サバイバルで必要なものは、暖、水、食料、住宅の順らしいよ
そんな、口をそろえて否定しなくてもいいじゃないか。
「どうしても登らないといけないんです」
『いえ、無理ですわ。ご覧になれるかと思いますが、あの山は火を噴いております。何度か石が飛んできたこともありました。危険すぎます』
『ああ、ララナの言う通りだぜ。たどり着くまでにケガをする可能性が高い。おまえもそう思うだろ?ラヴィータ』
『私もそう思うよ。山のほうに近づくと時々変なにおいがするし、危ないからやめたほうがいいと思う』
ま、まぁ危ないのは承知の上だよ。
あ、ドージ君だけは少し考えてるね。
『救世主様、そもそも何しに山に行くのですか?なにかお考えがあるんですよね』
ドージ君、いい質問だ。
この島の生活で一番足りないものはなにか。それはエネルギーだ。
まずこの島には、木がないから薪が手に入らない。他の建物を壊して回ってもあまり解決にはならない。今は春だからいいけど、次の冬を考えると、確実に燃料不足になる。それに、持ってきた保存食が尽きたら、本格的に調理もしないといけない。
とにかくエネルギーが欲しい。
で、気が付いた。
「山の頂上に行って、火口を覗いたら、きっと溶けた溶岩が見えると思うんです。もし溶岩が見えたら、水のキューブを作ったみたいに溶岩のキューブもきっと作れます。それを持ち帰れば、無限に熱を生むカマドが出来ます」
『それはそうかもしれませんが、危険すぎですよ。カマドなんて無くても何とかならないですか?』
「ではドージさん。話を少し変えましょう。今、なにかほしいものはありませんか?」
『いろいろほしいですけど、もうすぐ狩りで獲物がとれるはずですから、まずは保存用に塩がたくさんほしいです』
「塩は重要ですよね。…って、やっぱり塩はもうあんまりないんですね。では作るしかありません。海水を煮詰めればすぐできます。でも、海水を煮詰めるだけの燃料はないですよね?」
『え、塩って海水を煮詰めるとできるんですか?てっきり塩は山から掘ってくるのかと思っていました』
そこに引っかかるのか。岩塩に頼った生活をしてたんだろうか。そういえば、みんな内陸出身で、海のことを知らないんだったな。
「…とにかく、海の水を煮詰めると塩が出来るんですが、それをするにも燃料がありません。熱は他にもいろいろ使い道があります。今はいいですが、急に寒くなったらどうしますか?暖かいかまどが欲しくないですか?」
『それはそうですが。ねえ、みんな?』
ドージさんが周りを見渡す。みんな反対の様子だ。危険なのはたしかだし仕方ないか。
でも山登りはどうしてもしなきゃいけない。
僕が山に登りたいっていうのもあるけど、どうしてもエネルギーが欲しいんだ。水のキューブみたいに無限の熱エネルギーが。これがないとすべてが始まらない。
うーん、気がのらないけどやるしかないか。多分大丈夫。きっと。
「わかりました。では、さっき見つけた僕の能力をお見せします」
試してないけど、やるか。これまでのことを考えると確実にいけるし。
近くに落ちていた尖った石を拾うと、僕はそれを腕に押し付けて、そのまま腕を切り裂いた。
痛っ!
思ったより痛い!
『救世主様、何をされるのですか!?今すぐお見せください、わたくしがすぐ治療いたします!』
ララナさんが取り乱している。
「いえ、ララナさん待ってください。このまま見ててください」
すごく痛い、けどしばらくするとみるみる傷がなくなっていった。
思った通りだ。
川でケガをしたときに気が付いた。
あの後、ケガがすぐ治ったのは、平均のせいだ。
ここにいる人は平均的にはケガをしていない。
だから僕はいくら傷が出来てもすぐに治る。
「見た通りです。僕はみなさんがケガをしない限り、傷がすぐ治ります。つまりみなさんが元気でいればほぼ不死身だと思います」
みんなが唖然としている。
そりゃそうだろう。
みんなはケガもすれば病気にもなるみたいだし。
あ、ララナさんはすごくうれしそう。
『つまり救世主様。わたくしたちの信仰ある限り、救世主様は不滅であるということですね』
ん?
