54 ブラント伯爵
エミーリエは覚悟を決めてユリアンの帰宅を待っていた。ああして手を引かれて馬車に乗った以上はもちろん、ユリアンの気持ちを否定する気などみじんもない。
しかし、自分がふさわしいのかという疑問もあったのだ。
けれどもその疑問もフランクたちと話をしたことによって解消されて、エミーリエは改めてユリアンと二人でやっていきたいと思う。
彼が不安定になったらエミーリエが支えて、あまり好ましいことではないけれどエミーリエが駄目になりそうなときは、ユリアンに支えてもらう。
そうすることをユリアンはうれしいと言ってくれた。
だからこそ、今までの一応恋人だった関係から脱却して、改めて関係を結ぶのだ。
そう意気込んでエミーリエは彼が到着したという知らせを聞いて、本館のエントランスホールまで出てきた。
戻ってきてからすぐに王都に旅立ってしまったので、それからずっと彼の事を考えていたのでとても久しぶりに会ったような気持ちになって胸が苦しかった。
その姿を見るだけでドキドキしてしまってエミーリエは、一度立ち止まって、それから左手につけている指輪を指先で少し擦った。
……あまり、帰ってきてはしゃいでいると思われても、恥ずかしいですから、冷静に。
部屋に戻ったら沢山話をしたらいいんです。
そう考えて自分を落ち着けてエミーリエは、ゆっくりと歩いて彼の元へと向かった。
アウレールと何かやり取りをしているユリアンと、その後ろでは共に王都に向かっていたベーメンブルク公爵が、たった今到着したヨルクたちと抱擁を交わしている。
エミーリエはそれを見て自分もそんなふうにできたらいいけれどと思う。
しかし、流石にそうする勇気はない。
そう思って声をかけた。
「……ユリアン、おかえりなさい。帰ってくるのを心待ちにしてました」
笑みを浮かべて出来るだけの感情を込めてそう言うと、ユリアンはぱっとこちらを向いて、それから珍しく軽快な足取りでエミーリエの元へとやってきた。
とたっと駆けてきた様子にエミーリエはぽかんとしつつも、手を取られて、とてもうれしそうなはにかんだ笑みを浮かべているユリアンを見つめた。
「戻りました、エミーリエ。お待たせして申し訳ありません。あのですね、エミーリエ、以前にも言いましたが、あなたにとても素敵な提案があるんです」
「……は、はい?」
いつもよりも少しだけ子供っぽく元気な様子に珍しく思いながらも、彼の言葉に返事をした。
すると彼はすかさず返す。
「伯爵の地位に座るつもりはありませんか?」
「え?」
「もちろん補佐は私が務めます。エミーリエが望めば、ブラント伯爵家の名をあなたが取り戻すことができるんです」
「……」
突然言われたことに、エミーリエは思考が停止してしまって、どこから何を聞いたらいいのかわからなかった。
彼がやっていたのは長雨の対策のはずで、王都に行っていたのもそのためのはずだった。
それをどうしたら、ブラント伯爵家を取り戻すという話になるのだろう。まったくわからない。
「これはすこしいびつな形かもしれません。もちろんほかの中小領地の領主に私がなることもやぶさかではありません。しかし、あなたにゆかりのある場所の方がいいと思い、少しわがままを通してきました。
改めてエミーリエ、私と一緒になってくれませんか」
しかし、とても混乱していてどういう事情があってそうなったかはわからなかったけれど、その言葉を断る理由にはならない。
エミーリエは事情は分からなかったけれど、とても彼が真剣だという事だけはわかって、その手を自分からも握って、笑みを深めて言った。
「……はい、もちろんです。ユリアン。事情は分からないですが、抱きしめてもいいですか?」
「はい、エミーリエ」
そう言って二人は家族みたいに熱い抱擁を交わして、とにかく一緒になることを約束した。
そしてやっとアーグローデに長い間かかっていた雨雲が過ぎ去り、エミーリエとユリアンの人生にも、幸せで穏やかな晴れ間がやってくることになったのだった。




