26 ジークリット王妃 その二
「それはまた、なぜでしょうか。私は……ユリアンに助けていただいただけで、血気盛んな方というわけでは……」
「ああ、それは……単純に、あの子はわたくしに似ていますから。おのずとそばにいたいと望む人も、自分を引っ張ってくれるような気概のあるかただと想像していたんです」
「……そう言う事でしたか」
「はい。しかし、人間だれしもまったく同じなどありえませんから、当然のことですね。
きっとあの子にはあの子なりの、気持ちがあってあなたと関係を結んだのでしょう」
なんだか納得した様子でジークリット王妃はコクリと頷き、彼女の疑問は晴れた様子だった。
けれどそうして納得したとしても、ユリアンを連れ帰ろうとしているのは事実だろう。
エミーリエがいるとしたって、所詮はどこの誰とも知れない女だ。
そんな女とそばにいるためにだと理由を作っても、先程の話し合いで見た限り、王族の義務を重視していたジークリット王妃は、ユリアンのここにいたいという気持ちを尊重してくれるわけではないはずだ。
けれど、端からあきらめるよりも、分かり合えるならばその方がうれしい。そう思って彼女に問いかけた。
「……ユリアンにはとても良くしていただいています。ご両親に挨拶を出来るような状況ではなく、また私自身も胸を張って自己紹介をできるような生い立ちをしていません。
私のようなものがそばにいることを、王族の方々としては到底許せることではないと重々承知しています。
しかし、言わせていただきたいです。ジークリット王妃殿下。ユリアンは平穏な日々を望んでいると、きっと帰ってくると言って王都に向かいました。
私はユリアンの気持ちをなにより尊重するべきだと思います。無理やり連れていかれるようなことがあっても、何もすることができない非力な自分ですが、そうはしないでいただきたいと思うのです」
「……随分、はっきりといいますね。エミーリエ。それほどユリアンとは仲を深めているのですか」
彼女はやっぱり何も表情を浮かべないまま聞いてくる。それにエミーリエは、はいともいいえともいえない。
これでユリアンの子供でも妊娠していたら、彼を引き留める正当な理由を手にしているともいえるし、深い仲という事にもなるだろうが、実際はエミーリエ達は夫婦でもなければ恋人でもない。
そう言う間柄として他の人には見られる暮らしをしているが、二人とも心がどこかフワフワしている。
それなのに、わざわざそれほどまでに深い仲なのかと聞かれてはいと言えば嘘になるだろう。
しかし、いいえとも言いたくない。
今はそうではなくとも……いつかと思っている自分がいる。そのことは、聞かれて初めて自覚した。
体裁という面だけではなくエミーリエは、本当の意味でユリアンと関係を結びたい。
「まぁ、しかし、実はそのことは特に重要ではないんです。エミーリエ」
「え……」
エミーリエが答える前に、一生懸命に思いなやんでいるエミーリエを見て少し笑ってそれから、困った様子で、続けていった。
「フリッツは、見ての通りとてもいい意味で言えば王族らしい人間です。ロホスにも跡継ぎとしてとても気に入られていますから」
「は、はい」
「けれども悪く言えば欲張りなんですあの子は。
王族で欲張りなどいい事だとロホスも言いますし、それが多くの国民の幸せに必要なものなら、どんな手を使っても手に入れる執念は何にも代えがたい国王の才能だとわたくしも思っています。
ただ同時に、手に入れられないものまで望むことが多く、わたくしはそれをうまく諫める方法を知りません。ユリアンはそんなフリッツのそばから離れたいのでしょう。
けれど手放すつもりもないフリッツは、ユリアンが自分に必要な人間で、ユリアンにとっても自分が必要な人間だと信じてやみません。
わたくしはただ、それを見守ることしかできません。説得するならフリッツにお願いします」
そう言われてエミーリエは、それはあまりにも無責任ではないかと思った。
しかし同時に仕方ないかとも思う。
権力のある旦那と、それに気に入られている息子、その間に挟まれて、息子の強欲なところまで肯定されているような状態だ。
そんな状態であの気が強そうなフリッツ王太子を教育できるかと言われれば、難しいだろうと思う。
それにその情報をもらえただけでも、エミーリエはありがたい。
つまりはフリッツ王太子さえ説得できればこの話は片付くのだろうということが分かったからだ。
「それでは失礼します。エミーリエ、流石にあの子も勝手に荷物を運び出すほど非常識ではないので、安心して休んでも問題ないと思いますよ」
そう言ってジークリット王妃はしずしずと歩いて去っていった。
……急にやってきて荷物をよこせというだけでも、相当非常識だと思いますが……。
そう思ってエミーリエはアメリーにもばれないようにため息をついたのだった。




