44 自業自得
ユリアンはロッテに向かって見定めるような視線を向けつつ「それで」と口を開いた。
彼女はとても緊張している様子で、膝の上で手を握って背筋を伸ばし、そばで保護者らしく立っているアンネリーゼと少し視線を交わして、それからユリアンの方へと視線を戻す。
エミーリエは偉い人と面接のように向かい合って緊張しているロッテにちょっとだけ初々しい気持ちになりながらも、ユリアンの少し後ろから見つめていた。
「フォルスト伯爵家の事ですが、ロッテ。選択権はあなたにゆだねようと思います。
私はもちろん、彼らを纏めて責任を取らせるために領地の為に魔力を搾り取るだけの機械のようになってもらう方が一番採算が取れると思います」
ユリアンは、ロッテが彼らの娘であり、あれでも一応大切な家族であるという事を余り鑑みずに直接的な表現でそう言った。
フォルスト伯爵家がすぐに王族の命令に従って土地を返還し、より小さな領地を与えられて男爵や子爵として、新しくやり直すなら問題はなかった。
しかし、王族から派遣されてきた貴族をないがしろにし、自分たちの土地だと居座って他人からの借金も踏み倒さんばかりの状況では、捕らえられて魔力を搾り取られる犯罪者のような扱いになるのも仕方がない。
そうなるまでにアーグローデでは割と期間が空いていることが多いが、ユリアンの手が入ったことによって、フォルスト伯爵家の国の判断はすでに最終段階まで来ている。
後をどうするかそれはユリアンの手に握られている。
「しかし、そうしてしまえばおのずとあなたの地位も貶められる。犯罪者同然の親を持ち、まともな婚姻を結べるほどよい縁談の相手というのは有り余っていません」
「……はい」
「だからこそ、フォルスト伯爵家を更生させる手段があるのならそれを実行するべきでしょう」
どうやらユリアンはその手段について、思い当たることがある様子だった。
しかし、エミーリエやアンネリーゼは、準備が整ったからロッテとの話し合いの場を作ってほしいと言われただけで知らないのだ。
だからこそロッテとともに彼の言葉に聞き入った。
「けれどそれは少しだけ、あなたの苦労も必要になる事です。ですから時間をかけても構わないのでどうしたいか考えてみてください」
そんなふうに前置きをして、彼はきちんと頷いたロッテを見て続きを言った。
「では二つ目の選択肢として私が提案するのは、あなたを餌にしてフォルスト伯爵とその跡取り息子を働かせることです」
「え、餌……」
「はい。手紙にて少々やり取りをしてみましたが、彼らのあなたに対する執着はすさまじいものを感じました。
今も心配でならないといった具合で、家の事情も放っておいて日夜捜索に明け暮れているという状態です。
その捜索中に、領民がフォルスト伯爵家に対する怒りによってあなたを誘拐したのではないかと考えて、何度も衝突になっている様子です」
ユリアンは淡々と今の状況を説明し、ロッテは、顔をさあっと青くさせて、拳をきつく握った。
「ですからその行動力を利用しようと思います。
もちろんこちらの名前は伏せますが、あなたにも一筆書いていただいて、誘拐犯を名乗り借金を返済し、身代金をきちんと支払えばあなたを殺さないというふうに話を持っていきます。
あなたを自らの元に取り戻すことだけを目的にしているので、きっとあなたを直接殺すようなことにつながる怠惰で周りに迷惑をかける様な行動は慎んでくれるようになると思いますよ。
実際にまともに身代金という名のあなたの生活費をきちんと支払えるようになったら年に一度でも二度でも顔を見せて家族として助かっていると言う旨でも話をすればいいんです。
しかし決して戻ってはいけません、同じことを繰り返すだけになりますし、この手段はとても道徳に反します。
ありもしない夢を抱かせて、選択の余地なく働かせることは、あなたの心を苦しめるかもしれません。
もちろん、そうされるだけの事を彼らはしてきましたし、迷惑をこうむった人間は彼らがこれから受ける苦痛以上のものを受けてきた……いわば自業自得です。
いい点も悪い点も沢山ある選択肢ではありますが、それならばあなたは貴族の地位を失わず、将来、よい就職や結婚ができる可能性が高くなります。
このままフォルスト伯爵家とは決別して生きていくのか利用して、生きていくのかあなたに任せます。ロッテ。
そしてそのどちらでも私はエミーリエが望む限り協力します。以上です」
ユリアンは提案を淡々と終えた。
そしてエミーリエはその提案に少しばかり驚いてしまった。
ロッテを甘やかしたいと望むあまりにおかしくなって、崩壊したフォルスト伯爵家。
しかしだからこそ彼女を餌にすることによってその安定を図ろうというのは、発想として思いついたとしてもあまり実行することも多くないはずだ。
けれど、その案によってロッテが今まで碌に教育を受けられずに、過ごしてきた時間を別の場所で取り戻し、本来の生まれに丁度良い未来を掴むだけの時間と場所を手に入れることができる。
利点もあるが道徳的に悪いという欠点もある。結局はロッテ次第。
エミーリエもどちらを選んでも良いと思う。しかし少しだけ、後者を選ぶのではないかという気持ちがあった。
だって、結婚を餌に働かされていたエミーリエとそれはくしくも同じ状況だった。
きっと同じように苦しむことになる。今の状況のフォルスト伯爵家を立て直して収益を上げて領主として立ち直るのは相当な労力を要するだろう。
けれどそれでも愛したロッテの為ならばやってのけるような気もする。
どちらになるかはわからない、けれども自分のやったことというのはいずれ自分の元に返ってくることが多いのだなと、なんとなく思う。
結局どちらの選択肢でも彼らは搾取されるように働かされることは同じなのだ。
ロッテは「わかりました」と拙い敬語で言って去っていく、これからアンネリーゼと話をするのだろう。
エミーリエはユリアンと具体的にはどういう事になるのかもう少し話を詰めておこうかと彼に視線を向けた。
するとユリアンは、「エミーリエにも話があるので、そこにかけてくださいね」と言われて今度は面接を受ける様な位置の椅子にエミーリエが座ることになったのだった。




