ベリーを摘もう
『おはようございます。救世主様』
扉がノックされた。開けたところ、昨日と同じようにララナさんがいた。
『楽園をご案内したいのですが、本日もわたくしは“完全救世主召喚マニュアル”記されたステップを行わなくてはなりません。ですので、本日はラヴィータ代表がご案内いたします』
『ヤッホー。ラヴィータだよ。今日はよろしく~』
ララナさんの後ろからラヴィータさんが現れた。小っちゃくて可愛いな。
今日は何するんだろう?
『今日はね、ベリーを摘むよ。ちょっと遠くまで歩くから覚悟してね』
『それではよろしくお願い致します』
そう言ってララナさんが去っていった。
『じゃあ、せっかくだからほかの子たちと一緒にいこう。これ持って』
そういうとラヴィータさんがカゴをくれた。ラヴィータさんはそのまま他の建物に走っていき、子どもたちを何人か集めてきた。
『お待たせ。じゃあ出発!』
そういうとみんなでまとまって、火山のほうに歩きだした。
歩きながら、みんなを見ると、いろいろな見た目の子どもたちがいることが分かった。
「ラヴィータさんこの子たちはカワウソっぽい感じだったり、フクロウっぽい感じだったりしてますけど、みんな獣人族なんですか?」
『そうだよって言いたいけどちょっと複雑かな。私、本当は野兎族なんだけど、もともとすっごく数が少ないんだよね。この子たちもそれぞれ別の種族なんだけど、やっぱり数が少ないの。だから、ミノタウルス族みたいに一つの大きなまとまりが出来なくて、獣人族としてまとまってるってわけ。だから私は族長じゃなくて、獣人族の代表なの。ララナちゃんは一人だけど獣人族でもないからエルフ代表みたいになってる』
そうか。確かに言われてみればミノタウルス族は牛の獣人族だし、コボルト族は犬の獣人族か。
『見た目って結構違うしね。コボルト族には、ドージ族長みたいなビーグル種もいるけど、全然似てないシェパード種、バセットハウンド種もいるからややこしいよね』
最初の宴会でちらっと見たけど、やっぱりあの人はバセットハウンドだったんだ。ぽいなって思ったんだよね。
『でも獣人族は見た目以上に能力が違うんだよ。フクロウの子はすっごく目がいいし、カワウソの子はすごく泳ぎがうまいんだよ』
そうなんだ。見た目どおりの能力があるんだね。ミノタウルス族は言われなくとも力が強いことがわかるし。
そんなことを話しながら歩いていると、足元がなんだかもぞもぞしてきた。
「ちょっと待って」
『どうしたの?』
足元を見ると、ズボンのすそが靴のかかとに引っかかっている。あれ、こっちに来た時はちょっときつい感じだったのになんでだろう?まあいいや、すそを少し折ろう。
すそを折るとまた歩き出した。
『ところで救世主様って、ここがどんな場所か分かった?』
「楽園…とはちょっと言えない場所だなってことはわかったよ」
『よかった。ララナちゃんみたいに楽園だと思ってたらどうしようかと思ってたよ。救世主様は何も食べなくても大丈夫みたいだし』
たしかにずっとうっすら空腹だけど何とかなってるな。
『でもここは悪いことばっかりじゃないんだよ。ごはんは少ないけど、ここならだれにも異教徒って言われないし。ララナちゃんのおかげでケガとか病気になってもすぐに治るし。それに前に移住してきた人たちが残していったものもいろいろあるんだよ』
そういうとラヴィータさんが廃墟のほうに歩いて行った。
『例えばこれ。よくはわかんないんだけど、たぶん前にいた人たちの大切な作物だったと思うんだよね。なんだか根っこが食べられそうな気がするし』
そう言うと廃墟の脇にある畑であっただろう場所の植物を指さした。
何だろうこれ。ステータスを見てみよう。
【たべられるしょくぶつ】
え、ステータスってこんなに雑な感じだったっけ?
まあいいや。
たしかにラヴィータさんが言う通り、食べられるものみたいだから、前にいた人たちの作物なのかもしれない。よくわからないけど、この場に似つかわしくない雰囲気もあるし。
『来た時はすぐに寒くなっちゃったから、いろいろ探せなかったんだけど、ようやく暖かくなってきたからね。これからどんどんいいもの探すよ!』
「ちなみに冬はどんな感じだったんですか?」
『冬はとにかく寒かったよ。雪?っていうやつなんだけど、ララナちゃんが寒いところに布教に行ったときにも見たっていう凍った雨が降って、すごかったんだから。しかもその雪ってやつ、この前までずっとそのまま地面にあったんだよ。おかげでずっと持ち込んだ食料だけ食べてたんだよね。だから、今は新鮮なものが食べたいの』
そうだよね。移住者を生かさないつもりなら、できるだけ気候の厳しいところに送り込むよね。なんとなくわかってはいたけど、実際に聞くとやっぱりがっかりしちゃうな。
『というわけで今日は前から目をつけていたベリーの生えている場所に向かいます』
さらに歩いていくと、別の様式の建物が見えてきた。何というか形がキーボードのキーみたいで、頑丈そうだ。きっと前見たところとは別の人たちが暮らしていたんだろう。
歩いていると、またズボンのすそが気になってきたので、もう一度スソを折った。
『でも救世主様のスキルってすごいね。だって物を作れるだけじゃなくて、変身までできちゃうんだから』
「え、どういうこと?変身なんてしてないけど」
『だって救世主様、村を出てから小さくなってるよ。私と話しやすいように、小さくなってくれたんじゃないの?』
言われてみれば、ラヴィータさんが僕と同じくらいの身長になってる。
え、そんなスキルもらってないよ。
だって平均的な人って、身長変わったりしないでしょ?
