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3 愛されている少女





 今度の日曜日は友人であるマリーの誕生会だ。


 だからこそ友人の中でも一番仲のいいロッテが一番高級な誕生日プレゼントを贈ってあげたいと思う。


 だってそれが友情ってものだ。そうエトヴィンに言ってもなかなか兄は首を縦に振ってはくれなかった。


「だから何度言ったらわかってくれるの? もう!」

「で、でもね。ロッテ、誕生日プレゼントに凝りたいのはわかるけれどな、もう少し予算を下げないと……」

「そんなこと言って友情に亀裂が入ったらどうするの! お兄さまったら責任とれる?」

「いやぁ、そう言われると弱いんだ」

「そうでしょ? だって私たち仲良し四人組はずっと一緒なのよ。それはもう洗礼の前からずっと! これからも一生の付き合いになっていく相手に、お金をかけないなんてケチな子だと思われちゃうわ」

「ああ! ああ! そうだな」

「だからとーってもプレゼントは大切なの! わかる?」

「わかってるさ。ロッテ」


 ロッテは一生懸命に誕生会と友人へのプレゼントの大切さを説いて兄を真剣に見つめた。


 そうすると兄は可愛い妹からのお願いに相好を崩して、やっと重い腰を上げたようだった。


「よし、そこまで言うのなら、エミーリエに言って用意させるかな」

「ほんと? やったぁ! 嬉しい!」

「そうだろうそうだろう。じゃあお兄さまにぎゅ~っとしてくれ」

「うんっ」


 ロッテはソファーから飛び上がるように立ち上がってエトヴィンに思い切り抱き着いた。いつだってロッテを甘やかしてくれる兄の胸の中はとても居心地が良くて思わず胸板に頬をこすりつけた。


 兄にはとても有能な従者の女性がいて名前をエミーリエという。


 彼女はとても控えめな性格をしている人でありながらも、この領地の仕事を一手に担っている仕事大好き人間なのだ。

 

 そんな彼女ならマリーの誕生日プレゼントをきちんと調達してくれるだろう。


 兄にお礼を言ってロッテは、ルンルンな気分で自分のお部屋に帰る。途中で、野暮ったい茶髪のやつれた女性が角を曲がっていくのが見えて、思わず駆け寄った。


「エミーリエ!」

「……」


 ロッテが後ろから声をかけると、エミーリエは少し間をおいてからゆっくりと振り返った。

 

 彼女は相変わらず、顔色が悪くてせっかく可愛い顔をしているのに碌にお化粧もしていないせいで酷く野暮ったく見える。


「私の部屋の近くにいるなんて珍しいね! 何か用事があったの?」


 彼女の手をつないでぶんぶんと振りながら問い掛けると、彼女はいつも浮かべている薄ら笑みを消して、それから静かに、膝を折ってしゃがみロッテと目を合わせた。


「所用がありましたが、もうすみました。……ロッテ…………」


 ロッテの名前を呼んだまま何も言わずに止まってしまう彼女に、ロッテはおかしくて笑った。


 だってこんなに口下手だなんておかしいじゃないか、もっと元気でハキハキしている方が皆だって楽しくなって話をしたいと思うはずだ。


 というかそんなだから仕事が趣味になってしまうのだ。ドレスだって野暮ったいし、つまらない人間は友人ができないと兄たちはよく言っている。

  

 だからこそ流行を追いかけていろんなことに興味を示していかないと。


 そう大人みたいにロッテは考えながら口を押さえてくすくす笑った。


「……ロッテ、楽観的に物事を見ることは悪いことではないと思います。


 しかし楽観的に見ることと、未来を考えない事は別の事です。私はただ、爪痕を残したいという気持ちもありましたが、物事を正しく知らせる良い機会になればとも考えています。


 どうか正しい選択をしてください」

「え? どうしたのエミーリエ。仕事のし過ぎで疲れちゃったの?」

「そんなところです」


 彼女はそれだけ言って、ロッテの頭を緩く優しくなでてから、振り返って去っていく。


 ロッテはあまり意味が分からなかったけれど、心配のしすぎだろうと思う。だって今日までも、これからもロッテもロッテの周りも一切変わっていないし、何も起こりようがない。


 起こるわけもない可能性を考えて悲しくなったり疲れたりしていたらバカバカしいに決まっている。


 そんな風だから友達の一人もできないのではないだろうか。


 決してエミーリエの事を馬鹿にしているわけではないけれど、ロッテはそう考えてちょっと彼女の事を心配に思ったのだった。だってなんだかとても疲れている様子だったから。


 それからロッテはルンルンな気分を取り戻して、自分の部屋の扉を開けた。


 しかし少しだけ、おかしいような気がして首を傾げた。


 なんだか、雰囲気がいつもと違う気がして、部屋付きの侍女を呼び出すためにベルを鳴らしつつ、自分の趣味が詰まった可愛い大好きなお部屋を眺めた。


 するとレースカーテンの隙間から差し込む光に照らされて、何か見慣れないものが沢山壁にかかっているのが見えた。


 ……何これ?


