イモ貝は海に生えるイモじゃないし、そもそも触っちゃダメ
ちょうどよくブルオクスさんもドージさんも畑にいた。
何か話し合ってるな。
『…あと数日でこの畑全ての深耕が終わる。ついてはコボルト族に播種の手伝いをお願いしたい。可能な限り丁寧にやりたいからな』
『もちろんお手伝いしますよ、ブルオクス族長。われわれコボルトは農業の素人ではありますが、指導さえしていただければ手先の器用さには自信があります。
あ、救世主様こんにちは』
お、気が付いてくれた。
「こんにちは。農作業の邪魔をしてすみません。ちょっとお願いがありまして。あ、その前にこれどうぞ。実験のついでに作ったものです」
コップを手渡す。
『こ、これは…。この重さ。この色。純粋なミスリルのコップか?たまげたな』
重さで分かるのはすごいな。めったにない重量感ではあるけど。
『そんな、さすがにそんなことはないですよね、救世主様?だってこれ帝国にもないくらいのものですよ。皇帝陛下が持ってるかどうか』
そうなの?
「いえ、このまえ水のキューブをとりに行った時に手に入れたミスリル粒から作ったので、純粋なミスリルだと思いますよ」
二人とも唖然としている。
『お、俺は信じるぜ。この質感は間違いない。純粋なミスリルだ。俺でも感じられるくらいの魔力がある』
『もはや救世主様には何でもありですね』
みんなのリアクションが大きいけど、そんなに凄いことなのかな?
ピンとこないや。
『それで、お願いとは何でしょうか?このミスリルと引き換えとなると、危険なことですか?』
「いえ、そんな危険ではないと思います。実験で使いたいので、砂浜に潮干狩りに行こうと思いまして。一人だと掘って運べる量に限度があるので、みなさんに手伝ってもらえたらなと思ったんです」
『あ、砂浜に行けばいいんですね。で、その潮干狩りっていうのは何の狩りですか?もしかして、渡り鳥を見かけたんですか?』
ん? 潮干狩りっていう言葉が通じないのか?
「まだ渡り鳥は見てないんですが、その前に潮干狩りをしようかと。あ、こっちの世界だと潮干狩りって言わないんですかね。単純に砂浜で貝をとることを潮干狩りって言います」
『貝というのは何ですか?砂浜には時々魚がいるくらいではありませんか?』
ドージさん反応がおかしいぞ。ブルオクスさんもピンと来てないし。もしかして二人とも貝を知らないのか?あるいはこの世界には貝がいないのか?
「貝ですよ、貝。砂浜を掘ったらでてくると思うんですけど。ほら硬い殻に覆われた丸っこい生き物です。ほとんど動かないから、掘るとどんどん出てくるやつです」
『待ってくれ救世主様。狩りっていうからコボルト族の出番かと思ったが違うんじゃないか?話を聞くだけだとそれはイモだな。よくわからないが砂浜を掘るとイモがでてくるっていうことか?それなら俺たちミノタウルス族のほうが得意だぞ。何人かで手伝おう。たしかに砂浜に草みたいなものが打ち揚げられてたから、あれの根元にイモがあったと考えると納得できるな』
いや、納得しないで。手伝いは嬉しいんだけど、イモじゃないんだよな。前の世界にイモ貝はいたけど、それは猛毒の針を刺してくるから、絶対に触っちゃいけないやつだし。
「イモじゃないんですけどね…」
『救世主様、お待ちください』
あ、ララナさんだ。いつのまに来てたんだ。
『先ほどは考え込んでしまい申し訳ありませんでした。しかし、今のお話を伺い救世主様の目的を完全に理解いたしました。どうか族長たちをお責めにならないでください。この者たちは帝国の内陸出身ゆえ、貝を知らないのです』
そうなのか。内陸だと貝を食べないのね。
『ブルオクス族長、ドージ族長、貝とは貨幣のことですわ。内陸では流通しておりませんでしたが、沿岸部の都市では多く流通しておりました。わたくしも布教の旅の途中で幾度となく目にしております。つまり救世主様は、貝の貨幣を発行し、この島を一つの都市国家として明確に宣言されるおつもりです。そして帝国に巣食うダマリ派を都市国家の首長として糾弾し…』
いやいや、ぜんぜん違うよ!
