神和師の見聞録1―2
煌河の家は、村から少し離れた森の中にあった。
近くに大きな湖があり、村に流れてる川の源だと思われる。
……ここは、村人達が儀式に使う場所なんじゃないか?
「俺を生贄にする訳じゃねーよな」
「…何言ってるんですか?そんな事する訳ないですよ」
水香蛍が煌河の周りを覆っているせいで、目がチカチカするぜ。
「水の気配を弱めることは出来ないのか?」
すると煌河は小さくため息を吐いた。
「あなたに私が見えてる時点で、正体を隠すのは諦めました。ですが、力を弱める事はできません。村に水害が起こってしまうので」
どういう事だ。
「やはり煌河は川の神なんだな。だが、なぜ力を弱めると水害が起こるんだ?川の神なんだから、水は自由に操れるだろ」
村に流れる川の神は、煌河なのだから、村に水害を起こしているのも煌河じゃないとおかしいだろう。
「水害を起こしているのは、私ではありません」
「煌河じゃなければ、誰が起こしてるんだ」
「この村で生贄にされてきた、娘たちの無念の塊です」
煌河の話によると、長い年月をかけて凝り固まった念が、形を成し、村を襲おうとするらしい。
「私は、村人たちの祈りで生まれた存在ですが、発生したばかりで、念を抑えることしかできないのです」
まだ力の弱い神なんだな。
「苦労してんだな。俺は風の噂で、この村が生贄の儀式をしてるって聞いてな。生贄を要求する神がいるなら鎮めねーといけねーって来てみたんだ」
しっかし、煌河はそういう神じゃねーときた。それなら無念の塊とやらを浄化して、儀式を辞めさせないとな。
「儀式はいつやるんだ?」
「それが、あと7日後なんです。しかもこはるが生贄に選ばれました。」
「まずいじゃねーか。どうするんだ?」
「勇水さんにお願いがあります。こはるを連れてこの村を出てください。私は彼女が生贄にされるのを黙って見ていたくありません」
「煌河はそれでいいのか?俺が嬢ちゃんを連れて行けば、お前は二度と嬢ちゃんに会うことはできなくなるぞ」
煌河はこの山から遠くに行けない。この山の川の神だからな。
「覚悟はできています。あなたが村を訪れなければ、私がこはるを村から出していました」
うーん、嬢ちゃんを助けるのは賛成だが、俺の目的は、儀式をしないといけない原因を、解決することなんだよなぁ。
「それなら1つ提案があるんだが、聞くか?」
それから7日後。儀式の日が来た。
こはるを乗せた山車が、大きな湖に近づいていく。
湖には無念の塊が浮かんでいる。
「花嫁行列みたいだな」
「花嫁行列なんですよ。生贄の娘を、川の神に嫁がせるという意味にしてるんです」
「なるほどな」
俺達は、今空を飛んでいる。煌河が人化を解いて、龍に戻り、俺を乗せて飛んでるからだ。
こはるが山車から降り、村人がそれを囲む。
湖の中程まである橋にこはるが移動する。
同時に無念の塊も動き出した。
俺は銃を取り、狙いを定める。
銃弾の音が響く。
「やっべ、外した」
そういや、こんなに遠くから狙うのは初めてだったな。
「何やってるんですか!真面目にやってください!」
「思った以上に動きが早い」
素早く動く的に当てるのは至難の技だぞ。
「あ、こはるの所に!」
取り憑こうとしてるのか?
「まずい!」
素早く祈祷水玉を銃に詰める。そうしてる内に無念の塊が、嬢ちゃんに取り憑いた。
「すまん、嬢ちゃん」
パァーン!
「こはる!!」
煌河の龍体が、激しく揺れる。
「こはるは、普通の人なんですよ!?銃で撃ったら無事では済みません!」
「大丈夫だ。この弾は人に害をなさん」
「でも衝撃はあるはずです。見てください、倒れてしまったじゃないですか!」
儀式の会場での出来事だった。
一度死んだと思われたこはるは、また生き返ったことで、村人達に奇跡をなせる人だと認識された。
「7日前に、勇水さんに伝えられてなければ、私は村の為に、生贄になろうと思ってたんですよぉ」
こはるの言葉に、俺は7日前に伝えた事を思い出す。
「煌河が川の神で、水害を起こそうとしてるのは別の存在だという話だな」
こはるはウンウンと頷く。
「それから、勇水さんが儀式の時に、あの黒い塊を倒してくれるって言ってくれたのも嬉しかったです」
「嬢ちゃんは、やっぱり観ることができる人間だな」
無念の塊も、黒い塊と認識してるからな。煌河が見えてることからしても、神和師としての素質が伺える。
「私、他の村の人には、煌河さんが見えない事、知らなかったんですよぉ。知った時は驚きました!」
「嬢ちゃんは、このまま村で暮らし続けるのか?」
観る素質を鍛えれば、神和師として生きていけるだろう。そうすれば、好きな所に行くことができる。
「はい!ここには煌河さんが居ますから。それに、村の人たちは私の事を奇跡の人だと有難がるんです……」
「そうか。まあ、ここに居るのが幸せなら、結構なことだな」
無念の塊も鎮たことだ。そろそろ村を出て、俺の目的も達成しにいきたい。
はてさて、どこに存在するのやら。
「勇水さん」
「煌河じゃねーか。どうした」
村を出ようとしたら、煌河が話し掛けてきた。
「ありがとうございました」
「いいってことよ」
俺も、龍の背に乗るっつー、貴重な経験ができたからな。
「最後に1つ聞いていいですか」
「おう、いいぞ」
「あなたは何者ですか?あなたも人ではありませんよね」
フッと苦笑いが込み上げる。やはり、分かってしまうものか。
「さぁな。俺は人だと思っているよ。老いないだけさ」
俺の母は人ではなかったらしいがな。
「それじゃ、また会おう」
ーーーーー「村娘と川の神」完ーーーーー