肉の値段に驚く
「こ、これは……」
徇がアイテムボックスからドラゴンを取り出すと解体屋職員は皆揃って驚きポカンと口を開けた。
「間違いなくジェード様はユージ様の曾孫でしたな。英雄の再来ですか」
解体屋にはロック鳥祭りのお礼を言いたいと町長と冒険者ギルドのギルド長も顔を見せていて、年嵩の白髭をたっぷりと蓄えた町長が顎髭を撫でながら満足気に言った。
ジェードの英雄と呼ばれた曽祖父の名はユージと言うらしいと知り、間違いなく瑠紺によってこの世界に送り出された人だろうと徇は思っていた。
しかしその言い方からするにジェードはきっと幼い頃からこうして立派だった曽祖父と比較され、何をしても当然と言われてきたのだろうと察して何だか悲しい気分にさせられた。
「いや、恥ずかしながら私は見ていただけだ。このアマネが一人で倒したのだ」
「なんと…」「何ですと…」
ジェードが徇の両肩を後ろから押すようにして前に出すと町長もギルド長も揃って絶句した。
「森の異変は言わばこのドラゴンが原因だったようだ。メード山脈のワイバーンの巣で発見して凄い魔法で倒した。その激闘は私のこの目に焼き付いている。本当に見事なものだった」
「アマネ殿はそんなに凄い魔法使いなのですか。するともしかしてやはりかの森の訳あり冒険者と考えて宜しいのですかな」
「そうですかそうですか」
町長とギルド長は記憶喪失の訳あり冒険者の事に詳しいらしく何やら二人で納得して満足している様子を見せた。
「あ、あのぉ、それでこのドラゴンは私達に解体させて貰えるのですか?」
解体屋職員が遠慮がちにジェードに話しかけた。
「勿論だ。そう考えてアマネがわざわざ持ち帰ってくれたんだぞ」
「そうですな。アイテムボックス持ちならこの町で解体を頼まずとも王都まで行けば当然もっと腕の良い解体屋もありますしきっと功績を認められ当然褒賞の話にもなりましょう」
「そうですな。我がギルドとしてもドラゴンを倒せる冒険者をいつまでも新人扱いする訳にはいきませんな」
「となれば我が町としても森の異変を解決していただいたお礼を考えねばなりませんな」
徇はジェードの考えに共鳴して協力しただけのつもりなのに、さっきから偉そうに口を挟んで来る町長とギルド長に少しイライラし始めていた。
それにこの二人にお礼をされなくてはならない事など徇はしたつもりはない。
もしお礼というのならばこの町を守ろうと森の異変を一人で調査し、解体屋の技術向上を考え徇をドラゴンへと導いたジェードの方だろう。
ドラゴンを倒したせいで多少騒がれたとしてもその功績は徇一人のものじゃない事をどうして分からないのだろうと考え、徇は偉そうな二人に何か言ってやろうと睨み付けた。
「アマネは目立つのも騒がれるのも望んでいないそうだ。あまり大騒ぎしないでもらえると有難い。それにあれこれ煩くすると折角の高額納税者がこの町を離れる事になりかねんぞ」
徇が何かを言う前にジェードが先に二人を牽制していた。
「「……」」
領主の息子であるジェードの言葉に逆らう事はさすがにできないようで、さっきまで意気揚々と元気だった町長とギルド長は途端に黙り込み顔を顰めた。
「高額納税者?」
徇はこの異世界に来て初めて自分とは関係ないとっても違和感のある言葉を耳にした気分だった。
「アマネがドラゴンをこの町で捌いて売るという事はだな、アマネはそれなりの現金を手に入れる事になる。そしてその三割は戸籍のあるこの町に税として納める事になる。素材の買取の時点でその三割の税は先に徴収されるから安心してジャンジャン売りに出してくれ。アマネがこの町で素材を売れば売るほどこの町も潤う事になるという訳だ。ロック鳥やドラゴンのような高額で取引される魔物を倒せる冒険者はそうは居ないからな。故にアマネは既に高額納税者確定だ」
高額納税者とか高額取引とか言われても、この異世界に来ていまだに現金を見ていない徇には何一つピンと来るものが無かった。
