あんパンの値段
ドラゴンの解体は職員達も初めてで慣れない事もあって時間がかかるというので徇は809900リットを受け取ったら一度現実世界へ帰る事にした。
「本当に祭りに参加しないつもりか?」
「楽しそうだけどやめておくわ。実は昨夜寝てないからちょっとしんどいの。それに別に私は必要ないでしょう?」
「アマネの功績が無きゃ実現しなかった祭りだ。町のみんなに紹介もしたかったんだがな」
「そういうのちょっと苦手だから遠慮しておくわ。それにジェードも忙しいでしょう。今日は私の事は忘れてみんなと楽しんで」
きっと徇が一緒だとジェードも徇に気を遣って折角のお祭りも十分に楽しめないだろうと考えていた。
それに姿を消した町長やギルド長のような人たちと社交辞令の応酬になる事も予測されるのでどう考えても徇が祭りを楽しめる要因が思い付かなかった。
既にロック鳥の美味しさは瑠紺の手料理で堪能できているのだ。
ロック鳥祭りと聞かされても何一つ心は惹かれない。
この世界の祭りがどんな感じなのか知る事も重要だろうが、急遽開催される祭りなんてきっとただの大騒ぎでしかないと思うとその必要性も感じなかった。
「それではこちらがアマネ様の分のロック鳥の清算額になります。後残りの肉は今渡しても宜しいですか」
解体屋の受付カウンターの上に置かれたお金は金貨が8枚と銅貨が9枚に鉄貨が9枚だった。
という事は金貨一枚が100000リットで銅貨が1000リットで鉄貨が100リットという事だろう。
「ええお願い。それとコレの価値を説明してくれないかな。できれば分かりやすく」
徇は肉を取りに職員が下がるのを見ながらジェードに硬貨の価値を聞いていた。
「この他に銀貨があるがそれが10000リットだ。見ると分かると思うが銅貨十枚が銀貨一枚の価値で、銀貨十枚で金貨一枚になる。後で商店街を覗いて見ると分かると思うがだいたいあんパン1個がその鉄貨一枚100リットで買える」
「あんパンがあるの!?」
徇は思わずあんパンに反応してしまったが、現在の日本より物価は安いが貨幣価値はあまり変わらないのだろうと判断した。
という事はこちらの100000の金貨は現実世界でその4倍になるのだと思うと頬が緩むのを止められなかった。
この後ドラゴン素材も売り払えば少なくとも同じくらいの金額が手に入るだろう。
となると徇は暫くの間アルバイト探しから解放されるのだ。
それに冒険に必要な物リストに書き込んだスイーツのストックにも十分にお金を掛けられる。
「そうだ。ついでに他にも買い取って貰いたい物があったの。今ここへ出しても良い?」
「ええ構いませんよ」
預けてあったロック鳥の肉を持って来ていた職員の了解を得て、徇はあの森で沢山倒したブラックウルフの他にもブラッドボアなどあの森で手に入れた魔物素材をワイバーンの素材も含め次々とアイテムボックスから取り出して行く。
「こ、こんなにですか…」
職員は次々と素材を後ろに置かれた木箱へと詰め込みながら驚いていた。
「ワイバーンまで…。すみません解体が随分と綺麗にされていて保存状態も良いのですべて買い取り可能ですが、この量だと査定に少々時間をいただきたいと思います」
「買い取ってくれるのなら全然構わないわ。また明日来るからそれまでにお願いします」
既に金貨四枚を手に入れている徇は上機嫌で返事をし、ジェードに「じゃあまた明日来ます」と言って現実世界へと戻ろうとしてふと立ち止まる。
「ねえジェード。そのあんパンを売っている店に連れて行ってくれない?」
ジェードが硬貨の説明にあんパンを引き合いに出した事もあって、異世界のあんパンにとても興味を惹かれていた。
現実世界でスイーツをあれこれ買い込むのも良いが、異世界の経済も回さなくてはならないし、何より物価が安いここで手に入る物はここで手に入れた方がいいに決まっている。
それにこの異世界に他にどんなスイーツがあるのかもできれば知っておきたい。
「ああ、その位なら任せてくれ」
ジェードは徇に頼られたのが嬉しいのか急にニコニコ顔になり意気揚々と先に解体屋を出るので徇は慌てて後を追った。
冒険者ギルドに商業ギルドにお役所などの大きな建物が並ぶ地域を中心にして商店街があった。
北側は武器屋防具屋衣服屋靴屋などの衣に関する店が多く、東は食材の他に雑貨に関する店も多く、南は露店や屋台や食堂といった店が多く、西は明らかに繁華街のようだ。
問題のあんパンを売っているというそのパン屋は東南方向にあって、そう大きくも無い個人商店といった雰囲気だった。
店の中に入ると籠に乗った色んなパンが並べられていて、店の中に香るパンの匂いが徇の知っている匂いと若干違う事に違和感を抱いたが、それ以外は徇が想像していた異世界よりは現実世界に近いパン屋だった。
あんパンだけでなくカレーパンのような揚げパンや総菜パンの種類もそこそこに豊富で徇は何気に驚いた。
その全部の種類を取り敢えずひとつづつ買い込み店の外に出ると我慢できずに早速パンに齧り付き味見をした。
食べてみるとパンの香りの原因がはっきりした。
多分このパンはイースト菌発酵ではなくて酵母発酵させたパンなのだろう。
独特の香りの他に強い風味があんパンやカレーパンには丁度いいアクセントになっているが、多分クロワッサンなどの繊細な味のパンにするには強すぎる気がした。
しかし一度食べると何とも癖になるパンなのは確かだった。
「このパン美味しいね。あんこがずっしりと入っているのがまた良いわ」
「そうだろう。私もここのパンは気に入っている」
ジェードは飲み物の甘いのは受け付けないのにこのあんパンは気に入っているのかとジェードの意外な一面をまた一つ知れた事が嬉しかった。
その後パン屋に戻り商品を買い占める勢いで購入してから今度こそジェードに別れを告げ現実世界へと戻ったのだった。