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9 公爵子息の二人




 エミーリエに暇な時間というのはあまり多くない。もちろん、きちんと休息をとれる程度の仕事しかしていないが、何かしら手を動かしていることが多い。


 しかしふとした時、窓の外を眺めることはエミーリエにとって習慣みたいなもので、与えられた客間から、庭園に小さな子猫がいるのを見ていた。


 すると休憩時間になったアウレールが子猫を愛で始めたので、丁度ミルクをあげようと考えていたし、何より普段から静かにたたずんでいるだけの彼女と仲良くなれるかなと思って、ミルクを持って行ったのだ。


 ……でも突然すぎたのでしょうか。珍しく驚いている様子でした……。


 少し悩みながらもちくちくと手元を動かす。


 エミーリエがやっているのは簡単な刺繍だ。

 

「エミーリエ様ってどうしてそんなに早く刺繍が出来るの?」

「趣味みたいなものだからでしょうか」

「この間は、お花を世話していたよね」

「趣味みたいなもの……ですから」

「綺麗で美しい言葉を書くねって、お父さまも褒めてたよ」

「勿体ないお言葉ですね」


 小さく笑みを浮かべながらエミーリエはシュルシュルと糸を通していく。


 エミーリエの執務机の前で、手元を見ながら興味津々に聞いてくる彼はヨルクと言ってこのベーメンブルク公爵家の次男だ。


 ここに来たばかりのころには、会わないようにしていたが、最近は彼の方からエミーリエに会いに来ることが多い。


 ヨルクは丁度ロッテと同じくらいの歳で、ロッテと一番違う所はくるくるとしている金髪だ。


 その金髪はいくら櫛で梳いても、ピンでとめてもくるくるしてしまうらしく纏めて頭の上でぎゅっと縛り上げてしまいたいと、ヨルクの侍女が言っていた。


 いい案はないかと言われたが、あいにく美容や身だしなみの事についてだけはエミーリエは何も知識がない。


「でも飾り気がなくて、ファッションや美容に興味ないのがバレバレだって、グレータが言ってた」


 エミーリエの思考を読んだかのように、ヨルクはあっけらかんとそう口にして、やはりかと思う。


 ……こうしてここにいることは多くの人に認めてもらっていますが、侍女頭のグレータにはあまりいい顔をされていないようです。


 分かっていたことではあるが、改めて言われると少しだけ気にはなる。


 彼はまだ小さな子供なのでそういった事情を知らずに口にしているのかもしれないが、あまり告げ口になるようなことを言うのはよくない。

 

 そう思いながらエミーリエはやっと刺繍の直しを終えて糸を切る。


 それから顔をあげてヨルクを見た。


 すると彼はニコーッと笑って、エミーリエに言った。


「やっとこっち向いた。飾り気がないの気にしてたの? 僕から何かプレゼントしたいな」

「いえ、終わったので、これでいいかと確認を。プレゼントは、普段からお世話になっている人に優先して贈った方が喜ばれますよ」

「……そっかなぁ」


 エミーリエはそういいながら彼から預かったハンカチを見せる。するとヨルクはじっとそれを見る。


 エミーリエに直しを頼んできたそれはハンカチで、随分と使い込まれており、ほつれはじめてから結構な時間が経ってしまっている様子だった。

 

 それをどうしても直してほしいと言われて持ってこられたものなのだが、何か思い出の品であろうことは想像に難くない。


 エミーリエにプレゼントを断られてしょんぼりとしていたヨルクの表情は段々と明るくなっていく、きっと気に入ったのだろう。


 どんな思い出がある品なのかと聞きたくなってエミーリエは彼に問いかけようとしたが、遠慮なく執務室の扉が開いた。


 バーンと音は鳴らなかったけれども、効果音として鳴りそうな登場だった。


 中に入ってきたのはフランクだ。


 彼はヨルクの兄であり、正真正銘このベーメンブルク公爵家の跡取り息子だ。

 

