熱い思いの食い違い
少し小高い場所に建つジェードの家はとても威厳を感じさせる古民家風の大きなお屋敷で、周りはそれ程高くもない石垣で囲われていて、庭も相当の広さがあり所々に植えられた庭木も綺麗に整えられていた。
門を潜りお屋敷に近づくほどに徇が唯一覚えている幼い時の記憶が呼び覚まされ、徇はドキドキする心臓を押さえるのに苦労していた。
「私、幼い頃に母とここへ来た様な気がする……」
始めて来た異世界の町なのでそんな訳ないと思いながらも、徇は自分の中にある記憶と照らし合わせ思わず呟いていた。
記憶が確かなら徇とお母さんはここで男の人に会って、そしてそれから気付いたら孤児院に預けられていた。
幼い頃の記憶などもう殆どないが、今でもやたらとはっきり覚えているあの時の屋敷と広い庭は記憶のままのように思えた。
そしてもしかすると日本にもきっと同じ様な家が存在するのかも知れないと思うと探してみる価値もありそうだと考え始めていた。
これ程の古民家は今はもう日本にもそうそう存在するとは思えない、少し頑張って探してみれば意外に見つかるかもしれない。
徇がどうしてお母さんに置き去りにされたのか、そしてお父さんとお母さんは今どこで何をしているのか、今まで知りたいと思いながら何処かで諦めていた思いがこの屋敷を見て復活するようだった。
「それは本当ですか! だとしたら私とも幼い頃に会っているかも知れませんね」
ジェードが嬉々とした声を上げるので、徇は少しだけ冷静になれた。
「いや、でも、ココへは始めて来たのでそんな事はあり得ないですよね。きっと似たような場所があるのだと思います」
「そんな事はないと思います。この家は曽祖父が拘って建てた物なのでこの世界中探しても同じ物は無い筈です。そうだ! いつ頃の事か覚えていますか? もっと色々探ってみてはっきりとさせましょう」
「多分十四五年前だと思います」
ジェードの勢いに徇はつい本当のところを答えていた。
「それだとまだ曽祖父が存命の時ですね。祖父は既にこの家にはいませんでしたが父に聞けばもっと何か分かるかも知れません」
ジェードの強い圧を感じ、今さら現代世界の日本での話だとは言えなくなってしまい徇は答えに困り思わず雪永の顔を見た。
「ジェード殿お気持ちは有り難いのですが、何分お嬢様の幼い頃の朧げな記憶です。そうあてにはできない事で皆様のお手を煩わせる訳には参りません」
ジェードの上を行く圧で雪永が言うとジェードも少し落ち着きを取り戻したようだった。
「すみませんつい熱くなってしまったようです。何しろ私が初めて出会ったあの森での遭難者だったもので、二人のお力になり祖父や父に認めて貰えるチャンスと力んでいたようです。しかし話を聞くだけならどうって事は無いでしょう。今は父もこの町には住んではいませんがいずれ機会があればその時は是非」
「そうですね。その時はお願いします。でも私達と認められるのにどんな関係が?」
「祖父も父もあの森の遭難者を助けた事が切っ掛けで領主になったのです。だから私も同じ様な功績を上げ祖父や父に認められたいと常々考えていたのです」
「遭難者を助けると領主になれるの?」
「いえ違います。その助けた遭難者の方々がこの国を発展させているのです。なので助けた私達一族も同じように称えられているというのが事実ですね。何と言ってもこの場所に町を作り始めた曽祖父の先見の明とでも言いましょうか私は曽祖父を尊敬し憧れています。何しろ曽祖父は英雄と称えられる程に強かっただけでなく遭難者を助け力になる事で国を動かしたのです。私も同じような実績を積みたいと思うのは当然でしょう」
「そ、そう、そうね」
ジェードのあまりに熱い語りに徇はつい引いてしまったが、今まで異世界での生活を選んだ人たちの殆どがジェードの一家に助けられたのだというのは理解した。
しかし残念ながら徇はこの異世界での生活を選んだ訳ではなく、暫く結界の確認をしながら冒険を楽しむ程度の活動をする事しか考えていない。
なのでジェードが望むような手助けができるとは思えないし、寧ろこれ以上関わってはいけないような気さえして来た。
「ジェード殿、今まで森で見つかった遭難者全員が功績を上げた訳ではないのですよね。私達に期待されてもそれは難しい話ですよ。この家で御厄介になる条件がそれなのでしたら私達はここで遠慮させていただきます」
雪永は徇と同じ思いだったようで徇も抱いていた思いをきっぱりと言ってくれた。
「期待したのは確かだが押し付けるような言い方をしてしまって本当に申し訳ない。しかし今の話は忘れてこの家でゆっくりくつろいで欲しいのは本音だ。色々と手助けをしたいというのも本当の話だ。信じて欲しいとは言いづらいがどうか許して欲しい」
ジェードにおもいっきり頭を下げられ徇も雪永もそれ以上は言えない雰囲気になっていた。
「雪永、明日はギルドで身分証も作らなくてはならないし今夜だけでもゆっくりさせて貰いましょうよ。考えるのはそれからでも遅くはないでしょう?」
いざとなれば転移魔法ですぐにでも姿を消す事はできるが、この異世界を冒険するには戸籍と連動する身分証が必要だというのだからせめてそれだけでも手に入れたい。
それから現代世界へ戻っても遅くはないだろうと徇は左手にある紋章の色を確認していた。
「お嬢様がそう仰るのなら今は従いますが、明日は必ず私の意見を聞き入れてくださいますね」
雪永に強く念を押され、徇は大人しく頷くのだった。