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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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22 帰りを待つ





「あ、エミーリエ、そういえば王都にカルシア王族がくる話は、ベーメンブルク公爵から聞きましたか?」


 二人で仕事をしていた時、ユリアンはそんなふうに問いかけてきた。


 彼の言葉に顔をあげて、少し休憩しようとペンを置いた。


「いいえ、聞いていませんが……ではカルシア王族との顔合わせの為に公爵閣下が王都に向かわれるのでしょうか?」

「……たしかに、ベーメンブルク公爵も向かうのですが……その、私も一応、顔を出した方がいいらしくベーメンブルク公爵に同行しようと思っています」


 王族がやってくるという話もユリアンが王都に向かうという話もどちらも初耳で驚きの事実ではあるが、こうして国を離れた状態でもユリアンは王子だ。


 カルシア王族とのつながりがあって、こういった場合には駆り出されることもある。

 

 これからもきっと、そういうことがあるのだろうし、そのたびに驚いていたらきりがない。しかし、大変な仕事であるということはたしかだろう。


「それは、大変ですね。王都まではそれほど距離は離れてはいないとはいえ、移動は疲れますから」

「はい。そうなんですそれに今回来訪するのは……実は、私がこちらに来るのをあまり肯定的に思っていなかった兄上なんです」


 ……フリッツ王太子殿下ですか。たしか先日、二人の関係性を伺いましたし会いたくない相手ではあるでしょうね。


「長雨の対策に国同士が協力するにあたって、直接王族が意見を交わす場が必要だという話になったそうですし、ほかに適任もいないでしょうが……会ったらどんなふうに説得されるか……」


 ユリアンはそう言って硬い表情をする。やはり不安に思っているのだろう。


 彼は、とても丁寧な話し方をするし、仕事も細やかでミスがない、誰かに対して感情をあらわにしているところを見た事がない。


 それはもちろん、ユリアンの元来の性格もあると思うが、奔放に育ちすぎた王太子の反動でとても厳しくしつけられたんだそうだ。


 けれども決して兄を見下すようなことがないように、彼にだけは逆らってはいけないと常に言われて、大きくなった。


 それなのに、結局、フリッツ王太子が自由すぎることに反感をもった貴族たちが勝手に彼を祀りあげて、彼にこそ王位がふさわしいと声をあげた。


 そして王位継承争いに発展したが、すぐに国を出るようにカルシアの国王ロホスに言われたのだそう。


 そんな経緯があっても、当のフリッツ王太子はユリアンが国を出ることに反対しているということが、エミーリエはあまり腑に落ちていなかったけれど、とにかくユリアンは会ってしまうと逆らえない。


 戻りたくないという気持ちもあるのだろうが、ここでの生活を気に入っているというのもあるのだろうと思う。


 だって、初めて会った時よりもずっと彼は生き生きとしているように見える。

 

 だからこそ、困っている様子の彼にエミーリエは協力したいと思った。しかしエミーリエが口を開く前にユリアンは決意したように言った。


「でも、私はここにいたいと思っています。あちらの王家の殺伐とした雰囲気はどうも性に合いませんから。


 ですから、そのためなら多少なりとも無理をしてでもこの屋敷に帰ってきます」


 ……ついていきましょうかと、言いそびれてしまいました。


 もう数秒違えばエミーリエは、ベーメンブルク公爵家の屋敷で暮らすそういう関係の相手として、我が物顔でそばに寄り添っていようかと提案していただろうと思う。


 そばにいれば、フリッツ王太子が何と言おうとも『それでもともに帰ると約束したので』と機械のように言い続けることができる。そうすれば多少は心強いのではないかと思ったのだ。


 しかし、ユリアンは決意したように、きっぱりと言った。


 ……ユリアンは、すごいですね。私だったら、また逃げ出す以外の選択肢は思いつきません。


 もし自分がエトヴィンに会って自分のやったことはすべて間違っていたと言えと言われたら、隙を見て逃げ出すことぐらいしか出来そうにない。


「だからエミーリエ、よければ私のためにも…………いえ、あの、そうだ、王都でなにかあなたに似合うアクセサリーを買ってきます。ですから……お菓子を焼いて待っていてくださいませんか」


 ユリアンはぽつりと言って、エミーリエは意外な要求に少し驚いた。


「あなたが作ったクッキー。色々な人に配っていたと思います。欲しがる人も多く、私は最後でいいと思っていたのですが、いつの間にかなくなっていた様子で。


 もちろん私がすぐに欲しいと言わなかったのが悪いとわかっていますし、手間を増やしてしまう事には申し訳ないと思っています。


 貴族女性に手作りのものを要求するなど関係性としておかしい事も重々承知しているつもりですが、ここは当時素直になれなかった私を慰めるというつもりで━━━━」


 ユリアンはいつになく早口でペラペラと言う。


 彼自身もらしくない事を言っている自覚があるらしく、珍しく言葉を多くして冷静さを失った様子でエミーリエにさらに続けた。


 しかし、エミーリエはそんなふうにたくさんの言葉を重ねられなくても当たり前のように、ユリアンに言われたのなら作るつもりだ。だから言葉の途中で返した。


「喜んで。お作りしますよ」

「え」

「たくさん作って、お帰りをお待ちしています。なので、楽しみにしていてください」

「……はい」


 エミーリエがそう言うとユリアンは言葉を呑み込んで、小さく返事をする。なんだかこの時ばかりは少し彼が幼く見えたのだった。





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