最弱の救世主?
遠くにいるラヴィータさんの耳が動いた気がした。
あ、こっちに来る。
この距離で聞こえるとは、さすがウサギ。
そして足早いな。そこもウサギなんだ。
ラヴィータさんが近づくにつれて、身体が元に戻ってきた。ベリーもつかめる。
『どうしたの?』
ラヴィータさんは急いで戻ってきたので、息が切れている。
隠してもしょうがないし、正直に言おう。
「実は今、消えかけまして…」
『え、どういうこと?』
「どうやらぼくは、周りの人の平均になってしまうみたいで。身長とか体重も周りの人の平均になるみたいなんです。ちょっと僕に並んでもらえますか?」
『ホントだ。私と身長がぴったり一緒だ。召喚されたときはずいぶん大きかったのにね』
「あの時はブルオクスさんが近くにいたから大きかったんだと思います。で、問題は周りに人がいないときなんですが、どうやらそのまま消えちゃうみたいです」
『ええ、消えちゃうってどういうこと?元の世界に帰っちゃうの?』
「わかりません。僕も今知ったんです」
なんとなく元の世界に帰れそうにはないな。単純に死んじゃう感じでは?
『それは困ったね。救世主様の周りからは離れないようにしないといけないね。とりあえずみんなを集めようか?』
「いえ、その前に確かめたいことがあります。ラヴィータさんがぼくに呼ばれた時に、ベリーを採っていた場所まで行ってもらえますか?いっしょに歩数を数えながら行きましょう」
そういうと二人で黙って歩き出した。今、僕の歩幅とラヴィータさんの歩幅は全く一緒だから、同じ歩数で到着するはずだ。
『…1705歩。ここだよ』
「ありがとうございます。ぼくは1700歩ちょうどでした。多分途中でつまずいたから、ほぼ一緒だと思います」
歩幅が小さいせいで、避けられると思った石につまずいたんだよね。
『じゃあ私の歩幅で1700歩以内に誰かがいれば、消えちゃわないってこと?』
「たぶんそうだと思います。幸い、ぱっと消えるわけじゃないので少しなら余裕もあると思います」
『じゃあ、いろいろあったし今日は村に戻ろうか。ベリーもカゴいっぱいになったし』
そういうとラヴィータさんは子どもたちを集めてきた。みんなカゴいっぱいにベリーをもっている。
運ぶときにあふれそうなベリーを、僕のカゴに入れてみんなで村に帰ることにした。
村が近づくにつれて、ラヴィータさんと目線が合わなくなってきた。背が高くなってきたんだ。ズボンのスソも降ろそう。というか若干服がきつくなってきた。
陽が傾きだしたときに、村に着いた。
『じゃあみんなに、今日のことを言っとくね』
「あ、ちょっと待ってください」
1700歩っていうのがどうもしっくりこない。距離を知りたい。
「うちの中を歩いてもらえますか?」
ラヴィータさんにぼくの家に来てもらい、部屋の端から端まで歩いてもらった。
『だいたい17歩で端から端まで歩けるよ』
「ありがとうございます。あ、僕は食べられないのでこれ持って行ってください」
ラヴィータさんにカゴに入ったベリーを渡す。
『ありがとう。みんなで食べるね』
ラヴィータさんが出て行ったので、落ち着いて計測できるな。
まずはズボンを脱ぐ。この服はぼくのサイズが変わっても一定の大きさだから、きっと前の世界とサイズは変わってないはず。タグを見ると股下の長さがわかった。
これを基準に部屋のサイズを測ると、端から端まで大体10メートルだった。召喚された時のイメージ通りだ。
ということはラヴィータさんの一歩は60センチ弱で、1700歩はだいたい1キロメートル。
え、ラヴィータさん1キロ先の声が聞こえるの?すごいな。
普通の人なら聞こえないだろうから、あのまま消えててもおかしくなかったな。
でもまあ、平均の対象になる範囲が1キロあれば結構安心だな。村にいれば絶対大丈夫だろうし。
あ、下手に船に一人で乗ったりすると危ないかも。沖に流されたら、そのまま消えちゃうだろう。
ビーチではしゃぐのもやめたほうがいいかな?泳いでて沖に流される話も聞くし。
でも、消えちゃうことを除けば、平均も以外に悪くないかもしれない。
ようやくわかったけど、ぼくがこの世界でおなかが減って倒れないのは、みんなの平均的な空腹感で動いてるからだ。
みんなでベリーを摘んでいるときにはっきりわかった。
子どもたちが、食べながらベリー摘みをしたから、僕自身はなにも食べてないのに、時間がたつにつれて満腹になっていったんだ。ララナさんのマニュアルに救世主の飲み食い禁止があるのも、単純に無駄だからだろう。僕自身が食べるより、みんなに食べてもらったほうがはるかに満腹になるはずだ。
この村で常にうっすら空腹なのは、みんなが十分に食べられていないからだろう。おそらく夕方に空腹がおさまるのも、みんな平均的には夕方に一食しか食べてないからだ。
一日一食か。
前の世界では考えられないくらい貧しいな。まあ、何となくわかってたけど。きっと召喚された時の食料も、かなりの贅沢なんだろう。この島で動物を見かけないのに肉があったし、持ち込んだ貴重なモノなんだろう。食べられなかったから、味はわからないけど。
ということは、僕がこの世界でやることは決まったな。
単純に島のみんなを幸せにすることだ。
島のみんなが満腹になれば、僕も満腹。
島のみんなが元気なら、僕も元気。
逆に島のみんなが空腹なら、僕自身がどれだけ食べても空腹なまま。
島のみんなが寒ければ、僕自身がどれだけ火にあたっても寒いまま。
みんなを幸せにすることが僕の幸せに直接影響してくる。
とりあえず、食料を確保することを頑張ろう。
ずっとうっすら空腹なのは嫌だし、そのうちみんなが持ち込んだ食料が底をつくのも目に見えてる。
とはいっても、クリエイトで作り出せる食料はたかがしれてるだろうし。
そういえばクリエイトって、どれくらいの量のものを作れるんだろう?