 首をかしげながら近づく、部屋付きの侍女がまったく出てこない事を不思議に思いながらも、所狭しと並んでいる雑多なスケッチや汚い文字で書かれている言葉を目で追った。


『フォルスト伯爵領南区水害記録』


 一番大きなスケッチに先ほど会ったエミーリエの字でそんな言葉が記されていた。


 そしてそのスケッチは、大雨の中土砂に押し流される人が血を流しながら倒れている様がとても生々しく描かれている。


 まるで雨に打たれながら書いたのではないかと思うほどに、緻密にかかれているスケッチだった。


 それを瞳に移した瞬間、ロッテは意味が分からなかった、しかし何故か恐ろしくて同時に目が離せない。


 スケッチの血の部分だけが赤黒い何かで色付けされていて異様な雰囲気を感じて一歩下がる。


 これまでロッテは絵といえば美しい絵画以外は見たことがなかった。ロッテの世界には美しくきれいなものしか存在しないし、こんな醜くて恐ろしいものロッテは知らない。


 しかし、どうしてか目が離せなかった。怖くてたまらないのにボードに張り付けられている別の手紙に目を通した。


 そこにはフォルスト伯爵家に対する遠回しな糾弾が書かれていた。

 

 災害で寄る辺を失った人々の集まっていた救貧院への援助を打ち切り、街道沿いの町として栄えていたとある町は街道が動かずに仕事を失った人々であふれかえっている。


 彼らは、生活の苦しさにあえぎ、体の弱いものから死んでいっている。


 水没した村の診療所には溢れかえるほど人がいる。そのスケッチも載っていて、読めば読むほど体が震えて、恐ろしくて涙が出てきた。


 名指しで、ロッテを中傷するような言葉もあった。こんな手紙を貴族に送るなんてありえない。すぐに殺されたっておかしくないのに、どうしてこんなものがここにあるのか。


 とにかくそんな頭のおかしい事をする人間の言う事なんて気にしなくていいはずだと思うのに、これを見てしまえば、そう投げやりになるほど困窮していたのではないだろうかという思いも浮かんでくる。


 侮辱された怒りよりも、事の顛末まではっきりと一目でわかるように書かれているこのボードのせいで悲しみと恐ろしさが勝ってロッテはそのまま数十分それを端から端まで見つめていた。


 それから座り込んで、頭がめちゃくちゃになって、ボードを掴んで床に叩きつけようとした。


 しかし外したところで裏にもびっしりと手紙がついているのを見つけて、思わず甲高い悲鳴を上げた。


「いやっ! いやぁぁああ!!」


 頭の中はすでに誕生日会の事なんか考えられなくなっていて、家族にたいする酷い不信感と、こんなものの上に成り立っていた生活は、まるで全部ままごとだったかのような気がした。


 頭を抱えて泣いているといつの間にか兄や父、母がロッテの元へとやってきた。


「どうしたの? ロッテすごい悲鳴……」

「おい! 部屋付きの侍女はどうした何故出てこない!」


 父と母は取り乱しながら中に入ってくる。そんな中いち早く、兄であるエトヴィンがロッテに駆け寄り、その肩を抱いた。


「どうしたんだ! ロッテ、可哀想にこんなに震えてっ」


 心配そうに言うエトヴィンの声、優しい言葉、いつもだったら兄に縋りついて泣いていたのに、端から端までボードを読んだうちの一つに、エミーリエからの手紙があったのを思い出す。


 実家の事情で勤めながら暮らすことになった仕事が大好きな従者だと思っていたエミーリエは、実は兄の婚約者だった。


 しかし兄はロッテにはあんなにやさしい顔をしていても、その裏で女の恋心を弄んで、仕事を押し付けることしかしない酷い人だった。


 父や母も同罪だ。こんなにやさしくしてくれるのに、それは全部……。


「いやぁ!! 触らないで、嘘つき!! 嘘つき嘘つき!!」


 なにが本当の事かまったくわからない、涙を流して暴れるロッテに彼らは皆ただ茫然としているのだった。





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良質な読み応えです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 愛玩子も実は被害者ではないか、と言うやつですね。 溺愛は、優しい虐待。 根は良い子なのでショックなのだろうなと思うと、や…
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