だって平均なんだから。
…平均?
ちょっと待てよ。
「ごめんなさい。ちょっとみんな集まって!」
声をかけると、少し遠くを歩いていた獣人族の子どもたちが集まってきた。
「悪いんだけどみんな背の順に並んでくれるかな?ラヴィータさんも入ってください」
みんなに並んでもらうと、ラヴィータさんがちょうど真ん中だった。子どもとはいえ種族によっては大きな子もいる。
今僕は、ちょうどラヴィータさんと同じくらいの身長だから…。
僕の身長はこの集団の『平均』だ。
「ちょっとごめんね」
そういって順番にみんなを持ち上げてみる。
多分だけど間違いない。
僕の体重は、みんなの真ん中。
つまりこの集団の平均だ。
平均ってそういうこと?
平均的な異世界転生者っていうのは、周りの人の平均ってこと?
僕は変身してるんじゃない。
集団が変わったから、平均の身長、体重に変化したんだ。ズボンのスソが余ったのも、僕が小さくなったからだ。
ということは…。
「ぼくの顔って変わってますか?」
『え、そんなことはないけど』
ラヴィータさんがけげんな表情をする。
顔は変わんないのか。まあ、顔変わったらだれか分からないし、神様が気を利かせてくれたんだろう。
どこまでが、平均化されるんだろう?
もしかして今日のステータスが雑な感じなのは、この子たちの植物を見る能力が低くて、平均がそれくらいなんじゃないか?
『なに考え込んでるの救世主様?もう少しだから行こう?』
そうだ。
ここで考え込んでも仕方ない。
今日は、とりあえずベリーを摘もう。
『はい。ここでーす。じゃあ、みんなでベリーを摘みましょう。たくさんあるから、食べながら摘んじゃおう!もちろんみんなに持って帰るやつを忘れちゃだめだよ。迷子になるといけないから、声が聞こえるところまでしか行っちゃだめだよ。じゃあカゴを配るね』
『『『はーい』』』
子どもたちはカゴを受け取ると、近くのベリーを摘みに行った。見回すと、ところどころにベリーがありそうな茂みが見える。相変わらず大きな木はないし、結構平らな場所だから、かなり遠くまで行ってもみんなの姿が見える。
『じゃあ私たちも摘んでいこう。これが赤いベリーで甘いです。別のところには紫のベリーもあるけど、ちょっと酸っぱいです』
そういうとラヴィータさんが一つ、近くの茂みから赤い実をとってくれた。
ステータスを見ると【たべられるみ】だそうだ。
ララナさんが食べるなって言ってたから食べないけど、おいしそうな実で、前の世界でいうキイチゴそっくりの見た目だ。
『かなり量があるから、どんどん摘んでいこう。これカゴね』
そう言うとラヴィータさんが、ぼくにもかごをくれた。
じゃあお手伝いだ。
ベリーをどんどん摘んでいく。前の世界のキイチゴよりも大粒かもしれない。一つの茂みでもかなり採れる。こんな茂みが周りに結構あるから、今日一日ではとても全部採りきれないだろう。今日のところは、完全に熟したいいやつだけ採っていこう。
茂みから茂みに移動しながら、しばらく黙々とベリーを採っていると、カゴに半分以上ベリーが満ちた。
周りを見渡すと結構遠くまでみんなが行っている。一番近くにいるラヴィータさんの姿も米粒くらいの大きさにしか見えない。熟したやつだけ狙うと、一つの茂みにある数は限られるからね。
よしちょっと休憩しよう。なんかなにも食べてないのに満腹感がでてきて少しだるい。
いい具合に地面から岩が突き出てるし、座るのにちょうどいい。
今なら周りに誰もいない。改めてスキルについて考えてみよう。
ぼくのスキルは平均的なモノを作るスキルだ。
で、僕の今の身長を考えるに、どうやら平均っていうのは小さな範囲での平均みたいだ。
じゃあ、クリエイトスキルの平均ってなんだ?
もしかして今までは、一つのものを見てクリエイトのスキルを使っていたから、一つのものの平均、つまり見たものそれ自体を作り出してたんじゃないだろうか?
ちょっと実験してみよう。
カゴから大きめのベリーを一つとって手に乗せた。
クリエイト
すぐに全く同じベリーが現れた。
大きさも、色合いも、粒の感じもまったく同じだ。
じゃあ次。
クリエイトしたベリーをかごに入れ、最初に手にした大粒のベリーと、新しくカゴから選んだ小粒のベリーを一粒ずつ手に乗せた。
クリエイト
すると、大きさがちょうど中間のベリーがクリエイトされた。雰囲気も二つのベリーのちょうど中間といった感じだ。
間違いない。
ぼくのスキルは見えているものの、平均的なモノを作るんだ。
すごい!…のか?
できればより大粒のベリーを作りたいんだけど、平均だと一番大きなベリーより大きなベリーは作れない。
これダメじゃない?
どうにかして大きくする方法はないかな。
大粒のベリーを手に乗せて、じっくり眺めてみた。
すると突然、手のひらをすり抜けてベリーが地面に落ちた。
地面に落ちたベリーをつまんで拾おうとするけど、すり抜けてしまってつかめない。
え?あれ?手が少しずつ透明になってきてる。
「ちょ、ちょっとラヴィータさん!こっちに来てください!」




