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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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23 頷かない理由 その一





 王族の一行が到着したのは昼過ぎ頃のことだった。


 使用人一同がそろって別館のエントランスホールに集合し、その先頭に立つのはフランクの務めだ。

 

 こういう時に、屋敷の女主人がいればまた状況も変わったかもしれないが、いないものを望んだって意味はない。エミーリエはグレータの隣に並び、豪華な馬車から降りてくる彼らを見つめる。


 報告で聞いていた通り、やってきた王族は二人。


 フリッツ王太子とジークリット王妃だ。


 彼らはやはりユリアンの親族だけあって、とてもよく似た深緑の神秘的な目をしている。


 顔つきはジークリット王妃の方はユリアンと似ていると思うが、フリッツ王太子の方はあまり似ていない。


 気の強そうな笑みを浮かべていて、射抜くような鋭い視線、あまりスピリチュアルなことは言わない方であるエミーリエだが、オーラがあるという表現が似合うようなそんな風格のある人物だった。


「突然押しかけたにもかかわらず、盛大な出迎えに感謝しよう。ベーメンブルク公爵子息。それにしてもやはり━━━━」


 フリッツ王太子は、緊張しているフランクにずかずかと近づいてそのままぐっと顔を近づけた。


「っ……」

「叔母上の血筋だな。あの人にとてもよく似ている、美しい金髪も、気位が高そうなところも」

「……も、勿体ないお言葉です。殿下……このベーメンブルク公爵邸に足を運んでくださったことを光栄に思います」


 フランクはとても丁寧な言葉で彼に返す。


 普段からのフランクはあまり礼儀正しいとは言えない青年だが、きちんとした態度もとれるのだとわかって少しエミーリエはほっとした。


「王家の方に立ち話をさせるわけにはまいりません。どうぞ、中へ、突然こちらにお越しになることになった理由を伺えればと思います」


 フリッツ王太子の距離の近さに驚きながらも、フランクはぎこちない笑みを浮かべて用意している応接間へと案内する。


 王族たちの後ろをついてくる騎士たちは、誰も彼もとても厳しい目線で周囲を警戒して、移動している間もどこか落ち着かない。


 しかしフリッツ王太子自身は好意的に見える。


 ……突然いらっしゃいましたが悪意はそれほど感じませんし、フランクもきちんと対応できています。


 今回の事はユリアンから聞いていたフリッツ王太子殿下のただの気まぐれ……だったのならばいいのですが……。


 そう淡い希望を胸に抱いてエミーリエも応接間に入室したのだった。




「面倒くさい前置きや雑談などなしにして、単刀直入に言わせてもらう」


 応接室に到着した途端。フリッツ王太子はフランクにそう切り込んだ。


 フランクは、身構えながらも返事をする。


 フリッツ王太子の様子を見て、隣に座りつつもジークリット王妃は静かに彼を肯定するようにその場にたたずんでいるだけだった。


「ユリアンの荷物をすべて引き上げに来た。その用意を今日中にお前には済ませて欲しい」

「……」

 

 突然の言葉にその場にいたベーメンブルクの面々の空気は一瞬にして凍り付いた。


 もちろんフランクまでそんな調子だった、エミーリエだって思わず気の抜けた声が出そうになったほどだ。


「…………そ、れは。あまりに突然な話ですね。驚いてしまいました」

「ああ、そうだろう。無理もない! だがしかし、俺たちはここで油を売っているような時間もないんだ。ことは一刻を争う。早急に済ませたい」


 しかしフランクはなんとか持ち直し、膝の上に拳を握って問いかけた。


 その問いに返ってきたのは一見、肯定にも見えるが譲る気のなさそうな態度。


 すでに決定事項であり、フランクが否定するなどみじんも考えていなさそうな様子だった。





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