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25 ジークリット王妃 その一





 エミーリエは話し合いが決裂したので、勝手にユリアンの荷物が運び出されないようにユリアンの部屋の前に侍女のアメリーとともに立っていた。


 深夜の時間に勝手に持っていかれたら、それはもう対処できないが、せめて夜が更けるまでの間、彼らの要求をのまないでいてくれたフランクの恩に報いるためにも出来ることをやろうと思っていたのだった。


 しかし、この屋敷の主を代行できる権力を持っているフランクが否と言ったのだ。


 さすがに誰も来ないだろうとエミーリエは思っていた。


 けれども、日が暮れてこの別邸の客間で休んでいくことになった二人のうち、夕食が終わったタイミングでジークリット王妃がユリアンの部屋の前にやってきた。


 ……まさか本当に勝手に、荷物を運び出しに?


 エミーリエは身構えているが彼女のそばには、グレータがいる。ひっそりとではなく案内してもらってここに来たらしい。


「……あなたがエミーリエだったのですね」


 彼女は落ち着いた様子でそう言った。年齢的にはとても離れていて、ジークリット王妃はエミーリエの親世代と同じ歳のはずだ。


 しかし、目立っているフリッツ王太子の隣にいてあまり深くは考えていなかったが、改めて彼女だけそこにいると、とても若々しく見える。


 とても子供を二人持っている激務の王妃には見えなかった。


 そんな彼女の問いかけに、エミーリエはつい見惚れてしまってしばらく間を置いてからハッとして言葉を返した。


「はい。その通りですが、なにか御用でしょうか、ジークリット王妃殿下」


 それに、驚いている場合ではない。彼女は何故エミーリエの名前を知っていてここまで来たのか。まさかとは思うがエミーリエに用事があるなんてことがあるだろうか。


 よくわからずに窺うような視線を向けると、ジークリット王妃はやはり冷静な口調で、エミーリエに切り出した。


「少し話をしたいのです。けれどなにやら警戒している様子ですからここから離れたくはないのでしょうね。立ち話で構いません少し、人柄が気になっていたんです」

「は、はい……」


 彼女と話をするならこんなに気軽に言葉を交わすのは憚られることだが、彼女自身も、エミーリエの様子に自分たちが警戒されているという事を察して、用件を話し出した。


 その後ろに控えている騎士たちが鋭い視線を向けているので、そんなことは悪いからすぐに場を整えると言えと思われているらしい。


 しかし、突然ユリアンの了解もなく荷物を持っていこうとするような人たちなのだ。


 彼らはここで荷物を受け取って王都に向かい、彼がここに残るといった時に、そうはいってももう戻る場所はないと言う予定だったに違いない。


 そんなことを身内にする人間など、全く以て信用ならないのは当たり前のことだ。エミーリエはここを離れるつもりはない。


 ……それにしても、どうしてジークリット王妃殿下は私に興味を……。


 話をするしないの以前に、何故エミーリエは彼女が自分を知っているのかそれ自体が謎だった。


「あの子の事ですから、もっと気の強い女性に惹かれるものだとわたくしはてっきり思っていたのですが、違ったのですね。

 

 あなたからは少しも人をひきつけたり引っ張っていくような力を感じません」


 ……惹かれたって……なるほどそう言う事ですか。


 けれど次に言われた彼女の言葉に、エミーリエは納得した。たしかにこの屋敷でエミーリエとユリアンはいうなれば恋仲のような関係性に見られるような生活をしている。


 将来を誓い合った仲とも言い換えられるのだろうか、いつか事情が落ち着いたら正式に結ばれようと思っているような関係性に見える暮らしぶりだ。


 それはもちろん、ベーメンブルク公爵にも伝わっているし、この屋敷に雇われている使用人の中に、カルシア王族にゆかりのある人がいるだろう。


 その人たちが、こちらでのユリアンの生活をカルシア王族に報告していてもまったく不思議ではない。


 それは諜報活動とも似たような行為ではあるが、国を出た王族の生活の保障のためにも必要な仕事だとエミーリエは思う。


 そのような人々がエミーリエの事を彼の家族に伝えることはままありえる事態だ。


「……けれど、ベーメンブルク公爵子息と話をしているとき、あなたがエミーリエなのだとわたくしはすぐにわかりました。


 今にも間に割って入ってきそうな気概を感じましたから」


 彼女は美しく長い金髪を少し避けて小さく首を傾けた。


 あの時はエミーリエも我がことのように気持ちを揺らしていたから無理もない。


 報告を受けていたなら、ユリアンの荷物の運び出しに、一番忌避感を示す人間がエミーリエだと気が付くのも納得がいく。


「それほど顔に出ていましたか。大変失礼いたしました、ジークリット王妃殿下」


 しかしそれについて何と言うのが正解かは、エミーリエの中ではよくわからない。


 ジークリット王妃がどういうふうに思ってエミーリエに話しかけてきているのかもわからないし、笑みを浮かべるわけでも怒っているというわけでもない彼女は真顔で感情が読み取れない。


「いいえ。……わたくしは少し不思議だっただけです。もちろんユリアンが惹かれたような人ならばあの場に乱入してフリッツと喧嘩でも始めるかもしれないと思っていましたから。


 静かに、感情を燃やしているあなたを見て、エミーリエがあなたのような人物で意外に思いました」


 彼女は真顔でそう言うが、そう言われるとなんだか少し面白い。


 (あれ、ユリアンとよい仲の恋人が乱入してこないぞ?)とあの殺伐とした話し合いの中で疑問に思っていたとするならば、少しばかり彼女は変わっている。


 しかし、なぜそんなふうだとエミーリエの事を決めつけていたのだろう。


 そんなふうな人間だと判断されるようなエピソードなどこの屋敷に来てからあっただろうか。





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