川に行こう
目が覚めたけどぼんやりしている。
昨日は子どもたちがしっかり動いたから、平均的に寝起きが悪いのかもしれない。
しばらくぼんやりする。
どうせ、昨日のララナさんとの約束があるし、勝手に外には出られない。
ドージさんはいつ来てくれるんだろう。
何をしようか。
そうだ、クリエイトがどれくらいできるか試さないといけない。
なにか重さの基準になるものは…。
あ、あった。財布の中に一円玉があった。
たしか一円玉はきっちり1グラムのはずだ。
これがいくつクリエイトできるかで、限界がわかるはず。
よし、“クリエイト”、“クリエイト”、“クリエイト”…。
あれ、これものすごく時間かからない?
昨日の石って結構重かったよね。これだと日が暮れるな…。
なんとかして一円玉をまとめれば、アルミの塊としていっきにクリエイトできるかもしれないけど、一円玉の状態だと一枚ずつしかクリエイトできない。
なんとかして一塊にしたいけど…。
トン、トン、トン
扉をたたく音がした。
『ドージです。お迎えに上がりました救世主様』
あ、はいはい。
「ドージさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
『おはようございます。ララナさんに頼まれましたので、今日は川にご案内します』
「よろしくお願いします」
『ではあちらのほうへ向かいます』
二人で連れ立って歩きだした。
『…。ところで、救世主様はこの島をどう思われますか?』
どうって…。ああ、そういうこと。やっぱり気になるか。
「楽園…というより処刑場に近い島かなと思います」
『よかったです。島の現状を分かっていただけているようで。ララナ殿は悪い人ではないのですが、本気でここを楽園だと思っている節がありまして。救世主様がそちら側でなくてよかったです。現状を分かっていらっしゃる救世主様にぜひお願いがございます』
「なんでしょう?」
『紐をいただけないでしょうか?』
紐?
なんのこと?
『昨日の晩、ララナ殿が大変興奮していまして、話を聞くと聖衣を下賜された言っていました。ララナ殿だけで所有するのは悪いので、族長たちも持つようにということでしたので、ぼくも一部をもらいました。ぼくがいただいたのはちょうど今、救世主様の首の後ろにある部分です』
え、ララナさんぼくが昨日クリエイトしたアウターを切って分けちゃったの?着ればよかったのに。まあ、ララナさんからしたら宗教的な意味のほうが強いのかもしれないから、実用はしないのか?神社のお守りを小物入れにしない的な感じ?
それにしても切り分けるのは違うと思うけど。しかもドージさんがもらったのはフード部分ってことでしょ?飾るくらいしか使い道ないだろうな。
『ぼくがこれをもらった時、どれほど驚いたか。これぞぼくが欲しかったものです。この部分に通ってる紐。これは素晴らしい。ぜひもっと創造してもらえませんか?』
ああ、フードを絞る時に使う紐の部分のことね。軽いから結構な量をクリエイトできると思う。
「いいけど、何に使うの?」
『まずは投石器が作りたいです。ぼくたちは、狩りを生業にしている種族でして、その生活を変える気がないから異端者になったしだいです。なので、ここに連れてこられた時に、“異端思想を反省する”ために狩りの道具一切を取り上げられてしまいました。なので狩りを再開するために、ぜひとも投石器が必要なんです』
投石器ってあれかな?紐で石をブンブン回して遠くに飛ばすやつ。ダビデ像も持ってるとかいう。ドージさんの種族は狩りに投石器を使うんだ。でもまてよ。
「この島には獣も魔獣もいないんじゃなかったでしたっけ?」
『たしかに今はそうです。でも去年、この島を歩き回ったときに確信しました。この島には渡り鳥が来ます。羽毛がついた巣の跡がたくさんある場所を見つけたんです』
「じゃあ、今年も渡り鳥が来る?」
『はい、間違いありません。巣が補修されながら何年も使われている様子と、羽毛の古さから言ってあと、ひと月もたたずに来ると思います。これは狩人の勘です』
