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真実とリンク 5

 病院に向かう途中、ミコトとミコトママさんと遭遇し、碧のお見舞い帰りだと勝手に思っていたのだが、退院帰りの途中だったのだ。

 痛々しい姿で後部座席から降りてきた碧を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。

 来夢から入院の詳細を聞かずに来夢宅を飛び出してきた私は、本当に何も知らなかったから、心の準備すらできていなかった。


 とにかく無事で良かったーー。


 その思いが先走り、勢い余って碧にキスをしてしまっていた。


 碧は意表を突かれたような表情で、目をぱちくりさせている。

 私は余韻を残したまま、碧から離れた。


「やっとキスできた」


 この言葉を聞いた碧は、前世で私が死に際に言った言葉を思い出し、はっとしたのだった。


『また会った時に…キス、しようね…』ーー


 完全に前世の記憶を思い出した私に気付いた碧は、驚いた表情で私の両肩を掴んだ。


「ひょっとして…前世の記憶が?」


 こくんと頷く。


「とうとう夢でお兄さんの顔が見れたの」

「お兄さん…?それってひょっとして、前世の…俺?」

「そうだよ。そのお兄さんの正体が大嫌いな碧だったから、戸惑いMAXで行動に規制をかけちゃったけど、運命の赤い糸が存在してたみたい。無性に会いたくなったの。夢の中での出来事は、全部前世の記憶だったんだね。夢の中のお兄さん!」

「……はぁ〜」

 (安堵の?)ため息と同時に泣き崩れる碧。そんなやわな碧を見た瞬間、私は冷酷な男を解放できたのだと確信した。

 そして、その弱々しい姿の碧を、私は躊躇ちゅうちょなく抱きすくめた。

「神様の推し活だろうがなんだろうが構わない。私は前世での碧との思い出を夢で見れたことを感謝してる。前世の記憶と意識がよみがえるって、普通じゃありえない素敵すぎることだと思うから」

 直感だけど、神様もミコトも来夢も、きっとこのことを一番に願っているのではないかと思い、私はそのことをつむいだ。

「碧、私からのお願い。本来の碧に戻ってほしいの。神様の推し活に利用された転生5箇条誓約にしばられたいつわりの碧ではなく、”優しい”が代名詞のような天使くんに。もう何も心配いらないから」

 きっとこの言葉も、神様の推し活のシナリオのセリフとして想定されていたかもしれないと思うと、少々(しゃく)だけれど、この展開に肯定的な自分も否めないから良しとする…。

 碧は涙でぐちゃぐちゃな顔をさらけ出すように私を見つめ、同時に心の内の不安もさらけ出した。

「それじゃ僕は神様との約束を破ることに…。転生して今度こそなんとしてでも依を守り抜くために、神様との誓約を死守しなければならないと思って生きてきたんだ。誓約上自分の手で守ることが許されないから、見守るだけでもって…。だから誓約を破ると、僕が転生の条件をクリアしたことにはならなくて…僕はこの世界にいれなくなるんじゃ…」

 聞き慣れない口調が新鮮で、碧らしくなくて笑えた。これが本来の碧なのだ。

 ボディーガードさんの時のこと。私と接する時は常に任務中だったから堅苦しい言葉使いだったけれど、このフランクな感じはきっと、普段使いの口調なのだと感じた。

「《《僕》》かあ。新鮮だね。あの夢の中のお兄さんなんだなぁって実感しちゃった。…あ、ごめん。脱線したね。危惧きぐするのは理解できるけど、もう大丈夫だよ。誓約を破っても」


 私から目をらして話すか、にらみながら話す理由を聞いた際のこと。碧は無機質な瞳で私を見つめ、こう言ったっけ。


『見たくないほど嫌いだからだよ。他に理由なんてない』ーー


 5箇条誓約は、優しく子犬のような純粋無垢じゅんすいむくである碧からかけ離れた人格を、長い期間を経て意図的に生み出した。


 私より何もかもを知っているミコトが説明を始めた。

「もういいんだ。いや、最初からこれは茶番だったんだよ」

「ミコト…それ、どういう意味?」

「神様は、碧に対して微塵みじんも怒りなんて感じてなかったんだ。それどころかむしろ、前世で依への並々ならぬ愛を貫いて死した碧を気に入ってた」

「それならどうして神様は僕に…」

「さっき依が言ったように、すべて神様の推し活による悲劇とも喜劇とも言える演出ゆえの結果が、現世における君たち二人の恋ってわけ。神様なりの”最高な恋愛ストーリー”が、この現状ってわけ。いわゆる僕たちがMETEORにしてるような推し活だよ。神様なりのね」

「神様なりの…最高な恋愛ストーリー?神様の…推し活?」

「《《本来の碧》》にはやっぱり色恋沙汰いろこいざたはわかんないかあ…。簡単に言うと、辛かった分成就(じょうじゅ)した時の喜びは倍増するってことだよ。前世の時も恋愛のことになるとまったくの無知だったもんなぁ」

「そんな…。僕が前世で依を守れなかったことに対しての厳罰げんばつがあの5箇条誓約だと思って、僕は依と恋人になれないから触れたくても触れられないもどかしさをつのらせてた。笑顔を見せず、愛しさを依への怒りに変えることでまぎらわせたんだ。そうすることで、いろんな欲を抑制するしかなかった。だからあからさまに嫌われて…結局ミコトに依をたくすしかなかった。だから、簡単に割り切って長年の葛藤かっとうや決断を無にすることは容易じゃないんだ」

 そう言ってズボンの後ろポケットからぐちゃぐちゃになったメモ用紙を私に渡した。そこにはこう書かれていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ※必ず守ること!!絶対に!!


