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21 思い出の味 その二



 

「なんか違う……」


 ヨルクはしょんぼりとした様子で、作業台で出来立てのクッキーを食べていた。


 あれから数時間、エミーリエはクッキーに脳みそが支配されるほど焼きまくった。


 猛烈に焼きまくって、作業台の上には丸い無難なクッキーが大量に出来上がっていた。


「そうですか……これも違いますか」


 ……ここまで来れば石窯の問題でしょうか、場所によって差異が出ると思いますし、温度調節の仕方は私はプロではない。


 今度は弱火でじっくり焼いてみた方が……。


 エミーリエは難しい顔をして思考をめぐらせた、するとヨルクは、エミーリエの様子にハッとして続けて言った。


「で、でも美味しいよ! エミーリエの作るクッキーってどれも美味しい!


 それに僕は記憶があいまいだから、もしかしたらこういう味だったかもしれないし……だから落ち込まないで?」


 励ますようにそう言うヨルクにエミーリエは、疲れているけれど嬉しくなって笑みを浮かべてくるくるしている髪を撫でつけた。


「……大丈夫です。落ち込んでなんていませんよ……それにしてもやはり焼き方が悪いのでしょうか……?」

「ん、はは」


 頭をたくさん撫でながら言うと、彼は嬉しかったのか無邪気な様子で笑って、そんな時に厨房の扉が開く。


 そこにいたのは、今日は厨房を占領してしまうので、本館で食事をしていたユリアンと今日は用事があると断られてしまったフランクだった。


「精が出ますね。状況はいかがですか」

「ちょっと味見に来てみたけど……」

「あ、兄さまとユリアン様っ」


 中へ入ってくる二人は、作業台の上にたくさんあるクッキーを見て、目を丸くしつつそんなふうに言う。


「芳しくないといえばその通りなんですが、もう少しやりようはあると思っています。ユリアン」

「……そうですか」

「一つ食べていいか?」

「はいどうぞ。一つと言わずに数種類食べて感想を聞かせてください、フランク」


 フランクはエミーリエの指示に従って、パクパクと口の中に入れていく。


 もごもごと口を動かしごくんと嚥下した。


「どうですか?」

「ああ、美味しい」

「……そうではなく、お母さまとの味の違いを聞いているんですよ」


 フランクは素直にエミーリエの作ったクッキーを褒めて、その言葉にエミーリエは少しうれしくなったがそうではない。


「どんなふうに違うか教えて欲しいんです」

「? ……そーだな。…………母さまのクッキーだろ。あれはもっと、こう……」

「こう?」

「ゴリゴリしてたって言うか、味は似てるけどちょっと焦げた味がしてたし……??」

「ごりごり……」


 首をかしげながら必死に言葉をひねり出すフランクに、エミーリエはさらに頭の中に疑問が浮かんでくる。


「な、ヨルク」

「どおだろ」


 彼らは二人そろって首をかしげる。


 それにエミーリエも難しい表情をした。


 今のところフランクの発言以外に、当てになるものはないし、それを念頭に置いて、もう少しその方向性で歯ごたえがあって、よく焼きでおいしくなるように作ってみればいいのだろうか。


 ……でも、味をそれなりにしたまま、歯ごたえがあるものなら試作品の中にあってヨルクにも食べてもらっています。けれどそれではない。


 ますますわからなくなって、エミーリエはレシピを書き込んでいるメモ用紙をペンでカツンと叩いた。


 するとユリアンが悩んでいる彼らのそばを通り抜けて、なんだかこっそりとこちらにやってくる。


 それから口元に手を当てる。それに何か言いづらい話でもあるのかと思い、エミーリエは耳を寄せた。


 すると彼は小さな声でこそっと言った。


「エミーリエ、これは確証はないのですが、きっと━━━━」


 その言葉にエミーリエは瞳を瞬いた。


 それはエミーリエが思ってもいなかった言葉で彼の言葉を念頭に置いて作ったクッキーは見事、ヨルクとフランクにこれだと喜ばれた。

 

 それからグレータに作り方を教えて、それを食べたベーメンブルク公爵にまた受け取ってほしいと金銭をいただいてしまったので、今度こそ本当にユリアンと街に遊びにでも行こうと思う。


 その時には彼と何か贅沢をしようと思う。なんせ、今回の事はユリアンの功績が大きい。


 エミーリエは公爵夫人の事になるとついつい、ユリアンの身内であるという事実を忘れてしまうのだ。


 そんな彼からもらったアドバイスはこうだ。


『多分、きっと、公爵夫人はこちらに来るまで厨房に入った事すらなかったと思います。嫁入りするまでは気位が高い人だったと記憶していますから。


 そして料理人に教えを乞う事はしなかったのではないでしょうか。なので、あまり完璧ではない味なのかもしれません』


 彼はそんな風に言った。そしてたしかにできたクッキーはゴリゴリしていて苦みがあるそんなクッキーだった。


 きっとそれでも、子供たちに手作りのものを食べてもらいたいというあたたかい気持ちがあったからこその、大切な思い出の味だったのではないかとエミーリエは思うのだった。





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