そもそも何が基準なんだろう?
カロリー量で決まる?
いや、作れるものは食べ物ばかりじゃないから、カロリーは関係ないだろう。
じゃあ体積?
ベリーをクリエイトしたときには、ほとんど疲れなかったから、体積なら納得できるけど…。
ちょっと実験してみよう。
体積が大きいものは…。
あ、着てるこのアウターでいいや。
“クリエイト”
できた。少し疲れたけど、ジャガイモの時ほどじゃない。アウターの体積はジャガイモよりずっと大きいから、体積が基準じゃないだろう?
じゃあ重さ?
なににしよう?
あ、この石でいいや。
部屋の中なのに、床がないせいで石がすぐ手に入るのが悲しい。きっとこの建物の床材も燃料になったんだろう。豊かになったら床を作りたいな。そしたら靴が脱げる。日本人としてはずっと靴を履いている状態なのがつらい。
では、“クリエイト”
おわ、めちゃくちゃな疲労感。
少し大きめとはいえ、一個の石をクリエイトしただけでこんなに疲れるとは。
これはクリエイトの制限は重さだな。
一瞬、個数かとも思ったけど、石一つでこんなに疲れるなら個数じゃない。
クリエイト量の限界が、重さで決まるなら、限界値を知りたいところだけど、今日はこれ以上クリエイトできる気がしない。またの機会にしよう。
とりあえず、クリエイトしたこの石は邪魔だから下において…。
トン、トン、トン
扉が叩かれる音がした。
「ちょっと待ってください」
慌ててズボンをはく。部屋の大きさ測った後に、すぐ履けばよかった。集中してて履き忘れてたよ。
扉を開けるとララナさんがいた。
『ラヴィータ代表に聞きましたよ!救世主様が消えてしまわれると。僭越ながら、本日からわたくしは救世主のそばを離れません!』
「いやいや、ちょっと待ってください。そんなに心配しなくても大丈夫ですから」
『そうは参りません。救世主様に万一のことがあっては世界に対して申し訳が立ちません』
ん?でもララナさんにとってここは楽園なんだよね?世界に対して申し訳がないってなに?
「世界に対して申し訳がないってどういうことですか?」
『それはもちろん、異端であるダマリ派を正しき道に戻し、世界に真の信仰を広めることです。救世主様にはそのためにもぜひこの世界にとどまっていただきたいのです』
あ、そっちのほうね。やっぱりここでの生活に不安はないのね。
どうしたものか。
人が近くにいてくれること自体はうれしいんだけど、ララナさんが近くにいると、たぶん植物のステータスを見る時の能力が下がるんだよね。だってこの人、宗教と光魔法以外ダメなんでしょ?
まあ、正直に言うか。
「申し訳ないんですけど、世界を救う能力を使うためには、人が近くにいると困ることもあるんですよね…。なので呼んだ時だけ来てほしいというか。遠くに行かないようには気を付けますので」
『とは仰いましても心配です』
ん~、どうしよう。あ、これいいじゃん。
「例えば、こういったものをクリエイトする時には集中したいので、あまり人が近くにいるのは困るんです」
そういって、さっきクリエイトしたアウターをララナさんに渡した。前の世界の基準でも最先端の素材でできたアウターだ。たぶん凄さがわかるだろう。
「この世界にはないものだと思いますので、集中力がいるんです。納得して下さい」
『聖衣ですか…。わかりました。ですが、くれぐれもお一人で遠くに行かれないように。必ずわたくしをお呼び下さい』
「わかりました。どのみちこの世界には詳しくないので、誰かと一緒に行動します」
『それでは、明日はドージ族長とお過ごしください。必ずですよ。ドージ族長に迎えに来させますので、それまでお部屋を出ないでくださいね!』
「わかりました、わかりました。」
…。ふう。なんとか帰ってくれた。
心配なのもわかるけど、一キロの範囲なら大丈夫だって。この村だって家がある範囲はすごく狭いし。
みんなが家に帰っているだろう今の時間なら、村人全員が余裕で1キロ圏内にいるはずだよ。
暗くなってるし、明かりのないこの村ならもうみんな寝るだろうから、置いていかれる心配もない。
あれ、急に眠たくなってきた…。
あ、そうか。
子どもも多いし、この時間だと…、村人は平均的には寝て…る…。




