川の価値
『これはすごいぜ。今までの生活がひっくり返る』
村に戻って、ララナさんに他の族長たちを集めてもらったところ、水のキューブを一目見てブルオクスさんがそうつぶやいた。
僕もそう思う。
『もう俺たちは水汲みしなくていいってわけだ。それに雨が降らなかったら、畑の水やりをどうしようかとも思っていたが、これがあれば何も問題はない』
『まさしく神の御業ですわ。さすが救世主様』
なぜかララナさんが誇らしそうだ。
あのあと、ストローをさしたまま村に戻ったけど、やっぱり水は尽きなかった。本当に川の一部をクリエイトしたんだろう。ちなみにストローを抜くと、水は止まって、水のキューブに戻った。
『においも川のにおいがするし、本当に川の水だと思うよ。すごいね救世主様』
ラヴィータさんは鼻もいいのか。
ブルオクスさんは、水のキューブから水をとって、舐めたり、匂いを嗅いだりしていたが、何かに気が付いたように話しかけてきた
『こんな奇跡を見せてもらってさらに求めるのも悪いんだが、ちょっとお願いできないか?』
「なんでしょう?」
『ラヴィータも言っているとおり、この水は川のにおいがする。救世主様の話と合わせて考えると、岸辺の川の水だろう。とすると困ったことがある。まず一つは、水の質が悪い。飲み水にしたいから、もっと流れのある場所の水が欲しい。そうすれば匂いのないきれいな水が手に入るはずだ。もう一つは、冬の問題だ。岸に近い場所だと、川が凍り付いた場合に水が出てこなくなるだろう。そこでお願いだが、去年の冬に凍り付かなかった場所の川の水を創造してもらえないだろうか?冬の間中、ずっと水汲みをした場所だ。そこなら流れも速くて、水も綺麗だ』
「それなら簡単にできます」
『それと、できればもっと大きなキューブを創造してもらえるとありがたい。水は無限に出てくるが、さしている管が細いと、一度にたくさん出てこない。太い管が差せるようにしてもらえるとありがたい』
そうか。確かに大きいキューブのほうが使いやすそうだ。となると重いものをクリエイトすることになるから明日一日、それだけに集中したい。
「わかりました。全力でやりましょう」
『頼んだ。ミノタウルス族が総力を挙げて支援する。川に流されることはない』
え、あ、川の中に入る感じ?そうか、凍らないくらい岸から離れたところだもんね。
となると、近くにいるのはミノタウルス族だけか。
この服のままだと、体の大きさに耐え切れずに破れるな。
でもここにはララナさんいるし面倒だな。あとでこっそり、ブルオクスさんのローブをクリエイトしておこう。
その日の夜は、ドージさん達が大漁だったのか、いつもより空腹を感じなかった。
翌日の朝、ノックで起きると、ミノタウルス族が10人いた。改めて見るとでかい。というかブルオクスさんは小柄なほうだったのか。3m以上ある人いない?
あ、忘れずにあの大きな甕も持ってきてくれたね。
『迎えに来ました。よろしくお願いします』
昨日クリエイトしたローブを着ていてよかった。多分僕の身体はものすごい大きさになる。
川に向かっていくと、思ったとおり体が大きくなってきた。今日はドージさん達が別の場所で漁をしているのか、ミノタウルス族10人の集団の平均位のサイズだ。3m近い身長から周りを見ると、景色が違って見える。
全てを見下ろす感じだ。
この草も、他の背の高い草に紛れてたから、この目線で見ないと見落としてただろう。
ん?
なんとなく見覚えがあるような。
ステータス
【イネ科イネ:成熟後可食部あり:耐寒性:高粒径:低粒数…
あ、やっぱり米だ!耐寒性があるから、どこかの先住民が持ち込んだのが生き残ったんだろうか?これ育てたら、お米が食べられるかも。
あとステータス表示すごい。
周りにいるのが農業の専門家集団だから、見られるステータス量が桁違いだ。“たべられるみ”みたいにふわっとしたステータスじゃない。専門家は一つの作物もいろいろな面で見てるんだな。
「ブルオクスさん見てください。米ですよ」
『米ってなんだ?これは小麦とも大麦とも違うし雑草だろ?なにに使うんだ?この感じだと麻みたいに繊維にするのか?みんなはどう思う?』
ほかのミノタウルス族も交えて話したけど、だれも米を知らなかった。
「いや、これは食べるやつなんですけど。なんでもないです。今のままだと食べられないですし」
あれ?ブルオクスさん達は米を知らないのか。なのにステータスがでるっていうことは、小麦とかを見る時に着目するステータスがこれなのかな?
まぁいいや。
今は、小さい草の状態だし、これ持って帰ってもしょうがないな。実ったらまたこよう。
ぱっと見、いっぱいあるしどれかは実るだろうから、大丈夫でしょう。
しばらく歩いても、米がところどころに見える。
もしかしてここは、誰かが米を育てようとした場所なのかもしれない。
さらにしばらく歩いていくと、川についた。
昨日よりも川幅が狭く30メートル位だが、かなり流れは速い。深さも結構ありそうだ。
『早速だがこの場所のできるだけ中心部から水のキューブを創造してほしい』
わかりました。やりましょう。
まずミノタウルス族の一人が岸に立つ。その人と手をつないで、次の人が川に入る。さらに次。そうして、順番に川に入っていった。最後が僕だ。
入ってみるとやっぱり流れが速い。
もとの身体のサイズだったらすぐ流されたかもしれない。でもこの身体なら耐えられる。
僕が列の先端までいくとちょうど川の真ん中あたりまで来た。
よし。これならギリギリ立てる。
「大丈夫です。送ってください」
そういうと列の端から甕が送られてきた。
痛っ!