 <5箇条誓約>

 1. 来世では想い人と決して恋人になってはいけない。

 2. 想い人に嫌われる行動をとること。

 3. 決して想い人に笑顔を見せないこと。

 4. やがて想い人に恋人ができたとしても、その仲を裂くような真似はしないこと。

 5. 想い人を守りたい時は、自分の手ではなく、他の人物の手を借りて守り抜くこと。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「この紙を何度も見返しては、5箇条誓約を忠実に守ってきたんだね。これからは私が碧の前世からの苦労や葛藤かっとうや決断が報われたことを証明してあげる。前世では短い間だったけど、あなたに幸せをたくさんもらってた。だから現世では長生きして、ケンカしてもすぐ仲直りして幸せに過ごせそうよ。大好きだよ。これからはずーっと一緒にいよう」

 泣き虫な碧は、それなのに笑っていて、何度も何度も頷いていた。

「本当にもう、あなたって人は…。簡単に素敵なことを言ってのけるところや、言い回しが前世の依っぽい」

「無自覚だったから、これが本来の私と碧の会話なんじゃないかなぁ。…あ、そうだ。一回でいいからさ、『はい、承知しました。依様』って言ってみて」

「嫌です」

「だよねぇ…」

 私はもう、あの大好きだったボディーガードさんの夢を見ることはないだろう。だからといって、今の碧にボディーガードさんを求めてはいけないのかもしれない。

「あなたが好きなのは、前世でそばにつかえたボディーガードとしての僕ですか?それとも、この世界で恋人としてあなたのそばにいる僕ですか?依様」

「本物だぁ」

 口調が不機嫌な時のボディーガードさんである上に、”恋人として”と言った胸キュンフレーズと、夢の中ではなく、現実世界ではお初の”依様呼び”に胸が高鳴った。

「あのね、私は前世の記憶が蘇った時点でもう前世も現世も関係なくなってるの。だから正直、ボディーガードさんが消えてしまうのは嫌だよ」

「意地悪な質問をしてすみません。僕はあなたのボディーガードだった時と何一つ変わっていません。さっき本来の僕に戻ってとあなたは言いましたね。これが本来の僕です。ですが、きっと神様の好みの問題なのでしょうが、年齢設定が少し違いますよね。前世では僕は24才の成人だったのに、今は僕もあなたも高校生同士です。それでもやはり、敬語と依様呼びはお許しいただきたいです。言葉が…16年間なかなかこの世界に馴染なじめなくて」

「そうなんだ…。いけ好かない悪男ワルオの時はあんなにもタメ語が流暢りゅうちょうだったのに?」

「あれは義務なので苦ではないです。だから、依様以外には義務を続けます」

 意志をつらぬく姿勢や、淡々と話す感じがボディーガードさんらしくて心地いい。

「じゃあ、私もボディーガードさんって呼んでもいいの?」

「それはダメです。やっと名前で呼んでくれて喜ん…あっ…」

「喜んでくれてたの?」

「…はい、お恥ずかしながら」

 顔を赤らめるカッコ可愛いあの日のあなたがよみがえる。

「そういえば、前世では名前を教えてもらってなかったよね」

「いいえ。初めて会った日に自己紹介しましたが、あの時は私に興味などなさそうでしたから…すぐに忘れたのでしょう。今と同じ名前で、月宮碧でした」

「…そっか。最初はボディーガードをやとうなんて大袈裟だって不貞腐ふてくされてたから、一瞬眼中になかったんだよねぇ…」

 恐縮する私を見てくすりと笑う碧は、たがが外れ、私をときめかす。


「依様、僕はもうボディーガードではなく、あなたと対等であります。僕の恋人だと認識してもよろしいですか?」


 これは、ボディガードさんなりの告白だと受け取った。


「生真面目で堅苦しい言い方だけど、それが碧らしくて大好きだよ。今度こそ、恋人としてよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。前世でも大好きという言葉を何度も言ってくれましたね。僕もあなたが大好きです」


 くすりと笑い合う私たちは、きっと今、世界で一番幸せだーー。


「あの〜君たちさ、僕の存在をたびたび忘れてるよね…。依に関しては元カレの僕の目の前でキスするなんて…」

「あ…ミコト、ごめんね?」

 ミコトの存在を忘れていたわけではないけれど、碧への想いをこらえきれずにデリカシーなく暴走してしまった…。

 元カノの新たな恋路こいじを目の当たりにし、傷ついたのかな…。ところが。


「なーんていうのは建前たてまえ。なんて最高な日なんだ!!正直これが本音だよ」


 元カノの新たな恋の始まりが、なぜ”最高な日”なのか。

 このあとミコトからつむがれた言葉は、最高に素敵な言葉だったーー。



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