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7 美しい瞳の色 

すこしだけ、中身を変更しました。大筋は変わっていません。





 このアーグローデの王族と祖国であるカルシア王国の王族はとても血が近いが、それだけで親戚かと言われると正直怪しい。


 しかしこのあたりの国の貴族には、王族の血が流れているものが多くカルシア王国にこのアーグローデの王族の傍系一族がおり、この国にも祖国の王族の傍系が貴族として存在する。


 そんな二つの国の間に高貴な身分の親族が跨って存在していることによって、お互いにとって戦争の抑止力となっていた。


 なにか不都合が起きてもお互いに支援し合うことができるし、もし国内の王族だけでは後継者が見つからないような事態になったとしても養子にとって時間稼ぎをするようなことも可能だ。


 国民感情としては複雑な思いもあるとは思うが、安全策として機能している。


 そしてもう一つ、王位継承権争いに敗れた王族を匿うことも傍系の王族がいる理由だ。


 だからこそ、ユリアンはこうしてカルシア王国を追われるように飛び出し、隣国の地へと足を運んだ。


 このアーグローデでの身の振り方については正直なところ考えていなかったし、まさか自分がこんな扱いになるとも思っていなかった。


 ユリアンはもともと補佐の為に育てられた第二王子だ。実務は得意だったし、人当たりもいいが、いつの間にか担ぎ上げられて王位継承争いに巻き込まれ、すべてを失った。


 残ったのは自分の騎士となってくれていたアウレールだけだった。


 なぜ自分が追われなければならないのか、何が間違っていたのか、何も分からなくなりただ言われるまま馬車に乗った。


 そして鏡で見た自分と同じような顔をしていた、少女と出会った。


 迷子になった子供のように、どこにも行く当てがないと言う彼女の手を引きたくなったのはきっと同情からだったと思う。


 しかし連れて行ってみるとエミーリエはとてもよく働く女性だった。


 素性のしれない女を置くのを渋る屋敷の人間にも、信用を得るまで不審な動きは一切しないと宣言し、まったくその通りにしつつ、代筆、作詞、刺繍、相談なんでも仕事を請け負いなんでもこなす機械人形みたいな完璧な人だった。


 それから屋敷にもなじみ仕事仲間としても安定してきた頃。ふと気になったというような様子で、エミーリエはユリアンの執務室で書き物をしながら聞いてきた。


「……ところでずっと気になっていたんですが質問してよろしいでしょうか?」

「はい。突然ですね」

「すみません。なんだか最近、落ち着いて物事を考えられる時間が増えてきて、過去の事もよく考えるんです」

「そうですか、どうぞ」


 ユリアンはエミーリエの事を機械人形みたいだなんて思っていたけれど、年中そばにいる護衛騎士のアウレールからすれば、パキッとした二人の話し方を聞いているだけで、肩がこる。


 エミーリエはもちろんユリアンも事務的で、機械の会話ではないかと考える様な会話の内容が多かった。


「フォルスト伯爵領にいた私をどうして連れて行こうと思ったんですか?」

「……これまた急な話ですね」

「そうですね。答えづらい質問だったでしょうか?」

「いいえ。問題ないですよ」


 そう言ってユリアンは確認していた書類にサインをしつつ、顔をあげてエミーリエを見た。


 彼女も同じタイミングで顔をあげて、ぱちりと目が合った。


「……あの時の私の状況を考えてくださると、わかると思うのですが、国を追われるように飛び出し君と同じように……その、情けのない話ですが、気落ちしていて苦しげで希望のない目をしていた君と私は同じだと思ったんです」

「……」

「同じ目をしていたと思います。私たち」


 自らの瞳をさして、彼女を見る。


 あの時はなんて暗い目をしているんだと思ったけれど、普通に見てみると彼女はただ光彩が黒いタイプの人だったことに気が付いたときには少し笑った。


 そんなことをつい思い出し笑いしてしまう。


「今ではこうして、穏やかな生活と領地運営の補佐の仕事をすることによって安定した生活を手に入れられていますが、あの時は気が気じゃなかったんです」


 ユリアンはすこし気恥ずかしくなりながらも、彼女もわかっていたはずであろうことを口にした。


 しかしエミーリエは予想外の返答だった様子で、意外そうに目を見開いた。


 見開くと黒曜石のような瞳に光が差し込んで、美しくきらめいたような気がする。


「意外な返答でしたか?」

「……はい」

「では、あの時は君は私の事をどう思いましたか? 参考までに聞かせてください」

「……あの時は……」


 エミーリエは思いだすように視線を空に置いて、それからユリアンに視線を戻した。


「あなたの瞳はとても美しいなとそう思いました」

「……」


 そう言ってにこりと微笑むエミーリエの笑顔は、とても穏やかでおっとりとしている。


「あなたにとって暗く陰った瞳だったとしても、私にとっては希望の光のように美しいものにうつりましたから。……今でも素敵だと思っています。ユリアン」


 打算も、欲求も何も含まれていない純粋な言葉だった。


「これからも末永くよろしくお願いしますね」


 目を細めて笑みを浮かべて、また書き物に戻る彼女に、ユリアンは言葉を返せずについじっとエミーリエの事を見つめてしまった。


 簡素にまとめた落ち葉色の髪はうつむいたことによってさらりと落ちてきて、それをゆっくりと耳にかける。


 そんな些細な仕草に、ユリアンは妙に心臓が大きく音を鳴らして、変な動悸がしてくる。


 ……驚いた。そういう感性は君にはまったくないものだとばかり……。


 出会った時以来、感情をあらわにすることがなかったエミーリエがふとしたタイミングで見せた純粋な好意に、ユリアンは突然心を打ち抜かれて、どうしようもなくときめいてしまった。


 そして、その二人の会話をまったく動揺せずに聞いて、いつもの調子でそばにいたアウレールは、ようやく何か進展しそうな二人の展開の遅さにうんざりしつつも、今日も今日とて平和な時が続いてくれて嬉しく思うのだった。




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