異常値な人生の終わり。そして平均的な異世界転生。
平均的な人生を送りたかった。
僕は今年で30歳だけど、病気でもうすぐ死ぬ。
平均的な日本人は80年以上も生きるっていうのに、その半分にも満たない。
しかもこの病気は10万人につき0.1人しかかからない病気なんだそうだ。とても平均とは言えない。
思い返せば、異常な不幸が重なった人生だった。空から落ちてきた亀が足に当たって、小指の骨が折れたこともあったし、「死んだら頭蓋骨を俺に譲ってくれ!」っていう変な人にしつこくからまれたこともあった。平均的な人だったらこんなことないんじゃないかってことが起こり続けた一生だった。宝くじに当たるとか、埋蔵金を掘り当てるとか、そういう良いほうの異常事態は一つもなかったのに。
もちろん、不幸なだけの人生じゃなかったけどね。両親には恵まれたし、10代の時は健康だった。
ほら、富士山だって登ったことがあるしね。
うれしくて「富士山登頂証明書」も作っちゃった。
この証明書に自分の「鈴木大輔」っていう名前を書けたことが、自分の人生で最も幸せな時だったかもしれない。
まあ、下山の時に落石があって、危うく死にかけたんだけど…。
それはともかく、いつかまた富士山に登ることが夢だったんだ。
でもそれは、残念ながら果たせそうにない。
いつでも富士山にいけるように病室に飾り続けた登山装備が、なんとなく悲しそうだ。
それに比べると毎日手に取っていた統計の本たちは生き生きとしてる。
病気になってからは毎日やることがないから、ひたすらいろいろな数字を見ていた。
どうやら僕には数字を眺める趣味があったみたいだ。
農業の統計や商業の統計、工業の統計。自分が体を動かして働けないからこそ、統計分析みたいなところで役に立てたらという思いもあったのかもしれない。
平均的な人生にこだわるのも統計好きが影響してるのかも。
年に二回は旅行に行き、月に一回以上は飲み会に参加し、80年以上生きる。
そんな平均な人生が望みだった。
もし転生できるなら、次は平均的な人生を送りたいな。
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気が付くと、目の前に恰幅のいいヒゲを生やしたおじさんがいた。後ろからかなり強い光が差していて、はっきりとは見えないけど、神々しい雰囲気だ。
「わしは全能の神、アストリアと申します。本当はアストリア オプティマじゃけど、呼び方はアスちゃんでいいで。ところでダイちゃん悪かったね!」
え、あ、ダイちゃんって僕のこと?神様なら僕の名前を大輔って知ってるのは当たり前かもしれないけど、こんな気やすい感じで接してくるのはびっくりだ。もっとこう、重々しい感じじゃないの?本当に神様なのか?
「これね、ワザとじゃないんじゃ。ワザとじゃないんじゃけど、チョットだけ設定を間違えて、ダイちゃんに異常な人生をおくらせちゃったんじゃ。家に二日連続で隕石が落ちてくるなんてありえんよ、普通。わしのミスで悪かった。申し訳ない」
ああ、あったなそんなこと。隕石が二日連続で落ちてくるなんて、何を見ても確率的にありえなさそうだったけど、まさか根本的に設定がくるってたとは…。まあ、小さな隕石だったし、隕石のかけらも一つもらえたから、悪いばかりじゃなかったんだけど。でもあの事件を知ってるってことは本当に神様なのかも。
「で、ものは相談なんじゃけど、次は異世界で平均的な人生を送らせてやるから、それでチャラってことにしてもらえんか?悪いようにはせんで。」
あ、そういう相談?それなら僕もうれしい。平均的な人生ならまさに僕の希望通り。異世界っていうところが気になるけど、まあ大丈夫なんでしょう。
「ありがとね!じゃあ早速、平均的な人生を異世界で送ってもらうわ」
そういえばさっきから全く声を出していないのに、意思が伝わってる。やっぱりこのおじさんは神様なのかも。
「そうなんじゃて。わしは全能の神なんじゃて。じゃあ早速、異世界転生の説明をするわ。平均的な異世界転生をさせるために、わしがどれだけ異世界転生ものの小説を読み込んだことか。本当はダイちゃんが前世で死ぬときもトラックに轢かれるのと迷ったんじゃけど、僅差で病死が多かったからそっちにしたんじゃ」
ここにきて単純に物騒な話。トラックに轢かれなくて本当に良かった。読み込んだ異世界転生小説が病死に偏っててくれて感謝。いや、感謝するところか?というか前世にまで影響を及ぼせるなら、前世の段階で何かしてくれてもよかったような。
「まあ、ええやん。こっちにもいろいろあるんじゃ。で、能力の説明なんじゃけど、平均的な異世界転生者は言葉で困っておらんかったから、自動翻訳はついておるぞ。異世界のどんな言語でも理解できる能力じゃ。長さや重さの単位も全部日本式に変換してくれる優れもの。それとステータスって言うとステータスが見られるっていうのが平均的じゃったからそれもつけておいたぞ。これがいわゆる初心者パックらしいんじゃ。ためしにほれ、ステータスって心のなかで言ってみんしゃい」
じゃあ、ステータス。あ、目の前に画面みたいなのが出てきた。
【名前:ダイスケ スズキ 種族:ヒト 職業:平均的な異世界転生者 固有スキル:クリエイト(平均)】
え~。神様? 平均的な異世界転生者って一行で矛盾してませんか?異世界転生者は何人もいるんですか?
「まあ、異世界転生者はお主以外おらんけど。細かいことはいいんじゃ。わしが思う平均じゃ。あと、画面で見えてると思うが、スキルをもって転生っていうのが平均じゃったから、モノを作れるスキルをつけておいたぞ。クリエイトと心のなかで言うと、平均的なものが作れるスキルじゃ。まあ、異世界に現代の日本人が行って、何も作れないと不便じゃからな。このスキルは転生後に使ってちょうだい」
平均的なモノが作れるっていうのは嬉しいけど、できれば平均よりいいものが作れるとありがたいななんて思ったりして…。
「平均的な人生が良いんじゃろ?じゃあ作れるものも平均じゃ。だいたいクリエイトと念じるだけでモノが作れるんじゃから、十分便利じゃろ。まあ悪いようにはせんで。服装もお主のお気に入りにしとくで。じゃ、転生いってみよう」
ちょ、心の準備が。
そう思う間もなく強烈な光が出現し、それがおさまると目の前に美しいエルフがいた。
どうやら僕は本当に異世界転生したみたいだ。