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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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28 真実の愛の前には その一





 ユリアンとフリッツ王太子の話し合いは昨日と同じ場所で行われた。


 エミーリエがお側につかせてくださいというとユリアンは少し驚いたような表情をしたけれど「助かります」とだけ返した。


 フリッツ王太子やジークリット王妃殿下に会うためにきっちり正装をしているユリアンは、いつもよりも少し高貴な雰囲気が増して遠く感じた。


 けれど、エミーリエもこちらにきて、仕立てておいた中で一番新しいドレスを着て話し合いの場に挑んだ。


 フリッツ王太子たちがやってきて、彼はユリアンを見た途端、輝かんばかりの笑顔をユリアンに向けた。


「久しいな! 俺の可愛い弟っ。息災か? 少しやつれているんじゃない?」

「……いいえ、兄上」


 案の定ジークリット王妃は、久しぶりの再会だとしても笑顔の一つも浮かべずに、静かにエミーリエをちらっと見ただけだった。


 一応の挨拶の為に立ち上がろうとしたエミーリエたちに、フリッツ王太子は制すように手を動かして、そのままソファーにどっかりと腰かけた。


 ……若干疲れ気味なのは、大急ぎでこちらに戻ってきたからです。そのあたりはフリッツ王太子殿下の責任ともいえると思いますが……。


 エミーリエは白々しい事を言うフリッツ王太子に、少し嫌な気持ちになった。しかしユリアンはそれを指摘するつもりはないらしく、静かに彼を見つめていた。


「私は兄上が……突然、ベーメンブルク公爵家に来訪したという知らせを聞いて急いで戻ってきたんです。王都にまっすぐ向かうと聞いていたので、ベーメンブルク公爵家の一同とても驚いたはずです」


 ユリアンは早速話をし始める。


 しかし荷物を引き上げたいと要望した件については触れずに、予定を急遽変更したことに対する疑問のような形でフリッツ王太子に問いかけた。


 ……普通は、事情は聞いていると怒り出してもいい所のはずですが……。


 彼の中で話の順序を決めているから、今はまだ指摘しないのだろうか。


「さて、そうだったか? 俺としては言わずとも皆、察していると思っていたが、難しいものだな。弟であるお前に会うために足を運ぶことなどなんの不思議もない」

「そうではありません。予定外に王族が来訪すれば、公爵家に迷惑がかかるでしょう?」

「迷惑? もともとここはそのための場所だろう。そのための設備があるのだから使うことに何の支障もない。それに少しぐらいアーグローデの王族に文句をつけられたところで痛くもかゆくもないしな。


 そのぐらいわかってるだろ? というかむしろ、こちらにも非があって対等みたいなものだ。そのぐらいバランスが偏ってる、感謝してほしいぐらいだ、はははっ」


 フリッツ王太子は、暗にアーグローデにやってきた姫が亡くなったことについて言っているのだろう。


 それにもともと、アーグローデとカルシア王国では国力に少々差がある。


 カルシア王国の方が、政治的に優位な立場に立っていることは事実だ。


 そんな状況での姫の不慮の死、フリッツ王太子の多少の横暴を見過ごすぐらいでなければバランスが取れない。


 ……間違ったことは言っていませんが、現場の人間の気持ちを無視していると思わざるを得ません。


 こういう部分が一部の貴族から反感を買ったのではないだろうか。


「そ、っ、それでも、実際に対応する人間の気持ちを鑑みてくださらなければ、いみが、ないと」

「わかったでは、配慮ある対応をしたベーメンブルクの屋敷の者に褒賞を与えるように俺が直々に言っておこう。それで文句ないな」

「っ……」


 ユリアンは何故か呼吸が苦しそうというか、うまく口が動いてないような印象の話し方をしていて、エミーリエは心配になって、対面しているフリッツ王太子よりも隣にいるユリアンを注視した。


 彼は紅茶を飲んで口を潤して、なんとか気持ちを持ち直そうとしている様子だったが、自分で自分の手をぎゅっと握って、まるで怯えているみたいだった。


「……」


 言い返そうと思えば、まだまだこの件についての話は出来るだろうと思う。しかし問題はそこではない。ユリアンはぐっと目をつむって、それから切り替えたように強い瞳でフリッツ王太子を見る。


「わかりました。その件はベーメンブルク公爵に話し、改めて屋敷の者にも謝罪をしておきます」

「いいやその必要はない」

「……何故でしょうか」

「お前は、王都にこのまま出向き、この場所に戻ってくる必要はないんだ。荷物を纏めてさっさとこの屋敷を発とう」

「っ、兄上。そ、んな急な話がありますか」

「急でもなんでもない。もともと、お前は俺の元に戻ってくる、それは決定事項だった。すこし早まっただけだ」


 決まった事のように言う姿勢は昨日から変わっていない。


 半ば脅しのようなことを言って、ユリアンの荷物を引き上げようとした作戦が失敗して、ユリアンを目の前にしたとしても頑としてその主張を通すつもりのようだった。


 けれどもユリアンも負けずに言い返した。


「違います。手紙でお伝えした通りです。私は、王城を出る前にあなたに手紙を渡したはずです。

 

 父上には好きにしていいと言われています。あの方は私の立ち回りが悪く、周囲を期待させるような言動をとり王位継承争いに発展したと解釈しているのです。


 ですから戻ってこなくともよいと。


 それでも兄弟支え合いたいというのなら、それもまたいいとも仰っていました。しかし、私は、兄っ、兄上、あなたについていくことはできません。


 たくさん書き記して伝えたはずです、思いを、手紙で、言葉にしてあなたに口にするのは少し心苦しいですから、決別の言葉と思いをあなたに託した。


 読んでいただけたでしょう、戻るつもりはないんです、こんなふうにされようとも、わ、私は……」


 まるでユリアンは何か悪い事をした犯罪者のように懇願するように言った。


 話に聞いていた手紙が、どんな文言の書かれたものだったかはわからない。


 けれども、言葉を聞く限りではきっと戻れない理由になるような性格の不一致など、ともにいることの弊害になる要因が記載されていたのだろうと予想がつく。


 そしてこれがユリアンにとっての精一杯の抵抗だろうということは、見て取れた。


 それにそんな言葉を言うだけでも彼はとても苦しそうで、見ているこちらまで苦しくなる。

 

 逆らわないように教育されたと言っていたが、それはとても彼にとって重圧になったのだろう。


 けれども、そんなユリアンの言葉にフリッツ王太子はあっけらかんと返した。


「ああ、あれか? 読んでない、というか捨てた。だってそうだろ。顔を突き合わせて話もしていないで、重要な言葉を吐き捨てるなよ」

「っ、どうしてそんな」


 ユリアンはぐっと手を握って、顔をしかめる。


「そもそも手紙なんて、誰がどう手を加えたかもわからないし、思ってることなら俺の顔を見て言えばいい。


 俺はお前が本当にここにいたいなんて望んでいると思ってない」

「で、ですから、私の居場所はここにあります。こちらでもうすでに生活をしています。仕事もあります」

「そんなもの、ほかに誰でも代わりが出来る。俺にとってお前は誰にも代えようがない、たった一人の弟だ」


 フリッツ王太子の切り替えしは、なんだか愛しているからなのか、嫌っているからかわからないような横暴すぎる切り返しで、それになんとかユリアンは対応している。


 しかし、やはりエミーリエに言ったような兄が苦手で、どうしようもないといったようなことを口にはしない。




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