渡り鳥が来てくれれば、肉も卵も手に入るな。ここの不安な食料事情が良くなるかも。
『なので一刻も早く投石器を手に入れて、勘を取り戻したいんです。どんな渡り鳥が来るかはわかりませんが、狙いが正確で悪いことはないでしょう』
「それなら、そんなに紐の量もいらないし、みんなの分をすぐ用意できると思います」
『ありがとうございます。これがなければ服を切って投石器を作るつもりでしたので』
「でも意外ですね。ドージさん達は狩りに弓を使わないんですか?」
『本当は弓も使いたいんですが、この島には木がなくて。それに矢じりになるものもないので、投石器のほうが嬉しいです。任せてください。投石器でもばっちり狩ってみせますよ。なにせぼくたちは帝国の兵役の時には、投石兵でしたから。優秀だったので近衛部隊に推薦するっていう話もあったんですよ』
あ、帝国には兵役があるんだ。まあ当たり前か。宗教的には平和を謳っても、きっと周辺とは色々争いがあるんだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、川の音が聞こえてきた。
そちらに向かっていくと、大きな川が見えてきた。
川幅は50メートルくらい。
ん?この島の感じからすると川が広すぎない?島の川って、もっと小川的な感じじゃないの?この島はもしかしたら結構大きいのか?
川岸にはコボルト族が何人かいた。
ドージさんはそのコボルト族を一瞥すると、こちらに振り向いた。
『どうですかこの川。この川がぼくたちの生命線なんですよ。実は、水は全てこの川から手に入れています』
「どういうことですか?井戸ないんですか?」
『実はこの島、水がでないんです。他の集落跡も探したんですが、井戸はありませんでした。途中まで掘られた深い穴はあったので、先住民も井戸を作ろうと挑戦はしたみたいなんですが、成功しなかったみたいです。井戸のような穴にはどれも水はなかったですし、水をくみ上げる桶も近くにありませんでした』
「それじゃあ、毎日ここまで水を汲みに来ているんですか?」
『はい。といっても、コボルト族では運べる水の量が少ないので、力の強いミノタウルス族を中心に運んでもらっています。なので、コボルト族はなんとか狩りで村のみんなに貢献したいんです』
でも、狩りと言っても今は獲物がいなんじゃ?
『実は紐が欲しい理由がもう一つあります。それがこれです』
ドージさんが指をさすほうを見ると、川の一部がせき止められていて、その中にコボルト族が三人じっと立っていた。そのうちの一人がさっと手を水中に入れると、30センチくらいの魚が握られていた。
近づいていくと、コボルト族の人たちはこちらに気が付いたが、軽く会釈しただけで、また水面を見ていた。
先ほど採った魚は、岸に投げられてる。
魚のステータスを見ると【サケ科ニジマス:可食】らしい。
なじみのある魚だ。おいしそう。
『ご覧の通り、この川には魚がたくさんいるんですが、網がないので今のように手づかみしています。コボルトの反射神経ならできないことはないんですが、水も冷たいですし、長時間は出来なくて。一人20匹も採れればいいほうです。でも、網があればもっとたくさん採れるはずです』
もう一度川を見ると、魚を誘導するように流れの中に石積みが出来ているものの、誘導した先で魚を捕まえるのに苦労しているようだった。
これなら小さめの網でも十分役に立つだろう。クリエイトできる範囲だ。
「これなら大丈夫ですよ。さっそくここで作りましょう。ちょっと手伝ってください」
『え、すごく集中力がいるのでは?』
あー、そんな設定にしたな。あれはララナさん向けのポーズというか。
「こ、これくらい単純なものなら大丈夫です。見ていてください」
怪訝な顔をするドージさんから紐を受け取って、クリエイト。
当然、同じ紐が出来た。
「ドージさん。今できた紐と、元の紐を結んでください」
紐が二本のままだと、たぶん紐が一本ずつしかクリエイトできない。一円玉と同じだ。でも結べば一本扱いになるんじゃないかな?
