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57 命名式


 



 エミーリエは仕事の合間を縫って、こちらのブラント伯爵家に作った猫の住処にやってきた。


 そこにはぴったりのタイミングでアウレールが来て自慢げな顔をした子猫ならぬ成猫がいる。


 この子はベーメンブルク公爵家でエミーリエとアウレールの二人が見守っていた子であるが、アウレールが野性的本能が少々低いと判断しただけあって、エミーリエとアウレールの二人にべったりと懐いてしまっている。


 しかし野性的本能が低いからと言って、知能まで低いというわけではなかった。


 出発の準備をして荷物を全部引き上げてベーメンブルク公爵家から引っ越すとき、この子はどこから紛れ込んだのか馬車に乗って、いつの間にかついてきていたのだ。


 いや、侍女たちはそれに気が付いていて、旅の道中で餌をやっていたと思うし、そうでなければここにいるのはおかしいのだからそういう事だろうと思う。


 とにかく、今ここにこの子はいる。


 こうなってしまえば流石に野良猫として放置することもできないだろう。


 アウレールとそう言う話になって、小さな猫小屋一つと毎日の食事、それから彼の名前と首輪を進呈することになった。


「アウレール、これが今日完成した魔法の埋め込まれた首輪です。いかがでしょうか?」


 そう言ってエミーリエは大切に持ってきた箱を開いてその中に入っている特注の首輪を見せた。


「……ええ、よろしいと思います。それにしてもこれはエミーリエ様が魔法を刻まれたのですか?」

「は、恥ずかしながら。属性的に守りは得意な部類ですので……」

「さようでございますか。エミーリエ様はとても器用でいらっしゃいますね」

「それほどではありません。本当に簡単なものですから」


 革でできた手触りのいい首輪を手に取って、一応、魔石に刻んだ魔法を確認する。

 

 これは魔法道具を作るときの技術と同じで、特別な石に魔法を刻むやり方だ。


 魔法道具には、いろいろと種類があって魔力がない人間にも使えるようになっている物や、適当な条件を付けてその状態になれば発動するものなど様々だ。


 エミーリエは自分の魔法を持っていて、たまたまこの猫の守りに丁度いいものを作ることができる。


 なので自作したのだが、本来ならば魔法使いに依頼することが多い。


 というかそれが正当な魔法道具の作り方なのだが、なんせ魔法教会を通さなければいけないので高いのだ。


 お金をかけるところは躊躇をしないが、なんにでも使っていけばいいというわけではない、節約できるところは節約していかなければいけないだろう。


 これはエミーリエが領主としてやっていくうえでの矜持みたいなものだ。


「それでは早速、命名式を始めましょう」

「はい……こちらに来てください」


 目の前にいる猫に声をかけると、彼はおやっと首をかしげて、手を伸ばしてきたエミーリエに撫でてくれるのかと勘違いして頬をこすりつけた。


「これはあなたを守るものですから、きちんと身に着けるように」

「みゃぁ~」

「あなたの名前はシロです。覚えてくださいね」

「みゃぉ~」


 首輪をつけるという話になってから、エミーリエはいろいろと彼の名前を考えた。多分男の子なのでかっこいい名前にしようとか、神聖な白を纏った猫なので神秘的な名前にしようとか散々考えた。


 しかし結局、あまり長い名前を付けても猫は覚えられないだろうし、響きが分かりやすく何を示しているのかわかりやすい言葉の方がいいだろうと考えた結果、一番ありきたりなものに収まった。


 ……たくさん考え、様々な可能性があったうえで一番良いと思った名前です。気に入ってくれましたか?


 首輪を丁寧につけて、頭をよしよし撫でる。


 シロはつけられたものに違和感があったのか、首をかしげて後ろ足でカリカリと触ったけれどエミーリエに撫でられると、そんなことはどうでもいいとばかりにまた間延びした鳴き声を上げた。


「シロですか……良い名です。使用人たちにもきっとそう呼ばれていたことも多かったと思いますからすぐに覚えるでしょう。


 シロ、お前も守りの魔法道具に慢心せず、その爪を研ぐことを忘れないように。


 きちんとネズミを狩って屋敷に貢献するのですよ」

「みゃぅ~」

「いい返事です」


 エミーリエは言われてみてたしかにそうかと思う。


 そう言うことは考えていなかったけれど、パッと見てそう呼んでいた人間も多いだろう。安直な名というのはそういう良さもあるのかもしれない。


 アウレールは厳しい事を言いながら、手を差し出した。するとシロはエミーリエに撫でられてゴロゴロならしていた喉を止めて、パシッと差し出された手に手を置く。


 その姿はさながら犬のようだった。


「賢い子です、おやつをあげましょう」


 シロに向かってほほ笑むアウレールに、エミーリエも思わず微笑む。


 いろいろあって様々な人の関係性も、外見も、中身も変わっていく中で彼女ばかりは、いつだって変わらず支えてくれている。


 それはとてもありがたい事で安心する事実なのだった。






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