若干ニュアンス違うけど、まあいいか。
「そうです。なので、僕が山の頂上に立ちます。誰か近くまで一緒にいってもらえれば、大丈夫…」
『ではわたくしが参ります。信仰とは行動で示さなくてはなりません』
ララナさん早っ!
『危険だが、これからを考えると俺も行こう。いざとなれば救世主様を担いで山を下りようじゃないか』
ブルオクスさんありがとうございます。
『その二人だけだと不安だなあ。私も行くよ。鼻も目も私のほうがいいし』
ラヴィータさんもきてくれるのか。
『その御三方が行かれるのであれば、ぼくは村に残ります。何かあれば駆けつけますので』
たしかにドージさんには残ってもらったほうがいいな。
よし、これで山を目指せるぞ。
とはいっても思いついてすぐに山に行けるわけじゃない。
誰も行ったことがないんだから、十分な用意をしないといけない。
「みなさんありがとうございます。それではこれから登山の準備をしますので、用意が出来たらまた声をかけます。それまでみなさんはいつも通りの生活をしてください」
『山に入るために、身を清められるのですね。わたくしがお手伝いすることはございますか?』
いや、そういうのはないから大丈夫だよララナさん。
「あー、特にないですが、足のサイズを見たいので、ララナさんと、ブルオクスさんとラヴィータさんはあとで足を見せてください」
それから三日間は山登りの準備に明け暮れた。ロープをクリエイトしたり、水筒代わりに小さい水のキューブをクリエイトしたりした。余ったのはララナさんに渡して祭壇的なところに飾ってもらった。他にも、靴をクリエイトして、靴底をはがし、登山メンバーのサンダルの底を強化した。たぶん火山性の岩で、尖ってるだろうからサンダルそのままは危険だ。食料として、干し肉もいくらかクリエイトさせてもらった。この登山は、絶対にみんなの生活をよくするとは思ってるけど、僕にあの頂上に登ってみたいっていうわがままな願いがないわけじゃない。みんなの負担は少しでも減らしたいから、少しでも食料を作っておく。僕は食べないけど、登山メンバーが満腹のほうがいい。
クリエイトと並行して測量もした。概算しかできないけど、山の高さがわかるのとわからないのはずいぶん違うからね。
まずブルオクスさんに話して水のキューブに挿してた、細い竹の筒みたいなものをもらった。次に、自分の財布を見ると、50円玉があったので、クリエイトした紐を通して、おもりを作った。これを竹もどきの筒の真ん中にくくりつけると、簡易測量器の完成だ。これと財布に入っていた千円札があれば準備完了。登山には一緒にいけないドージさんを誘って山のほうへ向かった。
山へ向かう地面はなだらかなので、かなり歩きやすい。途中立ち止まって、筒を覗いて山の頂上を見る。千円札の真ん中をいい感じに折って筒と地面の角度を測る分度器にすると、それで紐と筒の角度を測った。
うーん。もう少し先まで歩こう。
さらに歩くと、筒を通して頂上を見ると、ちょうど筒が地面に対して30度上を向く地点になった。
よし、ここが基準だ。
近くの石を積み上げて目印にする。
そこからドージさんと歩数を数えながら、山に向かって一直線に歩く。近くにだれもいないので、僕の歩幅とドージさんの歩幅は全く一緒だ
時々、筒で頂上を覗く。
よしここだ。ここがちょうど筒が地面に対して45度になる地点だ。ドージさんと歩数を確認するとほぼ一緒で、さっきの目印から740mくらいだった。この二点間が大体水平だと仮定すると…頂上の標高は1000mくらいなのか。
桜島よりちょっと低いくらいの感じだね。
桜島かあ。火も噴いてるし、じっくり見ると富士山より雰囲気似てるかも。この世界に来た時は確かに富士山にみえたんだけどな。登りたかったからそう見えたのかな?桜島なら普通絶対登ろうとしないもんね。
しかし、今きた方向から山を見上げると、とんでもなく急峻だ。登れる気が全くしない。
ルートは別のところを選ばないとね。なんとか登れるところがあるといいけど。
そこまで見てから、一旦村に引き上げた。