結び終わった紐を、クリエイト。
やっぱりそうだ。結び目まで完璧に同じな紐がクリエイトされた。これをまた元の紐と結ぶ。これなら、倍々にクリエイトできる。効率いい。
どんどんいこう。
クリエイト、結ぶ、クリエイト、結ぶ…。
だんだん長くなってきたので、ドージさんといっしょに巻き取りながらクリエイトしていく。
『救世主様、これくらいで十分です。ありがとうございます』
「これだけでいいんですか?まだまだ作れますけど」
紐も軽量な高性能素材だから、まだまだクリエイトできる。
『いえ十分です。この紐は組み紐ですので、ほぐして使います。そもそもこの紐は網には太すぎますから。これだけあれば投石器も、網も十分に作れますので』
なら、いいか。
『では、ぼくも魚を取ってきます。救世主様はゆっくりしていてください』
そういうとドージさんは、静かに川に入っていった。
じゃあ、僕は川の散策でもしようか。
といってもドージさん達から離れない範囲で。
川岸を見わたすと、やっぱり木は生えていない。本当にこの島の木は燃料や建材のために切り倒されたんだろう。ここの生活で、まず考えなくちゃいけないのは燃料だな。料理をするにも、暖をとるにもまず燃料がないとはじまらない。川岸には背が高い草が生えているけど、燃料にはなりそうもない。でも、ああいうところの影に魚がいるんだよな。子どもの時に見たよ。ちょっと覗いてみよう。
見ると、やっぱり小魚がいた。5センチくらいかな?
ステータス。
【サケ科キタマイワナ:可食】
知らない魚だけど、食べられるなら採ってみたいな。育てて大きくなるなら、川を囲んで養殖してもいいし。小魚のままでも佃煮ならいける。米がなさそうだけど、まあそれは後から考えよう。とりあえず味見したいな。
よし、やってみるか。
岸に腹ばいになって、ゆっくり手を入れる。
一回は魚が逃げたけど、手の温度が水温に近くなるにつれて戻ってきた。
よし、いまだ!
いける!
一気に手を引き上げる。
あれ…。逃げられた…。
え、今、僕は反射神経がコボルト族並みになってるはずだよね?
当然できるはずじゃない?
起き上がって周りを見回すと、近くでミノタウルス族が水を汲んでいた。
そういうことか。他の種族が来てたんだ。それで反射神経の平均が下がったと。
それじゃ仕方がないな。
それにしても、ミノタウルス族が持ってる甕すごく大きいな。あれを人力で運べるとは、恐ろしいほどの怪力だ。バスタブくらい水が入ってない?
これだと魚は採れないけど、まあいいや。水を汲んでいるのにどけとは言えない。
それに、よく考えたら手づかみなんていらない。
見えてるんだから、クリエイトすればいいんだ。
水中の魚をしっかり見て、クリエイト。
…と思った瞬間に、魚が何かに驚いてどこかへ行ってしまった。
しまった失敗。と思って目の前を見ると、5センチ角の水のキューブが出来ていた。
これって、マ〇ンクラフトとかで見る感じの水のキューブじゃん。
完全な立方体で、水が横から漏れてくる感じはない。上を触ると、指が濡れた。
下から持ち上げるとしっかりと持てる。触り心地はビニル袋に入れた水の感触だ。
これは水を運ぶのにいいかもしれない。水筒のかわりになるかも。
でも水筒にするには飲みにくいな。
ストローをさせばいいかも。
あ、この草の茎でいいや。
茎をちぎってキューブの横に挿すと、水が出てきた。
いいね。これなら水筒になる。ってあれ?おかしいな。キューブの中の水の量が全く変わらない。水がどんどん出てくるのに、水が尽きない。
これは…水をクリエイトしたんじゃないのか。
あ、川の一部をクリエイトしたんだ。
見ていた川自体のクリエイトなんだ。
こんなことが出来るなら…。ここの生活も何とかなるかもしれないぞ。




