僕だけの星 2
私の最近の日常は、常に碧がそばにいる。
外出時に連れがいない時はいつもどこにいても、碧が飛んで来てくれる。
「あの…もう私のボディーガードじゃないんだよ。バイト帰りは怖いから助かってるとして、常にそばで守ろうとしなくてもいいのに」
「心配なんです。依様が」
「わかった。過保護にされてわがままになっても知らないよ?」
「それも新鮮で素敵だと思います」
「あのいけ好かない碧はどこへ行ったの?」
「本当の僕をお望みだったのでは?もしかして、やっぱりあの僕に戻ってほしいと願ってます?」
「1ミリも思ってないよ。子犬みたいに純粋で可愛い碧が本当の碧だから、私はずっとこの碧がいいな」
「可愛いです。依様」
いつも躊躇なく私を甘やかし、顔を赤らめる大好きな人は、ずっと私のそばで笑っててくれたらそれでいい。
心配性が玉に瑕だけど…。
「もぉ〜〜〜〜っ!!下校中にイチャイチャするの禁止だからねぇ〜」
「二人の推しのイチャカップルシーンを眺めながら嬉しすぎて泣いてたのはどこのどなたですかぁ〜?」
「コラ!ミコト。黙って〜」
賑やかに後ろから二人の声がBGMとして響き渡る。
大好きなこの二人は碧と私にとって、推し友であり、碧と私を長い間見守ってくれている腐れ縁という名の応援団でい続けてくれるだろう。
愛情をもらってばかりではバチが当たる。
だから、私たちも二人の強力な応援団になることを心に誓った。
辺りはすっかり薄暗くなり、私を家まで送ってくれた碧の顔が見えづらくなっていた。
どこか遠くの山の麓に、夕日がひっそりと沈み始めている。
今日という日はもう一生訪れない。そんな切ない思いが胸に押し寄せてきた。
終わる準備をし始めている”明るく彩ってくれていた景色たち”に『さようなら』を告げていると、だんだんと”存在を主張する輝く星たち”が『こんばんわ』と夜の挨拶をし始める。
哀愁を誘うこんな時、隣を見れば碧がいる。私は碧の顔をじっと見つめた。
どこか儚げに、柔らかく微笑む。
私は急に暖かい毛布で覆われた時のような、ほっこりした気持ちになった。
前世でのこと。いつも仕事で忙しかった両親の代わりに、私の冷めた心を癒してくれたのは、不器用そうでも心の暖かさを感じたボディーガードさんだった。
「ずっといてね。私の隣に」
「僕はあなたから離れる術を知りません」
この瞬間、それ以上に望む言葉などないと思ったのに、碧は極上のもう一言を添えた。
「もう一度僕のもとに舞い降りてきてくれて、ありがとうございます」
「今度こそ、一緒に幸せになろう」
「はい、幸せにします。依様を」
幸福感で胸がいっぱいになったところで、碧から渡された四つ折りの白い紙。
「振り返りです」
そう言って今日の私に別れを告げる。
「じゃあ、帰ります」
この瞬間が一日で一番辛いのだが。
「また明日の朝、迎えに来ますね」
私にとってその言葉は、前向きになれる魔法の言葉だった。
もう永遠に来ることのない一日が終わっても、希望に満ちた次の一日が訪れる。そう期待を持たせてくれるから、毎回救われる。
「うん。また明日」
♪♪〜〜♪♪〜〜…
一日の終わりの恒例行事であるベランダでの星鑑賞を堪能しながら、自ら
BGMを口ずさむ。
ーー主よ、人の望みの喜びよ(J.S.バッハ)ーー
私が大好きなクラシックで、気持ちが穏やかな時や、逆に落ち込んだ時に奮い立たせるために口ずさむ楽曲だ。
星鑑賞を十分堪能しながらメジャーなフレーズだけを2フレーズ口ずさんだのち、羽織っていたジャケットのポケットから、碧にもらった白い紙を取り出した。
想い人への詩か、ラブレターか。胸が弾む。
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僕は物心ついた頃から、前世での記憶を持ったまま現世に生まれ変わっていることに気付き、不思議な感覚として捉えていた。
時折脳裏に浮かぶ色白の少女は君だとすぐに理解できていたし、いつどこで会えるのだろうと期待に胸が膨らみ、再会への心構えは万全だった。
しかしながら、ときめく感情に付属し、不安もつきまとった。
いつか再び君と出会えば、”抑制”という一生続く苦しみとともに生きて行かなければいけない。
そんな非常な運命に翻弄されても、触れることすら許されなくても、君の近くでただ見守るだけでも。そう願った。
時は経ち、君との悲願の再会を迎えた。
君と対峙した瞬間がら、僕の口調や態度が悪へと変貌を遂げた。そうせざるを得なかった。
たとえ君に嫌われようとも、神様との誓約を守った証だと理解するようにした。
決して自分の気持ちは変わらず、君のみを愛し続けた。
ある日突然。君が友人の愛する人になってしまった。
けれど僕は、君が幸せであればそれでよかった。
しばらくして、再び君という星が僕のもとに舞い降りた。
もう二度と君を星空に手放さないと、心に決める。
前世の過ちを心に刻み、あの苦しみを再び味わうことがないように。
一生続く憂虞を愛の勲章とし、僕は君のそばに在り続けると誓う。
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碧が言っていたように、歴とした”振り返り”の書だった。
そして、詩・小説・自叙伝・誓約書の融合といった読み応えのある、ラブレターでもあった。
私はくすぐったさを感じつつも、泣きたくなるほどの幸福感に溺れてしまう。
碧が”憎き男”という認識だったことさえも、今では懐かしく思えてしまうほど、幸せが超越したのだ。




