貴族が使うっていう水道ってやつを作ろう
村の入り口に着くと、ララナさんが出迎えてくれた。
『救世主様、どうでしたか』
「おかげさまで、いい水が採れましたよ」
『わたくしは何もしておりませんが?異世界では何かそのような言い方をするのですか?でも、いい結果になって何よりですわ』
あ、そこに引っかかるのか。意外に翻訳も万能じゃないのかも。
「とにかく水は採れましたので、水汲みが必要なくなりました。ところでこの水のキューブはどこに置けばいいですか?」
『それでしたら、まずは祭壇を立てまして、そこに…』
『まてまて、これはこれまで水汲みに使っていた甕を広場の真ん中に置くから、その上に置く』
あわててブルオクスさんがとめた。
せっかくとってきたのに、置物にされてはたまらない。
ん、でもまてよ。それじゃあ不便じゃない?だってみんな水が使いたいときに広場の真ん中までこなきゃいけないってことでしょ?
見た感じ15軒くらい家っぽい建物があるから、各家に一つあったほうが便利じゃない?
「ブルオクスさん。甕って何個ありますか?」
『ん?甕なら、水汲みに使ってたものだけで50以上はあるぞ』
「じゃあ、各家に一つは余裕でありますね。小さい水のキューブを家の数だけ創造するので、個別に使えるようにしましょう。今日とってきたのは、一番水の使用量が多い家に置きましょう」
『いやいや。水のキューブを作ってもらえるのはありがたいが、また川に行くのは危険だ。今回は水に入っているうちに上流から石が流れてこなかったからよかったが、あの時に事故があってもおかしくなかったんだ。俺たちにケガがなかったのは単純に運が良かっただけだ』
「大丈夫です。川はもう関係ありません。今とってきた水のキューブを手本に創造するので危険はありません」
『そんなことが出来るのか。ではぜひやってくれ!聞けみんな!家の中に井戸が出来るそうだ』
『こりゃ畑の水やりも楽になる』
『これって帝国の貴族様が使ってるっていう水道ってやつじゃないか?』
まわりから歓声が上がった。
喜んでもらえるならよかった。
今日の水キューブで分かったのは、一日にクリエイトできる重さの限界が1キロくらいってことだ。10センチ角の水の立方体はちょうど1キロだからね。
ということは、3センチ角の水キューブなら一日で全家分を余裕でクリエイトできるってことだ。
3センチ角でも、水を出しっぱなしにすれば一戸分には十分だろう。ミノタウルス族には大きいのを渡すし、足りなければ順次クリエイトしていけばいい。
思ったよりすぐにできるな。
そうだ、小さいキューブも作って、ララナさんの祭壇用にしよう。
まあ、作るのは明日じゃないと無理だけどね。
「では、この水のキューブはとりあえずブルオクスさんの家に置かせてもらいます」
『そういえばミスリルも見つけたんだ。運の良さも救世主様だな』
そうだった。ブルオクスさんがくっついてたミスリルも見つけたんだった。たしかララナさんがぼくの家においてくれた照明もミスリルがどうとか言ってたな。どうせだから聞いておこう。
「ララナさん。そういえば、ぼくの家にある御神体も、ミスリルを使ってるって聞いたんですけどあれどうなってるんですか?」
『御神体が光っている理由ですか?それはまず、この世の成り立ちからお話ししなくてはなりませんね。まず、この世には全能の神がいらっしゃいまして、世界の開闢の際に、光と闇と混沌を所望され…』
「いや、そうじゃなくて、どうやって光ってるのかなって」
『それでしたら簡単ですわ。御神体には薄くミスリル箔が張り付けてありまして、そこに魔石を埋め込んであります。魔石には光魔法を刻印してありますので、わたくしがそばにいなくとも光が出続けております。刻印してある光魔法は、単純な“月光の魔法”ですので、御神体は今後もしばらくは光り続けますわ』
なるほど。魔石があれば、術者がいなくても魔法が使えるんだ。便利だ。ということはあの御神体は、懐中電灯なんだ。ミスリルが魔力の電池で、魔石が電球ってことか。
『御神体の魔石は小さいですので、“月光の魔法”程度しか刻印できませんが、わたくしは光魔法について多少は自信がございますので、ご所望であればお申し付けください』
「そうなんですか。どんな魔法が使えるんですか?」
『この楽園でよく使わせていただいているのは“癒しの魔法”ですが、これはケガや病気の時に使います。楽園とはいえ、皆さんもケガはされますから』
これぞ光魔法って感じのやつだな。この島で、ケガ人や病人を見かけないのは強力な治療魔法があるからか。みんなが平均的に病気だと、ぼくも病気になるからこれはありがたい。
『他は光に関するものでしたらほぼ何でも可能かと。そうですね。救世主様のお召し物が多少湿っているかと思います。よろしければ、“太陽の魔法”を使わせていただけますか?』
「ぜひお願いします」
『それでは目を瞑ってください』
そういうとララナさんは、何かを唱え、手をこちらにかざした。あわてて目を閉じる。
すると、ゆっくりと身体が温かくなってきた。目を閉じていても、瞼を通して光を感じる。夏の太陽が体にあたっている感覚だ。たぶんララナさんの手が太陽並みに光ってるんだろう。直接は見えないけど。
『…もうそろそろ、乾いたかと思います』
ララナさんがそう言うと、瞼を通して感じていた光がなくなった。
服が完全に乾いている。
「すごいですね。太陽を感じました」
『光栄です。残念ながら未熟者のわたくしでは、この“太陽の魔法”は一日程度しか使えません。冬中使えれば、この島を常夏にすることも可能なのですが』
「こんな強い光が出せるなんてすごいですよ」
太陽と同じ光が出せるなんて、十分すごいと思うけどな。
『ありがとうございます。今後も精進いたします。それでは、水のキューブをブルオクス族長の家まで安置しに参りましょう』
皆で歩き出すと、ララナさんから離れたところで、後ろからブルオクスさんが話しかけてきた。すごく小声だ。
『救世主様に勘違いがあるといけないから、念のため話しておきたい』
ん、なんだろう?
