女子ふたりの知られざる気持ち 2
推し活を決意してからというもの、苦手な男子と急接近するという困惑展開に恵まれているらしい…。
「蒼井依さん。実は前からいいなって思ってて…。よかったら俺と付き合ってほしいんだ」
その人は隣のクラスの男子だった。言葉は悪いがごく普通の男子といった感じで、それだけ言って私の返答を待っている。
困惑中の私と彼の間に一瞬の沈黙が流れる。
「ごめんなさい。お断りします。でも、こんな私を好きになってくれてありがとうございます」
いくら男子が苦手だとしても、やや長いセリフだったがこれだけは言っておきたかった。
「そっか、わかった。あーあ、クールな美人を落としてみんなに自慢したかったなぁ。じゃあ」
彼は何事もなかったように、ダメージゼロの雰囲気すら漂わせながら私から離れて行く。
私は彼の背中をじっと見つめ、彼が言い放った言葉に対し、心の中で返答する。
『いいえ。一見クールだと勘違いされがちだけど、人に媚びを売る方法がわからない不器用な人間ってだけだし、美人って自分では認めてませんよ』
正直者の彼に悪気はなさそうだが、非常に残念な感情を抱いた。
余計な言葉の吐露は、その人の格を下げる。
余計なお世話だが、彼がこのことに気付く日がいつか来るのだろうか。
それにしても、どうしてこうも神は私に試練を追加してくるのか。
いいえ、違う。最近の異常事態は、自ら招いているのだから手に負えない。
いつもと変わらない、刺激のない生活を変えたいがための、一か八かの策だった。
推し活やあの推し友との今後を想像すると、正直後悔しかない。
来夢とあの推し友二人と明日(土曜日)、会う約束をしていたことを思い出す。
男子と休日に会うのは、相当気がひける。
せめてプラスなことを考えて明日に臨もう!
例えば、彼らを目の保養要員だと思えば、少しは気持ちが楽になるのではないだろうか。何を言われても、わりきって苦笑いで流せるかもしれない。
試してみるだけ試してみようじゃない!
…あーあ、それにしてもなんだか窮屈だなぁ。自由を束縛されているような感覚になるのは、結局自分のせいなのに…。
恋愛にはまるっきり興味がないし、無縁だと自分に言い聞かせる日々。
しかし実のところ、これは間違っていると白状しておく。
恋愛に興味がないのではなく、ある特定の人物以外は興味がないのだ。
だから、ほぼ大半の男子が苦手だし、興味がないということになる。
要するに、特定の人物限定で興味はあるのだ。
心に秘めた想いーー。
誰にも言えない独特な恋愛観。
なぜか想い人は、定期的に私のもとに現れる。
誰なのかわらないけれど、これまでの人生で感じたことのない、泣きたくなるほど切なく、愛しい人。
彼との出会いは、突然ではなかった。
いつからかはわからないけれど、物心ついた幼少期から、私のもとに時々現れてくれる特別な存在だった。
朝になると、枕が濡れるほど泣いて起きる。
パジャマの胸元を握り締め、”お願い、私の心臓。おさまって!”
ゆっくりと深呼吸を繰り返すことで、いろんな複雑な感情を、今日もうまく整理する。
それでも”内緒の密会”は、私にとって”宝物”のようなひとときなのだ。
彼に会えるのは、夜しか許されない。なのに、いつ現れるかは彼の気まぐれらしい。
いくら彼を恨んでも、それは愛しさでしか変換されない。
その上、彼への多くの疑問が私を苦しめる。
ずっと待っていても、現実に姿を見せない彼は一体誰?
どうして適度に現れて、こうも私の心を独占してしまうの?
毎回後ろ姿しか見れないのに、彼に恋い焦がれて泣いてしまうのはなぜ?
どうしたら彼は振り向いて、私に顔を見せてくれるの?
どうしたら彼に触れられるの?
執着してるのはどっち?彼?私?
現実を理解した瞬間、決まって虚しさに襲われ、彼を恨み、それでもまた現れてくれたら嬉しく思う。
この世で会うことは、叶わぬ夢物語だとなんとなくわかっているくせに、私は彼に不可能な要求をする。
私を不憫な少女だと思うのなら、すぐにでも私の目の前に現れてよ!どうしようもなく恋しいから。
だけどその願いは叶わない。恋愛したくても成立しない。
なぜなら彼とは、私の夢の中でしか会えないのだからーー。
天使のような”静”を纏った、優しく落ち着いた雰囲気の彼は、きっと少しだけ年の離れた”お兄さん”だと確信していた。
”ねぇねぇお兄さん。今夜は現れてくれるの?”
こんな風にいつも私は心の中でのみ、あのお兄さんに一方通行な言葉を発する。こうすることで精神が安定するのだ。本当、信じられないほどに。
あの骨張っていて、肩幅の広いお兄さんが振り向くか振り向かないかの瀬戸際。横顔とまでもいかない、遠慮がちに伏せた目とすっと通った鼻筋を印象的に私の瞳に描写する。
そんな哀愁を見た瞬間から、私の心臓はぎゅーっと痛みを伴った。
それから幾度となく繰り返される心臓の痛みに、私は猛烈な恐怖心を抱くも、気付かないふりをする。
そうすることで、私は得体の知れないお兄さんに惑わされずに過ごせると思ったのだ。興味を抱いても、近づく術はないと落胆していたから。
それでもお兄さんは、何度も自分の存在を主張してくる。ただそれだけ。
もちろん正体を明かすことも、言葉を交わすこともない。
会いたいのに現実には会えないのなら、いっそ会わない方がいいという矛盾した感情を、どうコントロールすればいいのかわからない。その結果…。
”ねぇねぇお兄さん。今夜は現れてくれるの?”
またも想いは振り出しに戻り、ただただ願ってしまう。
こんな日々を繰り返していることなど、誰も知る由もない。
願いが叶って夢で会えたとしても、苦しく泣いて、枕を濡らす。
このままずっと、そんなもどかしい夢を見続けるのだと思っていた。
この世で会うことは、きっと叶わぬ夢物語なのだと。
毎日夜空の星たちを眺めることと、定期的に知らないお兄さんに夢で会うこと。これが私の、心落ち着くひとときなのだーー。