 といってもまだ成人はしていない難しい年ごろの男の子だ。


「ヨルク! またこんなところで仕事の邪魔ばかりして、それにその人にあまり関わるなって俺は何度も……」


 どうやらヨルクを探していた様子で、彼を視界に入れてすぐに周りなど一切見えていないといった様子でずかずかとこちらにやってきた。


 そしてエミーリエの執務机の上にあるものを見つけてからフランクは鬼のように目を吊り上げて怒った。


「その刺繍、まさかこの人に直してもらったのか!? そんなもの、侍女にでもやってもらえばいいだろ!」

「っ、兄さまでもこれは」

「口答えするな! そもそも、仕事をしている貴族の大人にお願いごとをするなんて父さまと俺の面子もつぶれることわかるだろっ」


 声を荒げるとまではいかないが、厳しい表情でヨルクをしかりつける彼に、エミーリエは微妙な気持ちになった。


 もちろん甘やかしすぎるのなど論外であるのだが、それにしてもこんな風に問答無用でしかりつけるのはエミーリエはあまり好きではない。


 事実を諭すことは必要だと思うが、それ以上に愛しているから教育の為に叱っているのだとわかってもらわなければならないと思う。


 しかしながら、フランクの指摘も間違っているわけではない。こうして構っていては、お金をもらってやっている仕事が進まなくなってしまう。

 

 であれば自分の身近な大人や雇い主にその話を通してもらうことが重要だ。


 さらには、この刺繍であったことにも何か要因があったのか。


 いろいろと断言できない話だ。


「そんなこと言ったって……じゃあ兄さまが直してよ! やってくれないんでしょ!」

「そっ、それは……できないわけじゃない!」

「でもやってくれないんだ! もういい!」


 けれどこのままヨルクが委縮して泣き出してしまうようなことがあったら少し助けてあげた方がいいだろうと思った途端、ヨルクは膨れてきっぱりと言い返した。

 

 それにたじろいだフランクの横を通り抜けて「エミーリエ様、ありがと!」とそれだけ言ってぱたぱたと執務室を出ていく。


 それに手を振って返しつつ、弟に言い返されて、ぐっと拳を握っているフランクに視線を戻した。


「……なにか、あの刺繍は特別なものだったんですか?」


 事情があるなら対処するために聞いておきたいと思い声をかける。


 しかし、フランクはぎろりと怒ったままの視線をエミーリエに向けて勢いそのままに言った。


「あなたには関係ない! それに簡単に弟にやさしくするのをやめてくれないか!」

「……迷惑でしたか、少し寂しそうに見えたので。つい構ってしまいました」

「ああ、迷惑だ。そもそもあなたみたいな女性がこの屋敷に来たから、俺たちは━━━━」


 フランクはなにか勢いに任せてエミーリエに対して酷い事を言おうとしたように見えた。


 しかし、その言葉は今まで静観してまったく口を出さずにもくもくと仕事に徹していたユリアンの言葉で制止された。


「エミーリエが屋敷に来たからなんだというんですか? フランク」


 とても落ち着いていて、しかしよく通る声だった。


 それにユリアンが言葉を発したことによって、フランクはやっとこの場にエミーリエと自分の二人だけではなかったことを思い出し目を見開いて、それからバツが悪そうに「それは……」といい淀む。


「もちろん、一人一人がお互いにどんな感情を持って接しているかは自由ですし、興味もありません。


 しかし、大人として同じ領地の運営に携わっている者同士、過ぎた言葉をいうのはいかがなものでしょうか。それこそあなたの父上の面子にかかわると思いませんか」

「……」


 指摘されてフランクは押し黙り、しばらく沈黙したのちに、静かにエミーリエへか、それともユリアンへかわからないが謝罪をした。


「……申し訳なかった。配慮が足りていなかった」

「はい。せめて次からは仕事場で喧嘩を始める前に気が付いてくださいね」

「……はい。……じゃあ俺、失礼します」


 ユリアンの言葉を受けて、フランクは納得して去っていく。それにエミーリエはユリアンに対して流石、王族、毅然とした態度だと思う。

 

 しかし、それでも毅然とした態度をとるのは、疲れるのかエミーリエを見てそれから気を抜いた笑みを浮かべた。


「それにしても兄弟というのはどこでも、難しいものですね。エミーリエ」

「……はい、そうみたいです」


 彼も兄弟との王位継承争いが発端で、今この場にいるのだ。


 兄弟仲はよくなかったのだろう。


 そしてエミーリエの一番身近にいた兄妹の事も思い出す、彼らもまた、問題の種となっていたのでたしかに難しい。


 そんな気持ちを込めて頷いた。




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