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僕だけの星 4

 7月7日ーー。

 今日は初めてお客様に花束を見繕みつくろった。

 笑顔が絶えない素敵なご老人夫婦が来店し、お孫さんの誕生日祝いのブーケを贈りたいということで、お孫さんと同じ年頃の私にご用命いただいたのだった。

 ご希望のブーケのコンセプトはとても簡素で、”最近の若者が好みそうな花”。

 悩んだ末に完成したのは、トルコキキョウをふんだんに取り入れたパステルカラーでボリューム満点なブーケ。夏の暑さに強く、花持ちが良い上に茎が痛みにくいというトルコキキョウの性質を考慮して作成することができた。

 そのブーケを大変気に入っていただいたご夫婦に、もう1束オーダーをいただいた。

「私たちにも同じブーケを作ってくださらない?」

「はい。喜んで!」

 私は日々、就寝の1時間前に花について勉強するように心がけている。

 将来お花屋さんに就職できるよう、今頃から花の知識を習得しようと努力を惜しまなかった。


 バイト帰り。碧のケガがだいぶ回復してきたということで、久しぶりに池に立ち寄り、ともに星鑑賞を満喫する。

 池には碧がいなくなった前日に立ち寄って以来、当分の間は訪れることを控えていた。

 夜空いっぱいに輝く星たちの歓迎は、私たちの心に癒しをもたらした。

 碧の特等席である、大きな木。そこに当然のように座り込んだ碧は、私に手招きをし、隣に座らせた。

「依様、今日は一段と星が綺麗だと思いませんか?」

「今日は織姫と彦星が一年に一度会える日だから、きっと星たちが綺麗な舞台を作ってあげたんじゃないかなぁ」

「ロマンチストですね」

 わざとらしく得意げに笑う私に、碧は懐かしい話をし始めた。

「依様は覚えていますか?僕が以前自分のことを彦星だと言ったことを」

「もちろん。強烈だったから忘れることなんてできないよ」

「本当のことを言うと、僕は彦星ではありません」

「でしょうね。わかってるよ」

 碧は私の手を握りしめた。とても暖かい温度が私に安心感をもたらす。

「あの時はこうやって簡単にあなたに触れることができませんでした。だから彦星すら羨ましいかったんです」

「…え?なぜ?」

「みんなが悲恋だとあわれむ彦星にすらなれないのだと、僕はずっとなげいて生きてきたんです。前世で犯した罪の代償だから自業自得なのですが、一年に一度愛する人と触れ合える彦星になることすら憧れてしまったがゆえの突拍子もない発言でした」


『俺は彦星なんだ』ーー


 ようやくあの時の発言理由をなんとなく理解した。

「やっぱり碧は可愛い人だなぁ」

「彦星に憧れたことがですか?…そう言えば今日、来夢がMETEORの太郎を可愛いと連呼していたことを思い出しました」

「推しは尊いからね。碧は気付いてる?私にとって碧は最高なパートナーであって、私の推しだってこと」

「え?推し…でもあるのですか?僕が…?」

「そうだよ。私がMETEORの何が好きで推し活に精を出してるか、忘れたの?」

 すぐに思い当たった様子の碧は、若干目を見開き、私を見据えた。

「あ。歌詩だ。メンバーではなく、言わば歌詞が推しって言ってましたよね」

「うん。METEORの歌詞を書いてるのは覆面ふくめん作詞家である碧なわけだから、私の推しは碧でもあるよね」

「はい。依様の恋人以外にも肩書きが増えて、とても嬉しいです」

 うつむき加減でハニカみつつも、素直な気持ちを表現する碧にときめいてしまった。

 よって、無性に抱きつきたい衝動をこらえるため、私は一旦碧に背を向けた。視線の先にあった紙袋に大切なものをひそませていたことを思い出し、呼吸を整えたあと、それを碧に手渡した。

