推し活、開始します! 3
ライブ会場が真っ暗になった瞬間が、ライブ開始の合図らしい。
その後すぐに部屋の照明を消し、真っ暗になった部屋はライブ会場と一体化している。
高揚感と期待感が猛烈な速度で胸に押し寄せ、METEORの登場を今か今かと待ちわびる。
これほどまで心も体も踊るような興奮は、初めてだった。
煌びやかな衣装を纏ったメンバーが、大歓声の中登場。
来夢とミコトは立ち上がり発狂し、興奮度はMAXに達していた。
にも関わらず、自分たちと同じ振り方をするよう指導も欠かさない。
それは碧にも然り。ミコトに促され、鼻で小さくため息をついていたが、案外従っていたことに吹き笑いしそうになった。
キラキラと輝く彼らが紡ぐ歌は、どうしてこんなにも胸を締め付けるほど、切なくなるのだろう。メロディーもさることながら、歌詞が尋常じゃなく私の心に寄り添ってくれる。
おかげでと言うべきなのか、鞄の中身や、”もう一つの予定のこと”など、一度も思い出すことはなかった。
METEORのライブが終演し、それぞれ余韻に浸っている頃、コンコンコンッとドアをノックする音が響いた。
「いいよ。入って」
ミコトの許可を得て、ドアから顔を覗かせたのは、女優のような華やかなオーラを纏った40代くらいの美魔女だった。
「あ、この人は年増の俺の彼女。依は初めて会うから紹介しとく」
私は大いに驚いてはいたが、平然を装い、美魔女とごく普通に挨拶を交わす。
「いつも年下彼氏がお世話になってます!」
「高校卒業後はすぐに結婚する予定なんだ、俺たち!」
何だろう、このおちゃらけた雰囲気は。ラブラブで周りが見えないカップルとは、こんなものなのかもしれない…。
「結婚は早くして苦労したほうがいいって言う人もいるし、いいと思います。永遠にお幸せに」
私のその言葉を聞いた瞬間、プッと吹き出す年の差カップルと来夢。碧は口元を押さえ、一瞬顔を逸らしたが、私を呆れた顔で見てきた。
「マジかあんた。…なあ、バカップルのお二人さん。それ、まんま俺ん時と同じじゃん」
「あ、私の時も同じだった。騙されるヨリリンが意外すぎて可愛いんですけど〜」
目の前で肩を抱き寄せ合っているラブラブ年の差バカップルを、本物だと思って騙されたのは、私だけだったらしい。
美魔女の正体は、ミコトの彼女ではなく、お母さんというオチだった。
「まあ成功率は低そうですけど、美男美女であれば、歳の差など関係なく使えそうなジョークですよね、お母さん」
「ほんとずれた考え方するんだな、あんたって。おめでたいっていうべきか…笑える」
「本当碧は意地だよね」
とうとう気持ちを隠さず吐露してしまった。
「思ったことを素直に吐き出しただけだよ?」
「Me too…」
「欧米かよ…」
「まあまあ、碧もそこまでにして。でも、誰一人として騙されてくれる人がいなかったから、依が誰よりも素直で優しい子だってわかったよ」
ミコトに大袈裟なことを言われているような気がしたが、擽ったさを感じた。
すると、感極まった様子のミコトのお母さんが私の手を取り、信じられないことを言った。
「ねえ依ちゃん!私あなたが気に入ったわ。うちのミコトの彼女になってほしいの!ダメ?」
「え?いや、それは急な話でして…すごく困ります」
来夢と碧は呆気にとられている様子で、この茶番劇の動向を見守っている。
そこからミコトと二人して、お母さんを説得する。
「母さん、依が困ってるよ?」
「そうなの?でも今日は、あなたの彼女候補を見極める絶好の機会なんだけどなぁ。そもそもミコトが今日私に協力させたんじゃないの〜」
協力?ミコトがお母さんに何を協力させたというのだろう。
「それは…。ごめん、ちゃんと説明させて。依、鞄を開けてみて」
とうとう鞄の中身を確認する時が訪れた。
私は潔くチャックを開き、ガバッと中の物を掴み取った。それは、なんとパジャマの上下セットだった。
「泊まり込みでみんなと長時間を過ごしたかったんだ。強行突破は良くないことだけど、会って日が浅い依には断られると見込んで、母さんにお願いしたってわけ」
訳がわからないが、からくりはこうらしい。
『依っていう新しい友達も一緒に泊まらせたい』と、友達のように仲が良いお母さんに告げる。
すると、友達の子供の名前と一緒だということに気付いたお母さんは、学生時代からの付き合いだという我が母に連絡。
ミコトの友達の《《依》》と、友達の娘の《《依》》が、偶然同一人物だとわかったらしい。
ミコトのお母さんは、ミコトと悪しき強引な企みを決行するべく、我が母の協力のもと、本日、トントン拍子に事を進めた。というわけだ。
ミコトは、お母さんが私をミコトの彼女候補として見極めようとしていたことは、知らなかったっぽいけれど…。
「あの、こんな私ですが、本日はお世話になります」
我が母も容認しているわけだし、面白そうな展開だと思った。
「え、お泊まり会に参加してくれるの?」
この親子は、悪い人ではないってことはわかる。
「ご存知の通り、うちのママも同じ感じなので、強引なやり方には小さい頃から慣れていて、免疫ついてますから平気なんです」
「だよね、だよね!じゃあ、うちの嫁に来る?」
飛躍しすぎだが、そんなことを言われることも想定済みだった。
「ミコトとのお付き合いも結婚も考えていませんので、そこはご理解いただきたいのですが…」
「そうだよね。ごめん、私が若人たちの未来を勝手に妄想して超越しちゃったから…」
そこで、ずっと黙っていた碧が久しぶりに口を開く。
「お取り込み中のところ申し訳ないんだけど、俺も泊まらされるわけ?」
オフコース!と親子の声がハモる。
「碧はすべて僕の物を使ってね」
「…マジで言ってるのか?俺は奔放な親に育てられてないから、免疫ついてないんだけど」
文句を言いつつも、なんだかんだ承諾する碧なのだった。
えらいことになってしまったが、もう引き返せない。
気のせいかもしれないが、ミコトとグルのはずの来夢は、しんみりとした顔で碧を見つめていた。
私はこの時、思いがけない思考により、あることに気付く。
今まで自分のことを冷静だと思っていたが、案外母と同じく突飛さも兼ね備えているということを。
遺伝とは怖いと感じたが、もうこの思考を止める術がわからず、決行しようと心に決めた。
いい意味で私が壊れ始め、退屈な人生が変わる瞬間だったーー。




