魔力量の目安
「お嬢様、私のこの上ない失態をどうぞお許しください」
「雪永が悪い訳じゃないのに謝る必要は無いよ」
「しかしそれでは私の気が済みません。異世界での冒険を楽しみにしていたお嬢様のお力になれないなど我ながら本当に情けない」
「でもこっちの世界では力になってくれているじゃない、それだけで十分助かっているわ」
「では私雪永はお嬢様がこちらを留守の間もお嬢様の為に尽力いたします」
「えっと、別にやって貰う事も無いと思うけど…」
どうしても徇の力になりたいと言い張る雪永の思いは理解できるが、徇が異世界に行っている間に雪永にして貰う事などまったく思いつきもしなかった。
「お嬢様の記憶に残っていると言うあの屋敷を探します。それからお嬢様がアルバイトを考えなくてもいいように手筈を整えてみます。どうぞそれらはこの雪永にお任せください」
「アルバイトかぁ」
異世界でのあれこれの騒動ですっかり忘れていたが、異世界と現実とちゃんと予定を立てて行き来して、アルバイトで稼いだお金で瑠紺に家賃や食費くらいは入れるつもりでいた。
しかしいざ始めてみると既に思う様にはいかない状況になっている。
もしこんな事が続くと折角決めたアルバイトも休みがちになって迷惑をかけるのは目に見えている。
少なくとももっと異世界にも慣れて、きちんとスケジュール通りに行動できるようになるまではアルバイトなど到底無理だろうと思えた。
しかしアルバイトを考えなくてもいい手筈って、雪永はいったい何を考えているのだろう?
「私は商人スキルを手に入れたのですよ。お嬢様が異世界で手に入れた物をこちらの世界でも財産とできるように少し考えてみましょう」
「そんな事ができるの!?」
徇は思わず大声を上げていた。
アイテムボックスに入れられた魔物素材の数々を売り払い、例えば異世界で大金を手に入れたとしても異世界でそのお金をどれだけ活用できるか知れたものじゃない。
しかし異世界で手に入れたお金をこちらの世界でも使えるのならアルバイトを考える必要が無くなる。
と言うより、異世界で魔物を倒すモチベーションが全然違って来る。
魔法を使いたいと言う願望がそのままお金に直結するのならこれ程嬉しい事も無い。
魔物を倒せば倒しただけ異世界でもこちらの世界でもお金に不自由しなくて良くなるなんて、ホントいったいどんなご褒美なんだ!!
「異世界で手に入れたアイテムをそのまま流通させる訳にはいきませんが何か考えてみます」
「是非お願い!」
徇は両方の掌を強く繋ぎ合わせ祈るようにして心からのお願いをしっかりと雪永に伝えた。
「話し声が聞こえると思ったら戻っていたのか。夕飯は食べたのかな? まだなら何か作ろう」
納戸で徇と雪永が熱く語り合っていると瑠紺が突然顔を出した。
「まだ食べて無いです。作ってくれるんですか!」
徇はすっかり瑠紺が作る料理のファンになっていた。
若干魚料理が多いがそんなこと気にならない程にバリエーションも豊富で美味しくて楽しみだった。
「会長にご報告があります」
「そう言えば向こうで何かあったと言っていたね。急いで支度をするから食べながらゆっくり聞こう」
瑠紺は徇の要望に応えるのが楽しみなのかニコニコしながらご機嫌な様子で話は後回しとばかりに答え、徇は異世界でジェードも夕飯を準備してくれているのを思い出していた。
それに何も言わずに目の前から転移して来たのだからきっと驚いているだろう。
「私一度戻ってジェードに明日戻るって伝えて来るわ」
「待ちなさい徇。そう一日に何度も異世界へ行ったり来たりしてその上転移までするのに魔力は大丈夫なのかな。魔力切れで動けなくなるのは辛いという話だよ」
「そうなんですか? でも疲れた感じもしないしそんなに減った感じも無いからまだ大丈夫そうですよ」
「徇がそう言うのなら私は信じるが、念のためにMP回復ポーションは持って行きなさい」
「そんなのあるんですか?」
「消耗品アイテムは劣化を防ぐ為に私が預かっていたのを忘れていたよ」
そう言うと瑠紺は自分のアイテムボックスから何種類かのポーションを複数本取り出し徇にくれた。
どおりで行李の中にはその手のアイテムが見当たらなかったわけだ。
「必要ならまだまだあるからいつでも言うといい」
「ありがとうございます」
徇はそのポーションを自分のアイテムボックスに入れ、念のためMP回復ポーションを握りしめると「じゃあちょっと行ってきます」そう言って転移門を潜った。
そしてジェードの屋敷の徇の部屋に転移するとジェードを探し、今夜は現実世界でゆっくりし明日また来る事を伝えてそのまま現実世界へと戻った。
瑠紺が心配していた様な魔力切れを起こす事も無く戻れたことに瑠紺は本当に驚いていた。
「魔力量が多いとは思っていたがこれ程とは……」
「これ程とか言われても基準が良く分からないです」
「この転移門を潜るのにも魔力が必要だと教えたと思うが、だいたい初級魔法五百発分くらいは必要だと考えてくれればいい。それに転移もまぁ距離にもよるがかなりの魔力を必要とする。徇はさらに雪永の分も補っているのだからざっと計算して今日一日でどの位の魔力を使ったか分かるだろう?」
「それで異世界で魔法を使うのは計画的にって事なんですね」
徇は今になって初めに言われた事を何となく思い出していた。
しかし実際まだまだいけそうな感じもしているので、目安として考えるのには分かりやすい説明だったと感謝していた。
転移を考えなければ少なくとも魔物討伐に初級魔法なら五千発以上は使えるという事だ。
それって殆ど撃ちたい放題使いたい放題確定である。
「そうだよ。万が一徇もこちらに帰って来れなくなってしまったら私が淋しいからね」
本気で淋し気な表情を見せる瑠紺に徇は今のところは大丈夫としか答えようがない。
「そうだ! その報告もあったんです」
しかし徇は瑠紺に話したい事があったのを思い出し話を逸らすと、瑠紺が作る夕飯を楽しみにしながら先にお風呂に入ったのだった。