他にも溶岩のキューブを運ぶ甕の選定をした。甕の中に溶岩のキューブを入れると、熱で割れちゃう可能性があるけど、これ以上に耐熱性がありそうなものが他にない。いろいろ考えた結果、山の近くに行ってから、火山の石を入れることにした。おそらく火山の石は多孔質で熱を伝えにくいだろうから、溶岩のキューブを入れても大丈夫でしょう。火山灰を下に敷いてもいいかもしれない。溶岩のキューブはそんなに大きくないから、小さめでできるだけ頑丈な甕を選んだ。
また、村にあった貴重な木の板を使って、スコップ的なモノを作った。頂上に行くのは僕一人だけど、半径1キロ以内には誰かにいてもらわないといけない。火口から1キロは何か飛んでくる可能性大だから、穴を掘って退避してもらうしかない。理想的には防空壕みたいな洞窟があればいいけど、そんな都合よくはいかないだろう。地面を掘るしかない。
最後に、登山ルートを決めることにした。
斜面が急すぎて、山に正面から登る事は出来ない。山の右か左のどちらかを選んで、出たとこ勝負でルートを探るしかない。登山道なんてないだろうし。
でも右か左、どっちに行くべきなんだろう?
食料のことを考えて、できるだけ少ない日数で帰ってきたいから、悩ましい。
どうしようか悩んで、ララナさんに相談することにした。なんとなく占いとかできそうだし。
「今度の登山で迷ってることがありまして。ララナさんは、右のルートと左のルートのどちらを行くべきだと思いますか?」
『わたくしには、登山のことはわかりかねますが、完全救世主召喚マニュアルによりますと、このような時に唱える呪文のステップがございます』
「え、なんですかそれ?」
『マニュアルの文字が特殊で、音しかわかりません。完全に正しいかはわかりませんが、再現させていただきます』
「よろしくお願いします」
『では…。“コウイウトキハミギヤダイチャン” わたくしには意味が分かりませんが、お分かりになりましたか?』
…。これ完全にアストリア様がマニュアルにかこつけて伝言してきてるよね。え、マニュアルどうなってるの?
「い、意味はなんとなく分かりました。一つ質問なんですけど、マニュアルって本じゃないんですか?」
『広い意味で本ではあります』
そういうと、ララナさんはマニュアルを取り出してきた。
『ですが、実際は魔道具の一種ですわ。必要な場合に、新しい文章が浮き上がってくる本のようなものです。このように白紙のページがございまして、ここに新しいステップが記載されます。最後のページまで埋まると、完結なのかもしれませんね。ですが、まだたくさんページはございますので、わたくしもいつマニュアルのステップが完結するか分からないのです』
そうか。じゃあ、マニュアルは体のいいアストリア様の伝言板じゃん。まあ、神様と直接やり取りできると思えばありがたい…のか?
『あ、新たなステップが現れましたわ。これも呪文ですわね。唱えさせていただきます。
“ソウイウコトヤダイチャンワルイヨウニハセンデ” 相変わらず意味は分かりませんわ。何か深遠な内容であるとは思うのですが、わたくしも修行が足りませんわね。二回の呪文に共通して現れる"ダイチャン"という音が何か重要なものかとは思いますが』
ん~。深遠ではないと思うよ。単純に神様の伝言で、大ちゃんは僕のことです。
「ララナさんありがとうございました。完全に方針が決まりました。これで明日からの登山は成功間違いなしです」
『お役に立てて光栄ですわ』
その後は、登山に向けて、メンバーに重点的に身体を休めてもらった。村を離れるから、僕の体調はララナさん、ブルオクスさん、ラヴィータさんの三人にかかっている。
そして、出発の朝が来た。
ドージさんを筆頭に、村のみんなが見送ってくれた。
「行ってきますドージさん」
『お気をつけて。ララナさん、何かありましたら、光弾を空に三回打ち上げてください。必ず駆けつけます』
『お任せください。でもそのようなことにはなりませんわ』
僕もそう祈ってます。
「では、出発!」
こうして僕たち四人は山に向けて歩き出した。




