僕だけの星 3
僕はなんとしても、依を守らなければならなかった。
前世でのある恩人との約束を守るためにーー。
『僕はこう思うんだ。愛する人をこの命にかえても守り抜かないといけないって』
彼は、有言実行することができなかった。
悲観し、今にも消え去りそうな弱々しい彼だったが、僕の目を真っ直ぐ見つめ、こんなことを告げた。
『これから僕は、なんのために生を全うするんだろう。A氏、君には守りたい人はいるの?』
首を横に振る。
『じゃあ、もしそんな人ができたら、僕の分までその人のことを大事に守ってあげてほしい。約束だよ』
新たに守るべき人ができた時に、今度こそその人を守るべきだと彼に言うと。
『他の女性をあの方の代わりにはできない。僕が僕である限り、守るべき女性はあの方しかいないんだ。できることなら来世でも…』
その後も悲嘆に暮れる彼だったが、夜になると微かに生きる望みを抱いていたに違いなかった。
夜、一際光を放つ美しい星を見つけては愛しい人だとし、穏やかな表情で交信し始める。
『あなたは僕にとってずっと星です。輝くほどに美しく、手に入れたくても手に入れられない。もう二度と…』
僕はそんな彼をそばで傍観し、静かに見守ることに徹した。
君は一人じゃない。心の中でそう呟いた。
きっと彼は、星を星そのものとして見えてはいないのかもしれない。
星はもはや、愛しい人にしか見えていない。
彼の穏やかで一直線な眼差しが、その証拠だった。
現世で再び君と巡り合った。
君は前世で愛した人と再び近くにいれるというのに、現世でも不憫な思いをしていた。
君が愛した女性は愛嬌はあまりないが、魅力的な容姿のせいか男がよく寄って来る。
これ以上君を不安にさせたくない。前世でどれだけ君が僕の心の拠り所になってくれたことか…。この恩は、必ず。
「ミコトは出会った頃から俺の良き理解者なのはなんで?」
「それはね、昔碧にそっくりな友達がいてほっとけないからだよ」
「似てるのは顔?」
「顔もだけど…不憫さも」
「は?何それ」
「でも、僕がいるから大丈夫だよ」
そして、ようやく君との約束を果たす時が訪れた。
碧。依は僕が守るよーー。
***
私は友達の中で、一番ヨリリンが大好きだ。
いい意味で人に気を遣いすぎないし、媚びることもない。
だからこそ信頼できるし、唯一何かをしてあげたいと思える人。
前世では私の…実の姉であってほしい。
みんなと違って前世の記憶がない以上、妄想し放題なのがいい。
考えてみたら普通は前世の記憶などないはずなのに、依・碧・ミコトには訳ありだからか、前世の記憶がある。(そのうち一名は、前世の情景を夢で見た結果、記憶が蘇った。)
突然この妄想を、《《イツメン》》(《《いつ》》も一緒にいる《《メン》》バー)に共有したくなってしまった。
「ねえ、みんな聞いて!ヨリリンが私のお姉ちゃんだったらよかったなぁ〜って思うんだ」
「ん?いきなりどうした?」
いつも誰よりも先に反応してくれるミコトにホッとする。
「前世での記憶がない分、妄想で遊んでるの」
「面白い。いいなあ〜。僕なんてダサい名前の《《A氏》》だよ?神経使いっぱなしのボディーガードだよ?可能性が広がるから妄想できることが羨ましい。本気で」
「来夢はなんで私の妹がいいの?」
冷静に話を元に戻してくれる大好きなヨリリンは、そうやっていつも優しく聞き返してくれる。
「ヨリリンはいつもスンッてして冷静な人じゃない?だからお姉さんだったら私を理不尽に怒らず、説得力のある言葉で諭してくれそうじゃん?」
「まさにそうですね。依様は素敵な言葉を紡いでくれますし、それでいて小悪魔な言葉も魅力的です」
神様の悪ふざけという名の推し活<5箇条誓約>のせいで、ヨリリン曰く、”いけ好かない男”と化していた碧は、ようやく本来の碧に戻ったのはいいのだが…。
ボディーガード気質が抜けないからか、ヨリリン重視の言動がウケる。
「キャラ変した碧くん…。ヨリリンの小悪魔的な言動はさ、君オンリーだからね…」
「来夢。これはキャラ変ではなく、本来の僕だよ。それと来夢に言っておくよ。きっと前世の記憶がないのは、思い残しがなかったからだよ。僕は依様を守れなかったという思い残しがあったからね」
説得力のある言葉で諭してくれるのは、君も同じか。…あっ!
「ひょっとして、碧が前世で私のお兄さんだったんじゃない!?」
それでも嬉しいかも。ボディーガードのイケ散らかした硬派な兄。うん!イイ!!私の恩人かもしれない人なら、兄妹でもあり得なくはないよね?
