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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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45 エミーリエに残された爪痕





 ユリアンに改めて向かい合って座ると、なんだか少し緊張してしまって、後ろにいるアウレールの視線にも落ち着かなく感じる。


 これにプラスでエミーリエまでいたのだからロッテが緊張していた気持ちもとてもよくわかって、エミーリエはぎこちなく微笑んだ。


 こんなふうに真剣に向き合って話をする機会はここ最近なかった。


 彼は宣言通りに忙しくしていたし、エミーリエもロッテに対して丁度いい仕事と勉強の手助けをするために手を尽くしていたからだ。


 もちろんエミーリエだけが色々と手を回したところでロッテの学びにつながるわけじゃない、手を出すべきところは出すがそれ以外のところは彼女自身によっていろいろな関係性を作るべきだ。


 そうわかっていても、たまに後ろをついていってるのでエミーリエは少しだけそれ以外の時間が仕事で忙しくなっているというわけだ。


 しかし見ている限り、ヨルクとフランクがロッテの事を程よく助けてくれている様子で、それについてはとても助かっている。


「エミーリエに対する話というのは、その……少しデリケートな話になるのですが、話題すら聞きたくないようなつらい記憶だというのなら話さない事も可能だということをまず言わせてください」


 ユリアンは気遣うようにエミーリエにそう言って、その言葉に何の話かの見当がついた。


「はい。大丈夫ですお気遣いありがとうございます」

「……話というのは、ブラント伯爵家の事です。あなたの実家の話ですね。長雨の調査の関係で、私は元ブラント伯爵邸に向かおうと考えています。


 今のブラント伯爵領は中途半端な形で開発が進み、長雨の影響を一番に受けていますので、あまり整備されていないような状況です。


 その状態を見ることはとても辛い事だと思いますが、あなたの生まれ育った土地ですし、行ってみれば思い出すこともあるのではないかと思うんです。エミーリエ」

「……」

「私とともに、伯爵領に行きませんか?」


 ……ブラント伯爵家に……。


 それはたしかにあまり気の進む提案ではない。というか、行きたくはないとすらエミーリエは思っている。


 だって、流石に父や母の死から必至に働いて忘れることによって立ち直ったエミーリエだが、実家に戻ってまで、何も思い出さずにいられるほど鈍感だとは思えない。


 そして朽ち果てた屋敷を見たら悲しくなるだろうし、とても楽しい事にはならないと予想できる。


 けれども、エミーリエがその場に行くことにメリットがあるからユリアンは誘っているのだ。


 彼は仕事ができる人だ、採算があるからこうしてエミーリエを誘っているのだと思うし、調べることでわかる事があるということは、ブラント伯爵家は原因に近しいという事だ。


 その場所の一人娘であるエミーリエがそばにいて、何か必要なことを思い出せば事は良い方向に運ぶかもしれない。


「……協力はしたいと思います。しかし果たして有用な情報を取り乱さずに思い出し役立てられるかは、正直なところ分からないという気持ちです」


 エミーリエには協力する義務があるし、ユリアンは自分の事ではないはずなのにこの国の為に動いてくれている。


 エミーリエはこの問題の一番の当事者だ。ユリアンよりもまず、動くべき人間だ。


 そんな人間が、彼の唯一口にしてきた協力の申し出を断ることなど出来ないだろう。


 しかし、あまり思い出したくない記憶をたどることに対する忌避感は言葉の端に出てしまい、ユリアンは少し困った顔で笑った。


「もちろんそういう期待がないかと言われたら嘘になりますが。それ以上に、エミーリエ。あなたは私の家族に会いましたが、私のはまだ、ご挨拶できていません。


 墓前で挨拶をする許可していただけたらなと思ったのです」


 ユリアンは、エミーリエの言葉を否定しなかった。否定しないまま、もう一つの理由を提示した。


 その理由ならば、エミーリエが役に立たないということはないだろう。というかむしろ、そう言ってくれるのならば、今までずっと放置してきた両親の元に向かうことはやぶさかではない。


 ……むしろ、こういう事情でもなければ私はずっと……。


 きっとずっとこのままだ。

 

 ……それに、人にやったことは自分に帰ってくる……そうでしょう?


 エミーリエは自分に語り掛けた。


 エミーリエは爪痕を残したいという気持ちでロッテに真実を否応なしに見せつけた。


 彼女の世界を壊した。知らないだけではいられないと示したのだ。


 それなのに、エミーリエが自分の事情にずっと目を逸らし続けて、自分に残っている彼らの爪痕に気がつかないふりをし続けることなど到底許されない。


「…………」

「それでも、つらい思い出のある場所ですからね。強要するつもりはまったくないんです。エミーリエ、だからどうか、そんなに苦しそうな顔をしないでください」


 ユリアンは押し黙ったエミーリエを心配そうに見て、どうにか気分を明るくしようと務めた。


 しかしそれはうれしいけれど、苦しい気持ちになったとしても受け入れなければならない問題というのはある。


 それはきっと今、この時なのだ。


 それが一番正しい時で、望まれている時だ。


「いいえ、ユリアン。あなたと一緒ならば、大丈夫です。いつかは向き合わなければならない問題ですから」

「……そ、そうですか。私と一緒なら……ですか」

「はい。よろしくお願いします。共にブラント伯爵家に行かせてください」


 エミーリエは改めて、ユリアンに頭を下げてお願いした。


 エミーリエは一人ではない。中身の伴わない関係だとしても、ユリアンはエミーリエの欠点も呑み込んでそばに置いてくれるといった相手で、これから先も一緒にいる。


 没落してしまったが愛してくれた家族に、それでもこんなふうに今は幸せだといえる気がする。そう思って決意を固めたのだった。





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