どっちが異世界
朝食を済ませお弁当を持たされた徇とジェードは昨日新たに転移場所に設定した森の奥から冒険を開始した。
森に生息する魔物に関してはもう調査は済んだものとして途中で出会う気配は無視をして山脈に向かって一直線に急いで移動する。
木々の間からも確認できる山脈は一向に近づいて来る気がしないのはまだまだ距離があると言う事なのだろうとさらに移動速度を速めた。
現実世界でアスリートも夢じゃないと思っていた徇だが、今の移動スピードは絶対に知られる訳にはいかないだろうと思う程速く走れる事に自分でも驚いていた。
そんな徇のスピードにどうにかついて来ているジェードにも驚きだったが二時間ほど走った所でジェードの表情が変わったので休憩する事にした。
「はい。これ飲んでみて」
徇は瑠紺から貰った体力回復のポーションと缶コーヒーをジェードに手渡した。
「こ、これはもしかしてポーションか! と、これは何だ?」
「ポーションってそんなに驚くものなの?」
ジェードが大層驚いた表情で声を荒げたので徇は逆にびっくりしてコーヒーの説明をスルーしていた。
「ポーションを作れる錬金術師は数が少ないからな。一応貴族扱いの私でもそう簡単には手に入れられない」
「ポーションは錬金術師が作るのか…」
徇は自分の職業も一応錬金術師だと思いながら自作できるのならやってみようかと考えていた。
ジェードは散々勿体ないとか貴重な物だとか飲むのを躊躇っていたが、この先足手まといになるようじゃ困ると言うと漸く意を決したように飲み干した。
そして缶コーヒーを飲んだジェードは微妙な表情を見せていた。
「王都で飲んだ事があるものだった。だがコイツの良さは私には良く分からない」
コーヒーも一応この世界では既に知られているらしいが飲みなれないジェードの好みには会わなかったようだ。
「じゃあこっちならどう」
徇は代わりにミルクティーを飲ませると「甘い物を飲む風習が無かったので驚いたが嫌いじゃない」と言ったので一応安心したが、これからは無難にお茶を用意しようと思っていた。
そうして三十分程休憩をしてお昼までには山脈に着く事を目標に再び走り出した。
途中どうせなら何かおやつでも食べれば良かったと考えながら冒険に必要な物リストにお菓子とスイーツのストックと書き込んだ。
そしてお日様が真上に到達する前に山脈へとどうにか辿り着いた。
「ここからは生息する魔物が変わるだろうから慎重に行こう」
「気配を探知したらまずは様子を見るのよね」
「そうだ。絶対に先に攻撃を仕掛ける事の無いようにな」
「分かってるって、それより先にここでお弁当食べない?」
冒険者ギルドに寄って情報を十分に集めてから行こうというジェードに、時間が勿体ない行けば分かると強硬手段で転移した時に何度も何度も言われた事だった。
だからこれ以上念を押されるのは勘弁とばかりに話を変えて、徇はアイテムボックスからお弁当を取り出した。
「はあぁーーー、本当に分かっているんだろうな。ここから先は私でも少し心配なんだから本当に自重してくれよな」
大袈裟過ぎる溜息を吐いてまだあれこれ言い始めるジェードを無視して徇はお弁当を広げた。
「わぁー、美味しそうなおにぎりだよ。卵焼きと沢庵もある!」
時代劇で見た事のある竹の皮に包まれたお弁当を広げ徇は心から感動し、多分お弁当箱もあるのだろうにわざわざコレを選んでくれた人のセンスを称賛していた。
コンビニで売っている物より大きく手に持つとずっしりとした感じもあるおにぎりは、俵型でお味噌を塗って焼いた焼きおにぎりだった。
「普通に白米のおにぎりで良かったのに」
徇は味噌焼きおにぎりを頬張りながら作ってくれた人に感謝していた。
焼いた味噌の香ばしさと塩気が良い感じに美味しく、外側のカリカリしたおこげがたまらなかった。
「私の方は醤油の焼きおにぎりだ。一つ交換するか?」
「する!」
「多分風味が混ざらないように気を遣ってくれたのだろう」
とっても温かく細かい気配りに徇はさらに感謝しながらジェードとおにぎりを交換しお腹を満たした。
おにぎり二個は徇のお腹をかなりずっしりとさせたが、甘く焼かれた卵焼きは別腹で仕上げの沢庵の塩気がいい仕事をしていた。
「次はお茶も用意しておくね」
徇はそう言うとペットボトルの水をアイテムボックスから取り出しジェードに渡した。
「こういうのを見せられると本当にアマネが異世界から来ているのだと実感するな」
徇はジェードの異世界発言にジェードからしたら徇の方が異世界人なのだと思い知らされた。
「私にとってはこっちが異世界なんだけどね」
徇は自分の左手の紋章が極微かに青みを帯び始めているの見ながらそう呟いた。
「私がアマネの世界に行く事ができれば何か変わる事があるのだろうか」
「残念だけどあの結界は私達しか潜れないからそれは絶対に無理ね」
「もし結界を破る事ができれば可能なのか?」
「どうなんだろう? 私もそこまでは聞いてないわ」
「……できない事を思い悩んでも仕方ないな」
「そうよ、今はワイバーンを手に入れるのでしょう」
「そうだな。いずれはあいつらに解体できない魔物は無いと言わせてみたいな」
少し落ち込んだ風だったジェードの目が輝き始めたのを見て、徇はジェードは本当に町の人達の事を考えているのだと感心していた。
そしてそんなジェードの手助けができる事をお金の計算をするよりも嬉しく感じ始めていた。