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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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40 対策


 

 


 午後の陽気が心地いい昼の事、エミーリエとユリアンは本邸と共用の大きな庭園を散歩していた。


 それも恋人のように手をつなぎながらゆったりと歩いていた。


 どちらとも別に用事もなかったので、最初に適当な会話をした以外は、とくに会話もなくエミーリエは少し前を歩くユリアンに、ロッテの事を言っておこうと口を開いた。


「ユリアンそういえば、ロッテの事なんですが……」

「ん? ああ、元気になったみたいでよかったね。すごくかわいい子なんだって侍女たちから聞いているよ」


 その言葉を聞いてエミーリエは少しドキッとした。なぜなら、フォルスト伯爵家では男性貴族二人が揃いも揃っておかしくなるほどロッテは可愛いのだ。

 

 しかし一瞬、チラリとその考えが思い浮かぶだけでそれ以上の事は、エミーリエは思わなかった。


 ユリアンとエミーリエの間には多少……それなりに強固なつながりがある。指輪がその証拠だ。妙な事にはならないだろう。


「はい。愛嬌もあっていい子です。……それで体調が回復するまでの間、この屋敷においてもらうという話でしたが、彼女のこれからを考えて、少し日々の生活に必要なことを実践を以て知る時間が必要だと思うんです。


 具体的には二、三ヶ月ほど。


 侍女の仕事内容を見て家事を学んだり、最低限男の人と結婚するために知っておいた方がいい計算や読み書きぐらいは教えてあげたいと思っています」

「……読み書きは……あの位の歳の子供なら大体出来るだろうと思っていたんですが」

「フォルスト伯爵家では、彼女を甘やかすことを一番に重きを置いていましたから、教育があまり進んでいなかったという事情があります」

「そうですか。フォルスト伯爵家の血筋はやはり将来の事を考えられない性質の持ち主なのでしょうね」

「……そうかもしれません」


 たしかに、あの育て方はロッテの将来を考えているとは思えないような育て方だ。


 不妊治療の事もそうだが、ロッテのかわいらしさによってそうなったのではなく元からそういう質の人たちだったのかもしれない。


「そちらの家の事情については、エミーリエは何か策はありますか?」


 納得しているとユリアンは少し振り返ってエミーリエに聞いてきた。


 フォルスト伯爵家に対する話だろう。しかしロッテの事はきちんと考えるつもりだが、フォルスト伯爵家に関してはほぼ他人だ。そういうつもりはない。


「いえ、特には。それにロッテはもう家を出てますし、これからはアンネリーゼの養い子として貴族としてではなく生活していくような状況になると思います」

「そうですか……けれど、後ろ盾も、実家も一応きちんとあった方がいいでしょう? こちらの王族は彼らに手をこまねいている様子ですが、カルシア王国では、ほかの領地に迷惑をかけた領地への対策と制裁をきちんとします。


 私も少しなら心得がありますから、対応を任せていただけるようにハインリヒ王太子殿下にお話しておきますね」

 

 いつになく自信がある様子のユリアンに、そう言ってくれるならと思いエミーリエは「それならお願いしたいです」と頑なに断ることでもなかったのでそう口にした。


 それにしてもハインリヒ王太子と直接やり取りをしているとは知らなかった。


 ユリアンが王子だということはきちんと理解しているが、どうしてもここ最近一緒に過ごしていると彼が高貴な身分だという事を忘れてしまいそうになる。


 ……最初のころはあんなに恐れ多いと思ったのに、馴れとは恐ろしいものですね。


「あと私の方からも一点よろしいですか」

「はい、もちろん」

「この間、雨の影響を調べるということになったという話はしましたが、本格的に各地の貴族たちも動き出すようです。長雨が起こる影響となった事件と、その真相が見えてくるかもしれません。


 その調査に出ることも多くなると思います。なので屋敷を頼むことになると思いますが、何か不安な点などありませんか?」


 ユリアンが、そのことについてとても意欲的に対応しているということは知っているし、エミーリエはなんの心配もない。


 頭を振って意思を伝えると「思いついたらいつでも言ってくださいね」と彼は言ってニコリと笑みを浮かべる。


 それにしても、もちろんこのアーグローデにいる以上は、この国の抱えている問題に直面することにはなる。


 しかし、その対策について王家が協力しているとはいえ、ユリアンがそこまで動くことには少々違和感があった。


 今までのカルシア王国での忙しい日々を終えて、フリッツ王太子がこの地にユリアンが残ることを了承してくれたからには、この国の事は本人たちに任せて静かに暮らすことが彼の望んでいる事ではないのだろうか。


 もともとそれほど問題に首を突っ込むのが好きというわけではないはずだし、確実に長雨はユリアンにはあまり関係がない。


 手を引いてとことこと歩いていく彼の後姿を見つめてエミーリエは少し、聞いてみようかと思った。


 どういう意図があってそうしているのか、それとも単純に慈善活動なのか。


 ちらとこちらを振り返って、ユリアンの深緑の瞳が細められ、風にあおられて彼の金髪がさらりと揺れた。


「……私も不甲斐ないばかりではいられませんから」


 ……あなたを不甲斐ないだなんて思った事は一度だってありません。ユリアン。


 ユリアンの言葉にエミーリエはそう返したかったが、それでせっかく長雨について対応しようとやる気になっているのに、その気持ちに水を差すのも悪いだろう。


 そう思ってエミーリエは、彼の意味深な言葉に少し首をかしげて、深い事は聞かないのだった。




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