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46 頼ってしまったら






 彼と馬車で旅をするのはこれで二回目だ。


 これが楽しい旅行の始まりだったらよかったのだが、あいにくそう言うわけではなく、エミーリエもユリアンもお互いに少し緊張したままベーメンブルク公爵家を出発した。


 出発する前にはロッテから、ユリアンが提案した選択肢に対しての回答があり、フォルスト伯爵とエトヴィンには、今のまま領地で働いてもらう選択肢を選んだそうだ。

 

 実家がもちなおし支援を受けられるようになれば、それほど急いで技能を身に着けなくてもよくなる。将来ずっとではなく、時間稼ぎにもなるので、エミーリエもいい選択だと思った。


 ブラント伯爵家は、王都に向かう方向から少しそれたあたりに位置しており、ベーメンブルク公爵家に続く川の源流にもあたる大きな川が流れる土地だ。

 

 王都に近いのに田舎っぽい雰囲気をしていて、道は整備されていない部分も多く、周辺貴族たちと協力してこの国で一番の山と森を抱えている土地柄だ。


 そんなブラント伯爵領の付近では昔、エミーリエが生まれたころから王族の直轄地にしてアーグローデ王国の一大産業を作るための改革が勧められていたらしい。


 それはカルシア王国のガラス細工や、鏡と同じように国外に輸出して、国の立場を強めるために必要な開発だった。

 

 具体的には製紙業を始めようとしていたという話は聞いている。しかしその計画はブラント伯爵家が、最後まで首を縦に振らなかったことによって頓挫している。


 その後から雨が少なかった土地にも降るようになったらしい。


 ユリアンたちが調査している天候を操る魔法道具の反応もブラント伯爵家の土地の付近にも出ているので十中八九、原因は開発の為に立ち退くように言われた貴族たちだと見当はついているらしい。


 そのことについては王族は予め知っていたけれど貴族たちには黙っていたのではないかとユリアンは言っていた。


 彼らは、代替えの土地もとても立地の良い場所を提案したし、反抗した故の当然の報いだと言っているが、果たして真実はどういうものなのかエミーリエにはわからない。


「エミーリエ、もうすぐ着きますね。緊張していますか?」


 ユリアンは向かいに座っているエミーリエにとても優しい笑みを向けて、当たり前のように手を取った。


 その様子をエミーリエはじっと見てしまって、心の中を悟られないように視線を逸らした。


「はい、不思議ですね。あまり覚えていないはずなのに、近くにいると思うと心がざわついて……仕方ないんです」

「……大丈夫です。いろいろとエミーリエが思う所がある場所かもしれません。でも必要以上に恐れることはないんです。


 今から行くのはただの場所です。私も兄に、とても萎縮してしまっていましたが、思っていることを言ってみれば、とても自然に彼は受け入れてくれたように思います。


 わからない事が多いからこそ、自分の中でとても大きな存在に見えるだけかもしれないですよ。エミーリエ」


 その言葉は言う人に寄ってはとても無責任で軽率な言葉になると思った。しかし、ユリアンが言うとエミーリエに取ってそれはとても重大な意味をもつ。


 アレだけ怖がっていた相手に、ユリアンは対抗することができた。


 エミーリエが怖いと思うのは、何も知らないからかもしれない。


 ユリアンが言うとすんなりそう思える。けれど同時にその気持ちはなんだか少し危険な気がした。


 エミーリエとユリアンは、これだけそばにいて寄り添っているように見えて、仕事上の関係だ。


 周りにはどう映っていても、恋愛関係じゃない。


 それなのにユリアンの日々の行動はそれ以上に思えて、普段より自信の気持ちが揺れているといつものユリアンの優しい言葉も、心の奥にずしずしと響いてしまって、胸が苦しい。


 彼が言うように思いたい、きっと思えるように強く手を握っていてと、つい口に出したくなってしまう。


 ……そんなのはおかしいですよね。私たちは利害の一致でそばにいるだけなのに。


 けれどもとても距離が近い、物理的にも心理的にも。


 私たちの関係性で正解の距離感はどの程度なのでしょうか。ユリアン。


「移動は大変ですが、あなたとこうしてずっと顔を合わせていられるんですから、旅も悪くありませんね」


 繋がれた手の指にきらりと光る指輪が主張している。


 雨でぬかるんだ道はひどく揺れて、お尻が痛い、けれどもユリアンが言うように私生活では仕事仕事であまり毎日べったり一緒にいるということがない、なのでエミーリエも同じように思う。


 そう思う時点でエミーリエはユリアンの事が好きだと思う。適切な距離感を読み間違えてしまうのはそう言う理由があるからだ。


 けれど仕事上の関係だからという以外にもその思いが実ってほしくない理由がある。それは、見苦しく頼ってしまいたくないからだ。


 頼ってしなだれかかって、年上なのに彼に負担をかけることなどしたくない。


 きっとお互いに自立しているから、ユリアンはエミーリエを認めているのだと思う。


 出来る限りのことをお互いにして、利害関係が一致するからエミーリエとの距離を丁度いいと思っているだけで、重たく感じたら、嫌だと思うだろう。


 苦しくて息が詰まると思うだろう。ただでさえユリアンには命の危機を救ってもらった恩人だ。


 だから、必要以上に寄りかかりたくないのに、今自分の足は震えてまともに自立することができない。


 人に真実を見せつけるようなことをしたのに、自分は真実を見て傷つくのが怖いと思っている。


 それがどんなに情けのない事かわかっているのにエミーリエはただ、ユリアンの手をきゅっと握って、気持ちを立て直そうと努力したのだった。






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