なにか固いものが、足をかすめていった。
足を確認すると、血がにじんでいる。
流木でも当たったかな?
流れが速いから、なにが流れてきてもおかしくない。
急がないと。
ようやく甕が送られてきた。
僕の隣のブルオクスさんに持ってもらう。
そしてできるだけ川の中央、底に近い部分を見つめて…。
クリエイト。
うまく甕の中に、10センチ角くらいの水のキューブが出現した。
成功だ。
すごく疲れたけど、まだ岸に戻る体力はある。
まず甕を岸に送る。
そして、次に、半分引きずられるような状態で自分をみんなに送ってもらう。
なんとか岸にたどり着いた。
だめだ。立ち上がれない。このままへたり込んでいよう。
なんだか疲れているだけで、足は痛くないし。血も出てないし。
みんなも次々に岸に上がってくる。
みんなは岸に着くなり、甕をのぞき込んでいる。
そして、そのまま水の匂いを嗅いだり、味わったりしている。
『救世主様、これは完璧だ。何のにおいもない。そのまま飲める。それにあの場所は、去年は絶対に凍らなかった。これで水汲みから解放される。俺たちは涸れない井戸を手にいれたんだ』
それはよかった。声も出ないので、軽く手を挙げて応える。みんなはケガしてないだろうか?元気そうだしまあいいか。
『救世主様はそのまま休んでてくれ。でも、そのまま濡れた状態はまずいだろう。絞ってくるから、服を脱いでくれないか?』
ああ、たしかにびしょ濡れだ。上半身はいいけど、下半身部分は完全に水に浸ったからね。
お言葉に甘えて絞ってきてもらおう。何かコツがあるんだろう。
見ていると、みんなも服を脱いで絞り始めた。あ、大きな布だから二人一組で絞るのね。いまはちょっとできないや。任せて正解だ。そのあと、乾いた大きな石の上に、服を広げていた。多少は速く乾くのかな?
しばらくすると、ブルオクスさんが戻ってきた。
『救世主様は、とてもついてるな。服を絞ってた時に、すそにくっついてるのを見つけたぜ。それともこれもスキルなのか?』
そういうと、光る小さな粒をくれた。
あ、砂金だ。この指で持てるっていうことはなかなかのサイズの砂金なんじゃないだろうか。
「すごい。大粒の砂金ですね」
『ん?砂金ってなんだ?これは砂ミスリルだ』
いやいや。これどう見ても金でしょ。ミスリルっておとぎ話じゃないんだし。
「ミスリルって何ですか?」
『ミスリルっていうのは、こういう輝く黄色の金属で…』
金だ。
『薄く延ばすこともできるし、糸のように細くもできる』
金だ。
『それに錆びることがないし、とても重くて、貴重なものだ』
やっぱり金じゃん。
『そして、魔力の塊、魔力そのものだ』
あ、それは金じゃないわ。
魔力の塊ってどういうこと?
『救世主様を呼び出せたのも、この砂ミスリルのおかげだ。なにせ異世界から救世主様を召喚するためには膨大な魔力が必要だろ。いかにララナでもそこまで膨大な魔力はない。ララナに比べれば俺たちの魔力なんてゴミ以下だから、ここに来た時は、救世主様の召喚なんてできないとあきらめていたんだ。だが、この川で砂ミスリルがとれることがわかって、風向きが変わった。村のみんなで暇があるたびに砂ミスリルを集め、俺の親指分くらいミスリルを集めたんだ。たったそれだけの量と思うかもしれないが冬中かかったよ。で、それをララナの魔力とあわせて使って救世主様を召喚したってわけだ。ララナが持ってるあのマニュアルの他のステップは知らないが、呼び出したときの膨大な魔力だけは本当に必要だったと思う』
ああ、あのマニュアルね。無駄多そうだもんね。
『最初、俺は砂ミスリル集めに反対だったんだ。砂ミスリルは帝国なら財産だが、ここではそうじゃない。救世主様を呼んだって、暮らしが良くなる保証はない。そんなことより土を耕すべきだと思ってた』
そりゃそうだ。一種の賭けだよね。呼び出しちゃったのが僕だし。
『でも今は、救世主様を召喚して本当に良かったと思ってる。今回の水のキューブもそうだが、俺の見立てでは救世主様はもっとすごいものを持っている。スキルを越えた何かを』
「そんなのないと思いますけど、ここの暮らしが良くなるように頑張ります。じゃないと僕自身が消えちゃいますから」
『そういってもらえるだけで十分だ。こんな時は祝いたい気分だな。水汲み卒業記念だ』
「そうですね。そういえばお酒って飲むんですか?」
『酒か。また酒が飲める暮らしになったら、俺もララナと同じように心からこの島を楽園って呼ぶだろうな』
「じゃあ、さしあたってそれを目指しましょう」
『頼んだぜ、救世主様』
しばらく休むと、どうにか歩くくらいの気力が出てきた。
服も少しは乾いただろう。
甕を運ぶ手伝いは出来ないけど、帰る事は出来そうだ。
「じゃあ、村に帰りましょう」