「素敵なブーケですね。もしかしてこれが、先程言っていた”パステル天国花フィーバー”という名のブーケですか?」

「うん…」

 そうなのだ。ブーケを好評いただいた結果、店長さんから面白すぎるダサめのネーミングのブーケが誕生したのだった。

 さらに店頭でのセールス文句に、”当店一押しのブーケ”とかかげられることになった。

 たった一日で一気に人気者になってしまったアイドルのような気持ちになったことは、誰にも言えない…。

「綺麗です。とても」

 噛み締めて言ってくれると思ってはいたが、いざその瞬間を迎えると、どうしようもないくすぐったい気持ちを味わう。

 碧はそのブーケを胸に抱きしめ、はぁ〜…と安らぎのため息を吐きながら、体重を預けるように木にもたれた。

 そして瞳を閉じ、仏のような優しい表情で風を感じている。

 この光景は、突然デジャビュのように思い出された。以前もこの場所でこの光景を見た記憶があった。

「前もそうやって風を感じてたよね。それと、初めて話した教室の窓辺でもそうしてた。気持ちよさそうに」

 碧は木にもたれたまま前を見据えたのち、体を起こし、確信を得たような強い眼差しで私を見つめた。

「僕は最優秀男優賞をもらえますね」

「え?」

「依様。あなたは僕に騙されたんですよ」

「それはどう言う意味?」

 まったく意味が分からない。

「目をつぶって気持ちよさそうに風を感じるしかなかったんですよ。こんなふうに依様をじっと見つめてしまいそうだったから。内心は気持ちがいいどころか、すごくモヤモヤとした気持ちがくすぶっていました」

 そんなことなどつゆ知らず、あの時私はそんな碧に見惚れてしまっていたのだ。これも内緒にしておこう。

「知っていましたよ。ここで目をつぶっている僕を、依様がじっと見つめてくれていたことを」

「えぇーっ!?」

 バレていないと思っていた。わざわざ碧に隠れて小屋まで行き、その美貌びぼうをとくと堪能していたことなど…。

「時々風を感じているフリをしながら薄ら目を開いて見ていましたから」

 やられた…。

「どこまでも碧は私のことをお見通しなんだね…」

「もちろんです。大好きな人ですから」

 ありふれた言葉だけれど、しみじみさが伝わり、心がおどる。

「そのセリフの言い方、最優秀男優賞ものだね」

「いいえ。これはいつわった演技ではなく、本心をお伝えしたのでその賞は不要です」


 私はいつわりのないあなたのそばで、いつわりのない愛を注いで生きていきたい。

 あの大好きな星や大好きな家族。それに、大好きな友達もいるこの世界で、あなたとの未来を歩んで行く。


 できることなら、来世でもーー。



 だけど、碧は私にこんなことを伝えてきた。

「依様。僕はあなたが運命の人だと今の時点では言いたくありません」

「…え。何を言うのかと思えば、そんなショックなことをよく言えるね」

「言っておきたかったんです。運命の人だとわかるのは、今ではなく、生涯を閉じる時ではないかと」

 それも一理あるのかもしれない。

「あなたがその運命の人であってほしい。今はそう願うだけです」

 碧らしい素直な言葉だと感じた時には、もうすでに頬がゆるんでいた。


 彦星と織姫は、遥か昔から年に一度、7月7日に会うことを続けている。

 会えない時間が長くても、変わることのない愛。

 これはもう、二人は無条件にお互いを運命の人だと認めているに違いない。

 二人が物語の中だけで存在していようが関係なく、二人の運命の恋が揺るぎない真実だと思いたい。

 碧は自身の不遇な恋から、運命に逆わず、悲恋をつらぬく彦星にすらうらやむ気持ちがあった。

 私も彦星と織姫の、悲恋でも尽きることなく続く恋を、うらやましいと今なら思える。


「あっ。依様、流れ星が」

「あ〜あ、消えるのが早くて願い事が言えなかった…。碧は言えた?」

「僕はただ綺麗な流れ星を鑑賞するだけです」

「えー。もったいない」

 碧は私の両手を握りしめ、とびっきりの笑顔を見せた。

「僕にとっての星は、前世でも現世でもあなたです。もう一度僕のもとに舞い降りてくれて、ありがとうございます」

「もう一度私を見つけてくれてありがとう。大好きだよ」

「僕も、大好きです」



 星たちが見守る中、


 私たちはずっと続くであろう永遠の愛を確かめ合った……ーーーー。



 -fin-

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