50 以上でも以下でもない
ユリアンは隣に座って肩にもたれかかっているエミーリエの重みを心地よく感じていた。
実は、エミーリエはこうして座っているとユリアンよりも少し小さい。
立っていると目線は大体同じぐらいなのに、座るとこうなるのは彼女がヒールを履いているからで、言うほど同じような体格で頼りのない男というわけではなかった。
だからもたれかかられようとも、彼女が立てなくなったとしてもユリアンは頑張れば彼女を背負うことができる。
だからどうか安心して身を任せて欲しいと思う。
「眠ってしまわれましたね」
向かいに座っているアウレールがエミーリエの事を見てそう言った。
出発してからしばらく涙が止まらなくなってしまった彼女は、屋敷での話や、自分がどうして一人娘なのに跡取り息子と婚約したのかといった、いろいろな話をしてくれた。
無理して話をしなくてもいいとユリアンは言ったけれど、人と共有する方が気が楽になるらしく、ブラント伯爵邸での思い出を滔々と語った。
数時間ほど経つと彼女はうとうとし始め、疲れ切った子供のように眠った。
ユリアンは、エミーリエが実家の事を覚えていないと言っていたのは覚えていた。
しかし単に鮮明には記憶していないというだけで、両親が亡くなったことによってまさか思い出のひとかけらも無くしてしまったとは思いもよらなかった。
「……大人っぽく見える落ち着いた方ですが、こういう一面もあると知ると、少し安心しますね。
彼女は完璧に近しい親切な良い人ですから、そう見える分、つらいときに人に頼れないという性質があったのだな、と思い返してみても納得してしまいます」
アウレールはエミーリエの事を見ながら、とても優しげな表情でそういった。
その言葉にはユリアンも同意だ。
エミーリエはあまり頼らないし、自分一人の中で完結させる節がある。
ブラント伯爵家に誘った時ですら、両親の死を受け入れられずにいて何もかも幼少期の事を忘れてしまっているという一大事について何も言わなかった。
そしてそれにすら自分の中だけで整理をつけるために、ユリアンから離れようとしていた。
しかしそう考えるとやっぱり少し、不安になってくる。ユリアンの告白が通じていなかったのも鑑みると、もしかしたらエミーリエはユリアンの事があまり好きではないのかもしれない。
弱みを見せられない相手だと思っているのかもしれない。
「……引き留めて、私はもちろん正しいと思っています。初めて会った時からずっと、今も」
「はい」
「ですが、エミーリエはどう思っているでしょうか。……強引に引き留められて、仕事上だけだと断言していた彼女の言葉を覆して抱き留めたこと……不快に感じていないでしょうか」
「……」
彼女はすぐ隣で眠っているのに、ユリアンはその心があまりよくわからなくて今更不安になってくる。
そもそも、エミーリエが自分たちは恋人ではないといった時に、とても大きな衝撃をくらって、ユリアンはそのまま三日ぐらいは自室のベットに引きこもって心の整理をつけたいほどだった。
だって仕事上の関係だったのならば、抱きしめたりしたことだってよくなかっただろうし、手をつないだことだって、嫌だとしても拒否できなかったに違いない。
彼女はユリアンに恩があって抵抗できなかっただろうし、酷いセクハラに内心では怒りに震えていたのかもしれない。
しかし、そうだとしても、自暴自棄になって一人どこかに行こうとするエミーリエをユリアンは許容できない。
不幸にならないで欲しいのだ。
だから後悔はしていない。今だって隣にいてくれてとてもうれしい。しかし、不安になる気持ちは変わらなかった。
「私が強く引き留めたから、こうしているだけで、恋人でもない男に抱きしめられることはとても苦痛だったのではないでしょうか。
指輪だって毎日つけてくださっていますが、ああ言われればそうせざるを得ません。私のような男ではなく彼女はもっとたくましくて頼りがいのある人が━━━━」
「主様」
長年、そばにいて心を許しているアウレールにだからこそ、ユリアンは次から次に情けない言葉を言って、その言葉を制止するようにアウレールはユリアンの言葉を遮った。
「……なんでしょうか、アウレール」
彼女はいつも反論をしないで受け流すような返答をする。そしてたまにアドバイスをくれる。それだけで、こんなふうに言葉をさえぎったりすることはめったにない。
なので少し驚いて、ユリアンは、アウレールに静かに聞いた。
「それでも、エミーリエ様は主様と馬車に乗った。
それ以上でもそれ以下でもありません。エミーリエ様は主様と今この場に共にいる。同じ場所に帰り、揃いの指輪をつけて、お互いが危機に陥れば必ず手を差し伸べる。
違いますか」
アウレールが言っていることはすべて事実だ。
間違いは一つもない。
「違いません。合っています」
「では、それは想い合っているといえるでしょう。少なくとも主様がともにいることを強要している様子はありませんでした。エミーリエ様は、自分から選んで主様のそばにいるのです。
自信を持ってください、足りないところがあるとすれば、そう言う部分です」
きっぱりと言われた言葉に、ユリアンは、酷く納得してしまってそれからアウレールに甘えたことを言ってしまったと少し後悔した。
けれど今からそれをうだうだというのも情けないだろう。
「……はい、アウレール」
きちんと返事をしてそれから、アウレールとこれからの事を少し話したのだった。