徇は高校を卒業し住み込みで働いていた食堂では、家賃光熱費と食費がお給料から引かれ手取りで7万円を貰っていた。
友達もあまりいない徇は休みの日も出かける事も無くネット小説を読み漁ったりゲームするくらいだったのでそれで困る事は無かった。
しかし何と言いうかお給料を貰っているという気分にはなれず、はっきり言って子供がお手伝い賃を貰っている感覚だった。
瑠紺とお給料の話になった時もあまりにも高額を提示され、逆にそのお給料に見合う仕事が自分にできるのか心配になり辞退し、あの時は実際に結果を見てから改めて話し合おうと決めた。
それに住む所も無くし困っていた時にあれこれと提供して貰っているので寧ろ借りの方が大きくなっていると思っている。
だからここで魔物の素材を買い取って貰って手に入れる現金が徇にとっては初めて自分で手に入れたお金だと心から納得できるものになるだろう。
それに金貨一枚で四十万だと考えると早く現金を手に入れたいしドラゴンもロック鳥もいったいいくらになるのかはっきりと知りたい。
「高額納税者は分かったけど、それで結局買取価格はいったいいくらになるのか知りたいんだけど」
徇の鬼気迫るかのような問いに解体屋職員が焦った様に解説してくれる。
「ロック鳥の価値は殆どその肉でして、爪や羽根も買い取れますが肉程高額ではありませんです」
汗をかきながら言い訳のように話始める職員に徇はさらに詰め寄る。
「解説は良いわよ。はっきりいくらになるか言ってよ」
「お預かりしたロック鳥七頭分の爪と羽根を買い取るとなりますと、羽毛部分が1キロ50000リットで14キロですので700000リット。使える羽根が一本500リットで全部で1750本で875000リット。爪が一本800リットで56本の44800リットですので合計で1619800リットとなります」
「ひゃくろくじゅういちまんきゅうせんはっぴゃくえん……」
徇は想像を遥かに超えた金額に驚いていた。
ジェードと二人で割っても809900リットと聞いてもそれがいったいどれ程の価値なのかは良く分からなかったが、凄い桁数なのは確かなので少なくとも千円二千円という価格じゃないのだとは理解した。
「もし肉をお売りいただければもっと高額になったのですが…」
「肉だといくらで買い取って貰えたの?」
徇は咄嗟に聞かずにはいられなかった。
「肉ですと普段でしたら1キロ30000リットですので全部で2億は下らないかと思います」
「に、おく……」
徇はゴクリと唾を飲み込み今さらながらにロック鳥の肉の高額さに驚き、そしてそれを知っていて無料で町のみんなに振舞うと決めたジェードの懐の深さに感じ入っていた。
もし徇が事前にその値段を知っていたら、簡単に誰かにあげると考えられたか自信がない。
「もし肉を売るとお考えでしたら別の街か王都まで持って行かれるともしかしたらもっと高額で買い取って貰えるかもしれませんよ」
まるで徇の心の内を読んだかような職員の言葉に徇は苦笑いを浮かべる。
「そうね、考えてみるわ。取り敢えずジェードと折半でお願いしても良いかしら」
「アマネ、本当に良いのか?」
「私はジェードの働きをちゃんと認めているのよ。何度も聞かないで」
意地でも見栄でもなく徇は本気でジェードを相棒として認めていたのでその働きには報いるべきだと思っていた。
「ああ、悪かった…」
複雑そうな表情を浮かべるジェードに徇の判断は間違っているのかと少しだけ心配になる。
「私何か間違えている?」
「いやそうじゃないが…」
「じゃあジェードはもっと堂々としてよ。相棒でしょ。この世界の事を何も知らない私のサポートをこれからもよろしくね」
雪永にはあんなに強く任せろと言っていたじゃないかと言ってやりたかったが今は我慢して余裕を見せて笑ってみた。
「アマネには敵わないな」
ジェードは呟くようにそう言うと同じく笑ってくれたので徇もちょっとだけ安心したのだった。