『ララナが御神体はしばらく光るって言ったが、それはエルフの基準でだ。エルフの言うしばらくは、俺たちの曾祖父さんが使い始めて、俺たちの曾孫の時まで光らせ続けてようやく消えるかどうかくらいの長さだ。俺は御神体にも触ったし、間違いない』
え、そんなに長いの?エルフはこの世界でも長命なんだ。ミノタウルス族が短命だとは思えないから、数世紀単位で光りつづけるんだろう。え、でもそれだと、前の世界で言うところの原子力位のエネルギー密度にならないか?
『あと、あの“太陽の魔法”だが、あれはもともと帝国軍が夜襲をやるときに、敵の軍団すべてに目くらましするための魔法だ。熟練の魔法使いが3人がかりでようやく1秒維持できれば上出来っていうくらいの上級魔法。膨大な魔力が必要だからそれ以上は出来ないんだ。一人で一日中使えるなんていうのは、帝国広しといえどおそらくララナだけだ。俺はララナの心臓が全てミスリルでできていても驚かない。つまりその、ララナ以外ではあのレベルの魔法は使えないから期待しないでほしい』
そうなんだ。たしかに手のひらからあんな強烈な光を出せるなんて、そうそうできることではないだろう。
それにしても、やっぱりララナさんはすごい人なんだな。帝国もララナさんを仲間にしたほうが得なんじゃないかと思うけど、宗教が絡むと難しいんだろうな。
そうこうしていると、ブルオクスさんの家に着いた。
どこで聞いたのか、村のみんなも集まってきている。
ララナさんが振り返った。
『それではブルオクス族長。水のキューブの安置を行います。安置する場所をお教えください』
『そうだな。じゃあ、この一番大きな甕の上に置いてもらおう』
そういうとブルオクスさんは、家の中の一番大きな甕に板を渡して、その上を指さした。
『そうですか。では清めの儀式を行います。皆さま、わたくしに魔力を集中させてください。救世主様はそこにお立ち下さい』
ララナさんがそう言うと、みんながララナさんに向かって手をかざした。
あ、魔力って人に渡せるのか。
ララナさんは、甕に向かって手をかざし、なにか詠唱した。
すると、手が青白く発光した。
かなり強烈だけど、見て大丈夫かなこれ?ちょっと目を細める。
清めの儀式って言ってたけど、この魔法はなんだろう?
見たまんまならこれは紫外線だろう。
だって前の世界で見た、トイレにあるハンドドライヤーの光と一緒だもん。
『皆さまありがとうございます。それではブルオクス族長、安置をお願いします』
ブルオクスさんがうやうやしく、水のキューブを甕の上の板に置いた。
『滞りなく安置が終わりました。救世主様と神々に感謝してこの楽園をよりよくしてまいりましょう』
『よし。じゃあ早速使うか。ちょっとあれ持ってきてくれ』
ブルオクスさんがそういうと、ミノタウルス族の一人が、竹の筒みたいなものを持ってきた。
ブルオクスさんがそれを水のキューブに挿すと、水が勢いよく流れだした。甕に透明な水が溜まっていく。
『あふれさせないように気を付けないとな。これで、これまでの水汲みとはおさらばだ。これだけ水の勢いがあるなら使う時だけこの筒を挿すっていうほうがいいかもしれんな。いや、むしろ甕を増やして…みんなちょっと来てくれ』
そういうと、ブルオクスさんは他の人たちを集めて話し合いを始めてしまった。
あ、もう儀式終わった感じでいいんだよね?
ララナさんは、ニコニコしてるだけだし大丈夫でしょう。
それにしても、水の問題が何とかなりそうでよかった。水はサバイバルの基本だしね。
となると、次はどうしてもあれが欲しいな。
いい機会だから、みんなに伝えておこう。誰かと一緒にいかないといけないし。
「あ~。皆さん、ちょっと聞いてください。今日の水キューブ確保お疲れさまでした。ただ、明日から僕はもっと重要なことをしたいと思います」
『何ですか?救世主様』
一番近くのララナさんが反応する。
「僕は島の中心に見えるあの山の頂上に登ります」
『『『いや、無理ですわ(だぜ)(でしょう)』』』
あ、やっぱりそういう反応?




