32 対策会議
「だから、原因といっても大方予想はつくだろう? 急に土地の気候が変わるなんて自然にはありえない。あるとすればもっと長期的なスパンをかけて徐々に変わっていくものだ。
つまり、魔法のたぐいだ。天候を操る魔法道具は王家にもあるんじゃないのか」
兄はイラついた様子で、アーグローデのバルタザール国王に言った。
会合の為に用意された大きなテーブルの上には、参加している上級貴族や王族一人一人に書類が配布されている。
もちろん、カルシア王国の王族を呼んでこんな会合を開いたのだから、よっぽど調べが進んでいるのだろうとユリアンは考えていたが、まったくそんな様子もない。
長雨による被害といつから始まったのかなどという情報が記録されているだけで、原因についての考察は見当違いのものばかりだった。
「王家にしか操れない代物であるからしてそれは関係がないとしても、これが他国からの攻撃である可能性だってあるだろう。
それ以外には、歴史の深い貴族たちには王家同様に役割があったりもする。記録にないだけで水の魔法をつかさどる貴族に何か異変があった可能性はないのか」
しかしその見当違いの会合内容にもアーグローデの貴族は誰も苦言を呈さず、まったく進まず誰一人としてなんの提案もしないで首をひねっているだけの会議に、兄はひどく立腹している様子だった。
そして兄の言葉のどの部分にかはわからないが、バルタザール国王のそばに座っていたハインリヒ王太子が動揺したように視線をきょろきょろと動かした。
「今日、詳しく知ったばかりの俺だってこのぐらいは可能性をすぐに考えられるぞ。
本当に真面目に対策をする気があるのか? アーグローデは。
何にせよ個人の魔法ではなく、魔法道具の利用によるものだ。
ならば王家にもあるはずの天候を操る魔法道具を教会に解析に出して、同じような魔法の痕跡を探していく方法をとればすぐに原因の究明が出来るだろ。
なぜやらない、国の貴族達もこのままでいいのか? 次いつ、どこの領地が土砂災害に遭うとも限らないんだ、危機感を持って対応をするべきじゃないのか!」
語気を強くして同じ卓についている貴族たちに言う兄に、ユリアンは素直にこういう所では彼以上に適任はいないと思う。
思っていることはきっぱりというし、駆け引きもうまい。
グダグダとした会議を永遠に続けるよりも、もっと効率的になるように貴族たちに語り掛けた。
「私もその提案に賛成だ。私たちはそもそも対応が遅すぎた。今からでも受け身ではない対応をとるべきだ」
兄の言葉にすぐさま賛成したのはベーメンブルク公爵だ。今回の件で、兄に対する印象は悪いとは思うが、この意味のない会議を進展させるためには協力するしかない。
公爵が声をあげると騒然としていた貴族たちも、それなら、自分たちもと靡いている様子に見える。
しかしそんな中でハインリヒ王太子はなんだか、場違いな笑みを浮かべて、兄に向かっていった。
「い、いやいや、教会に解析に出すといっても、ですよ? あれはほら国宝で、そう簡単に容易く解析されてはこ、困る代物といいますか……ねぇ、父上」
「うむ」
「ほら、ね。そ、それにぃ、もともとこのあたりは雨が多い地域で、国が出来てから徐々に落ち着いてきていて、それが戻っただけなんだから、ほらここにも、書いてあるとおり、地盤がね、強いんですよ」
「……」
「大丈夫ですって、これからは、徐々にこちらも雨の影響をわかったうえで生活していけば、ほら、ここに対策も書いてありますよ。皆さんもご覧になってください」
ぎこちない笑顔を貴族たちに向けて、説得しようとするハインリヒ王太子は、配布された書類の後ろの方に書いてある長雨への対策として土砂崩れや川の氾濫が起きづらいようにする工事について貴族たちに説明した。
兄はそんな様子をじっと見て、貴族たちがそのページを確認し終えるころに満を持していった。
「で、それが終わるまでに何年かかる」
「え……っと……っ、じゅ、じゅう……」
兄上の声でまた貴族たちの視線はハインリヒ王太子の方に集まり、彼は冷や汗をかきながら貴族たちの顔を見つつ十年といいかけた。
十年だとするならば長すぎるだろう。
「ご、五年。国家として一大事ですから、五年で工事します」
「はっ、お前がそれをそんなふうに言い切っていいのかという点についても気になるが、では五年だとして今までと同じようにその間は雨が続く。
すると、それまでの期間はこれまでと同じように被害が出る。貴族の被害者はこれから五年間の間に何人出る? これに載っている過去の統計からみて計算してみろ、それはこの国にいる貴族の数と比べてどのぐらいの割合だ?」
「え、あ、ええとですね」
「もちろん自然災害だ、普通に王都と自分の領地を行き来していたら身分など関係なく災害に遭う可能性があるだろう。
ではそれは、ここにいるお前らにとってその割合は些末な数字か? 親兄弟、娘、息子にとってもそうか?」
貴族たちは軽く頭の中で計算して、彼らは自分たちの家族の顔を思い浮かべたのだろう。
そうすればおのずと、そんな受け身な対応ではいけないと納得する。
「たしかにこれではわが領地も……」
「画期的な解決策があるのに、何も五年もかけなくとも」
小さく声が上がる。その様子を見た兄は最後に、バルタザール国王に視線を向けた。
「バルタザール国王陛下、そう言う事だ。早急に原因の究明と対処を。アーグローデには俺の肉親であるユリアンが住まうことになった。
伯母上のような事態はもう二度と起きてはならない。
だからこそ今まで以上に密に助け合って国家間の絆を強くしたい。協力してくれないか」
「……うむ」
兄の言葉にバルタザール国王陛下は腕を組んだまま深く頷いた。
先日、初めて自分の思っていることを伝えたが、兄は思ったよりもずっと聞き分けが良かったらしい。
本当にユリアンとフリッツの二人はすれ違っていただけなのだ。
ユリアンの事を考えて長雨の対策を考えてくれる兄に、苦手とはいえ、嬉しくないわけではなかったのだった。