「やっぱりいいなぁ。来夢みたいに私も常に明るくポジティブでありたい」
そう言って優しい笑みを見せるヨリリン。そして、優しい眼差しで頷く碧とミコト。この尊い親友たちが、より一層私の妄想を掻き立てる。
「私たちの前世、4きょうだいでもいいよね」
「ダメです」
碧に速攻却下された…。
***
久しぶりに夢を見た。
以前は何度も見ていた碧の夢ではなく、神様の夢だった。
当然姿はなく、声だけの出演だったけれど。
夢を見終わったあと、私もとうとう来夢とミコトの仲間入りを果たしたのだと勝手に思い、ランクアップした気分になった。
来夢から聞いた話によると、神様は気に入った人間には夢を利用して何かを言い伝えたり、メッセージ性のある描写を見せるのだという。
ところが、神様の推しである碧の夢の中には一切踏み込むことはしないらしい。
それはなぜか。来夢が神様から聞いた話はこうだった。
推し活(転生5箇条誓約)にやりすぎ感があったため、それ以上掻き回してまた推しである碧を苦しめる展開を生まないため。だそう…。
恋心ゆえの配慮に似ていると感じ、ライバルはまさかの神様!?なんて変な感情が生まれたのは内緒にしておく…。
実際に私が見た夢とはーー。
突然神様の声から始まった。
ーー『来夢という名は、”《《来》》世は希望に満ちた将《《来》》を《《夢》》見れるように”という願いを込めて神が名付け、親の脳に伝達したのだ。来夢の両親も前世と同じ両親だが、前世のような過ちを起こすことはきっとないと信じたい。幸い、あの一家心中の悲劇は先祖のこととし、教訓として代々語り継がれている。常に一族皆が慎重且つ平和な生活を送るよう意識的に行動できるようにな』
その後、私の脳内スクリーンに映し出されたのは、大荷物を持って出かける来夢と、両親と思われる大人二人。父親が運転する車で出かける。
暗く狭い山道を抜けると太陽の光が燦々《さんさん》と降り注ぐ開けた場所に到着し、車を停める。すぐそばには崖が見える。夢を見ながらも胸がざわつく。
「さあ到着したぞ。降りようか」
一家は一斉に車から降りる。崖は、目と鼻の先。
父親が綺麗な花束を崖の上にそっと置き、手を合わせる。
「あの世では家族仲良く、なんの心配もせず、心穏やかでいてください」
そのあと母親と来夢も続いて手を合わせた。
先祖の供養に訪れたのだと察し、ホッとした。
実際には、来夢親子の前世での出来事だったから、自分たちで自分たちの供養をしに来たことになる。
「私たちはご先祖様の分まで幸せに生きていきます」
「幸せな時間が続きますように」
母親と来夢もそれぞれに願いを込めた。
今現在崖の上には、乗り越えられないように四方八方を大きな柵で囲われていて、安全面が強化されている。という安心感をもたらす描写だった。
「さあ、目的地まであともう少し!レッツゴー!!」
元気そうな父親の声に続き、母親と来夢も「レッツゴー!!」と元気に叫ぶ。
車を走らせたのは緑が生い茂るだだっ広い農場だった。
偶然あの崖の近くに羊やヤギと戯れることができる農場を見つけたのだろう。持参した大荷物は、ランチセットやバトミントンやレジャーシートなど、レジャーでの必須アイテムばかりだった模様。
朝から夕方まで遊び倒した来夢家族は、常に笑いが絶えない幸せ家族そのものだった。
帰りの車の中。後部座席で頭をくっ付け合って眠る母子。その姿を父親がフロントミラー越しに一瞥し、幸せを噛み締めているような笑みをこぼした。
その光景がとても微笑ましく、印象的だった。
家族のいろいろな様子が走馬灯のように夢で見ることができ、第三者の私にも幸せな気持ちをお裾分けしてもらった。
一つのドキュメンタリー映画を見たような満足感のある夢だったーー。
しかし、まだまだ夢は続き、神様が再び声のみの出演をする。
ーー『君は誰にも打ち明けていないようだが、前世でも現世でも、ずっと来夢家族を心配しているな?』
「お見通しなんですね。相変わらず」
ーー『神の推しの恋人である君がいつまでも気に病んでいては、推しが気の毒だからな』
「あの…神様の分際で《《推し》》と連呼するのはどうなんでしょう…」
ーー「かまわん。今の時代はなんでもアリだ。とにかく、推しやその周囲の者たちにも幸せでいてもらわなければならないのだ」
「わかりました、わかりました…。そんなに興奮すると血圧上がりますから。神様は私が気にしていることを解決するために、この夢を見せてくれているんですよね?」
ーー「察しがよくて助かる」
「誰だってわかります。今の来夢家族が幸せそうで良かったです。供養もちゃんとできて、あの悲劇を教訓にしていたことで心が救われました。来夢家族の幸せな一日を夢で見せてくださり、ありがとうございました。神様」
ーー「推し、いや、碧と末長く幸せに暮らすがいい」
「はい。神様も」
ーー「おっといかん。重要なことを知らせる前に去るところだった。君に謝らなければならないことがある。来夢、ではなく、恵衣美が前世で亡くなって神のところに訪れた際、『依が幸せに過ごせるように』そう願ったのだ。だが結果的にそれを叶えることができなかった。神の力不足だ。すまなかった」
「いいえ。私は最後の瞬間までとても幸せでしたよ。だって、碧さえ無事ならそれでよかったのですから。本当にとても幸せでした」
ーー「君たちときたら…。守り合って生きることの素晴らしさを教わったよ。こちらこそありがとう。またいつか夢で逢おう」
「はい。いつでもウェルカムです。ありがとうございました。泣き上戸の神様」
ーー「来夢、バラしたな…。では去る」
この朝はめずらしく、泣き笑いで目覚めた。
学校にてーー。
「おはよう、来夢。私は今とても幸せに過ごせてるよ。ありがとう」
「…へ?うん、それならよかった。え?何?今日は友達に感謝を伝える日かなんか?」
「うん。まあそんなとこ。来夢も幸せだよね?」
「そりゃもちろん!」
来夢の元気な声が、クラス中に響き渡った。