ブルオクスさんもドージさんも、なるほどみたいな顔しないで。
普通に潮干狩りしてみんなの食料を増やしたいだけだから。
ララナさんが言ってる貝は多分、子安貝みたいな小さくて貴重な貝だから今回の潮干狩りには全く関係ないです。
大きくて、食べ甲斐のあるやつだけを狙います。
というかララナさん、海に布教に行ったなら絶対に貝食べてるでしょう。知ってるはずだよ。
本当に宗教以外興味ないんだなこの人。
「ララナさん、残念ながら違います。いつかは帝国と取引はしたいなと思いますけど、今は違います。僕が悪かったです。ちゃんと説明しますね。貝というのは、海の砂の中や岩肌にくっついてる動物です。イモみたいな植物じゃないです。外側の殻は固いですが、焼いたり茹でたりすると、殻が開いて中身がでてきて食べられます。前の世界では、貝塚っていう貝殻のゴミ集積所ができるくらいみんなが食べてました。この世界にもきっと貝がいると思うので、いい食料になると思うんです。なのでみんなで貝をとりに行きましょう」
うーん。みんな考え込んでるな。
『俺には今の説明を聞いても、海の砂の中にクルミが埋まってるとしか想像できないが…。まあいいや。ミスリルのコップを作れる救世主様の言うことだ。乗って損はないだろう。全力で付き合うぜ。食料はあったらあっただけいい』
ブルオクス、ありがとうございます。
『狩りと聞いてコボルト族が黙っているわけにはいきません。獲物が何であれ、狩らせてもらいますよ』
ドージさんも頼りになるな。
あ、ララナさんは見守っていていただければと思います。
じゃ、まだ日も高いので、みんなで潮干狩りに行きましょう。
四人でそろって歩き出すと、ラヴィータさんもいたので、ついでに誘って砂浜にむかった。ラヴィータさんにはカゴを持ってきてもらう。
僕は途中に家によって、登山用に作ったスコップ的なモノを持ってきた。もともと何個か作っていたので、人数分ある。
砂浜に着くと、結構、潮が引いていた。思ったより遠浅の海だったようで、遠くまで行ける。これは注意しないといけないな。
「みなさん。これから潮干狩りをしますが、遠くまで行かないでください。潮が満ちてきたとき…だとわからないか、海の水位がまた上がってくるんですが、その時に溺れてしまいます。絶対に声が聞こえる範囲までしか行かないでください」
『ご安心ください。救世主様のおそばを離れることはありませんわ。召喚したものの務めです』
あ、たしかに僕が離れすぎて消滅するパターンもあるか。
気を付けよう。
「じゃあ、お手本を見せますね」
砂浜の潮が引いたあたりに歩いていき、じっと砂地を見る。まあ何となくここらへんでしょう。これで何も出てこなかったら恥ずかしいな。
スコップ的なモノで探りながら掘り返すと、何かの手ごたえがあった。石…じゃないね。
海水で洗うと二枚貝だった。
幸先いい。
ステータスを見ると【ホンビノスガイ:可食】ということだった。これならいいね。おいしいやつだ。しかもこれ結構大きくない?ブルオクスさんに持ってもらったら、手のひらからはみ出すくらいのサイズだから相当大きいよ。
「これが貝です。ホンビノスガイっていうおいしいやつなのでどんどん獲りましょう」
『言いにくいんだが、この質感は石だ。食べられないぜ』
「そう思うかもしれませんが信じてとってください」
そういうとみんな半信半疑ながらも貝を掘り出してくれた。
スコップ的なモノだと掘りにくいんだけど、信じられないくらい貝の量が多いので、カゴがどんどんいっぱいになっていく。
あっという間に運びきれる限界の量になった。
村人は60人くらいだから、一人当たり余裕で十個は食べられると思う。
陽が傾き始めたので、村に戻ることにした。
どうせならみんなで試食会といこう。
ホンビノスガイは砂抜き不要ですぐ食べられるし、ちょうどいいや。
村の広場に着くと、ブルオクスさんに頼んで甕を持ってきてもらった。
ラヴィータさん達には、とってきた貝を水のキューブの水で洗ってもらい、ララナさんには村人を集めてもらう。
その間に僕は一仕事っと。
今回は、ホンビノスガイの味をしっかり味わうために、蒸していきたい。
当然、燃料節約のために溶岩キューブを使いたいけど、1000度の溶岩キューブに水をかけると水蒸気爆発するかもしれない。
そんな怖い事は出来ないので、溶岩キューブを”それなりに熱い”キューブにしたい。
というわけで、自分の家の溶岩のキューブの横に、手ごろな大きさの黒曜石を置いた。手には素焼きのコップ。
そして溶岩キューブと黒曜石を同時に見て…
クリエイト
よしできた。
素焼きのコップの中に熱い黒曜石が出来ていた。
黒曜石は溶岩からできてるから、溶岩キューブと黒曜石の違いは温度だけ。
だからクリエイトで『平均的な温度』の黒曜石が作れると思ったんだけどその通りになった。
これならずっと熱いままだし、水蒸気爆発の危険もないでしょう。
というわけでこれを広場に持っていく。
広場に着くと、甕の中に今クリエイトした熱い黒曜石を入れ、さらに水を入れた。
ちょうどホンビノスガイを洗い終わったラヴィータさんたちが来たので、カゴごと貝を甕の中に入れる。
カゴを高く重ねたので、甕からはみだしちゃったけど問題なし。
最後にブルオクスさんに頼んで、もう一つの甕を持ってきてもらい逆さに重ねることで蓋にする。
これで巨大な蒸し器の完成だ。
しばらくすると、湯気が盛大に出てきた。いいにおいもする。
かなり日も暮れてきたので、始めますか。
「えーみなさん。今日は試食会をしたいと思います。族長たちと一緒に海にすむ貝というものをとってきました。慣れないものかとは思いますが、ここでの生活をより豊かにするためにぜひ食べてみてください」
村人みんなが恐る恐る湯気の出る甕に近づいてくる。ブルオクスさんに頼んで、蓋になっている甕を外すと、中から湯気を上げる蒸しホンビノスガイがでてきた。
「救世主様の言った通りだ、勝手に殻が割れるんだな。これはイモじゃないが食えそうな匂いだ」
ブルオクスさんが納得している。
ララナさん達にも手伝ってもらってカゴから蒸しホンビノスガイをどんどん配る。
『これはいけるな』
『食べたことない味だがうまい』
『もっと欲しー』
そうでしょう、そうでしょう。
絶対に受けると思ったんだよね。
だって蒸してるときにおいしそうな匂いって感じたってことは、平均的にみんなもおいしそうって感じたってことじゃない?
ホンビノスガイは最初から塩味がついてるみたいなもんだし、貝初心者にもおすすめできる。
あ、そうだ。忘れるとこだった。
「みなさん。食べ終わった後の殻は、そこらへんに捨てないでこの甕に集めてください」
みんながどんどん食べるので、甕も貝殻でどんどん満ちていく。
これならまた潮干狩りもいいね。
そうこうしているうちに、昨日より少し長くなった陽が落ちていった。




