状況によってはやはり自分で作ろうと考えていた。
その方がどう考えても手っ取り早いのは確かだ。
いつになるか分からない訳あり冒険者との面会予定を待ってのんびりしているのももどかしい。
徇は魔法院の前でジェード達と別れ商業ギルドへと向かった。
魔法院が外側の石壁にある門からだいぶ離れた場所にあるのでかなり歩かされる事になったが、王都探索をしていると思えばあまり苦でも無かった。
魔法院では徇専用の部屋を貰える事になっているので、早いところいくらかの寄付をして錬金術専用の部屋にでもしたいと考えていた。
錬金術に専念したいと理由付けて邪魔しないようにと言えば詮索される事も無く過ごせるだろう。
そうして一時間近く歩き商業ギルドへ辿り着いた徇は、受付でギルドカードとレグリスがくれた紹介所を提示した。
「お金を下ろしたいのですが」
「お調べしますので少々お待ちください」
受付員は徇からギルドカードと紹介状を受け取ると席を離れる。
(金額を聞かないって事はたいした額でもないと思われているんだろうな…)
これで7億リット全額下ろしたいと言ったらどんな騒ぎをするのかと徇がそんな事を考えていると、受付員が慌てた様子で戻って来て「お部屋の方へご案内します」と個室へと通された。
何だかやたらと豪華な雰囲気の部屋に徇は一瞬戸惑いを覚える。
個室にもランクがあるのだとすると徇の今の待遇は最上級扱いにでもなったという事か?
(何だかなぁ…)
徇はさっきまでとまるで違うその待遇に、徇の事を認められたのかそれともレグリスの紹介状の影響なのかを測りかね溜息を吐く。
(まぁ、世間なんてそんなものだ)
運ばれて来た紅茶もお茶菓子ももしかしたらこの世界では最上級の物かも知れない事をうかがわせる。
折角なのでお茶を飲みながらしばらく待つと姿を現したのは黒髪黒目の中年男性だった。
この世界で黒髪はそんなに珍しくは無いが黒目はあまり見かけない。
というよりも、はっきりと分かる日本人顔に徇は驚いていた。
「!?」
「岡本裕樹だ。当ギルドの会長をしている」
日本名を名乗ったこの人は間違いなく徇の先任者だ。
面会の予定を入れないと会えないと言っていた筈の一人が今目の前に居る。
徇は動揺しながらも自分も名前を名乗る。
「千堂徇です」
「やはりな。そうではないかと思っていた」
「私の事を知ってらしたんですか?」
「ドラゴン討伐の話も単独でのワイバーン撃退の話も既に聞いている。それにあのレグリスが認めたそうじゃないか。多分そうではないかと思っていたよ」
この世界の人達は簡単には認めようとしなかった徇の事を既に知っていてくれた事が少し嬉しかった。
「瑠紺さんに頂いた能力と武器のお陰です」
「そうなのか? 俺の時とは違うのかな。ステータスはどうなった?」
「ステータスですか。職業が色々選べてそれに伴ったスキル選択ができますがそれだけです」
「じゃあ俺の頃に改良されたままなのかな…」
「数値化するには情報が足りないみたいな事を言ってたような気がします」
「それな! 俺も色々考えてみたんだけど、何しろその個人ステータスの情報を得る方法が無いからなぁ」
徇はあっという間に随分と年の離れた裕樹と話が弾み、同じ転移経験者という事から話題が尽きないようにも思えた。
「それなんですけど、魔法院の創設者が開発途中にしている鑑定道具を創ろうと思っているんです。それでレグリスさんにお願いした錬金釜がどうなったかも知りたいのですが」
「ハヤトがやってたアレだな。そうか徇が引き継いでくれるのか。俺も気にはしてたんだがそっち方面にまで手が回らなくてな。そうとなれば俺もできる限りの協力はする頑張ってくれよ」
「はい」
裕樹は徇と握手をすると豪快にその手を上下に振るので、徇はその勢いにおされるように頷いていた。