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因果応報


 会社の帰り道、家の門の前で私はタクシーを降りた。

 門の脇にゴミ袋か何か、黒い塊が壁際に見えたが、気にせずその脇を通り抜けようとした。

 その瞬間、後ろから固いものを突きつけたれた。

「発砲するぞ」

 男の声はくぐもっていて、はっきり聞き取れない。

 しかし、聞き覚えのある声だった。

「舐めるなよ」

「軽く見ると痛い目に遭うぞ。これは元首相が殺されたのと同じ方式の改造銃だ」

「だから舐めるなと!」

 大きな炸裂音がして、火薬の匂いと煙があたりに広がった。

「車庫へ進め」

「今の音で警察がくるぞ」

「いいから早く移動しろ、それと車のキーを渡せ」

 車庫の中で、手錠、足錠をかけられると、トランクに蹴り入れられた。

 門からここまでだって、あちこちに防犯カメラがある。

 この犯人は絶対に捕まる、と私は思っていた。

 駐車場のシャッターが開くと、車がスムーズに発進した。

 この犯人は家のことを相当調べているようだ、私はそう思った。




「おい!」

 呼びかける声に目覚めると、私は車椅子に縛り付けられていた。

 機械が置いてあったような跡があちこちにあることから、ここはどこかの廃工場らしい。

 目の前にいる男は目差し帽を被り、ニュースで見た改造銃を構えていた。

「何が目的だ。金なら……」

「はぁ? 金だって?」

「……」

 初めから気になっていたが、妙に聞き覚えがある声だった。

「何が目的か、当ててみなよ」

 男は目差し帽を取り、顔を見せた。

「まずは名前を当ててみな。あんた、僕のこと知ってるでしょ?」

「名前、名前なんて決まっているだろう。ふざけるな」

「へぇ、知ってるんだ? 名前言えないのに?」

 目の前にいる男は、息子だった。

「博之、なんでこんなふざけた事を」

「ふざけてないよ、あんたの方がふざけてんだろ」

「親に向かって『あんた』とか、まるで口の利き方がなってない!」

 博之は笑った。

「はっ! (しつけ)が悪いって?」

 博之はバッグの中から、クロスボウを取り出して矢をセットした。

 狙いはこちらにつけたまま、テーブルに置いた。

 いつ撃つだろうと、私は身構えてしまった。

「ほら、黙ってないで言ってみなよ。『躾が悪い』ってさ」

「涼子の躾が悪い」

「言った言った、聞こえたかな?」

 博之はどこか遠くを見ている。

 まさか、涼子を殺したんじゃないだろうな。

 息子からは冷静な怒りを感じた。

「あんた、いつまでも息子の躾を母親のせいにするなよ」

 クロスボウを手に取り、片目をつぶってこちらを狙う。

「あんたが、ずっと(どこか)で愛人とセックスしていたせいで、セックスレスになった母は誰に『男』を求めたと思う?」

「……涼子は、浮気してたのか。誰だ、そいつは」

 機械のような笑い声。

 幼い頃を除くと、博之が笑っている声を初めて聞いたかもしれない。

 そして笑いが止まった。

「僕だよ。母に無理やり犯された息子の気持ちがわかるか?」

「……」

「……だろう? わからせてやるよ」

 引き金を引いて、矢が放たれた。

 脛に当たって矢が弾かれた。

「いてっ」

「思ったより威力が低いな。もう少し後ろに引くか」

 博之がクロスボウを調整すると、再び矢をセットした。

「それと、もう少し近くから撃てばいいんだ」

 近づいてくると、引き金を引いた。

 急角度で撃ち下ろされた矢は付け根に近い太ももに刺さった。

「グァッ」

「『グァッ』だって。そんなもんじゃなかった。もう女なんて好きになることが出来ないくらいのトラウマになったんだぞ」

 両手、両足を錠で繋がれ、体は車椅子に固定されている。

 痛くても動くことも何もできない。

「涼子が悪いんであって、私が悪いわけではない」

 博之はテーブルに戻ってクロスボウを置いた。

 バッグから皮手袋を取り出してつけると、そのまま部屋の隅へ歩いていく。

 壁に立てかけてあった角材を手に取ると、こっちに戻ってくる。

「いつもの躾はどうした。妻の躾はあんたの役目だろうが!」

 角材の角が顔面をとらえた。

 車椅子は揺れたが、倒れなかった。

「アッアッアッ……」

 鼻の感覚がなくなったようだった。

「まだあるぞ。あんた、家にやってきた『愛瑠(める)』とかいう女の恋人を地方に飛ばしただろう? あんたがその女をモノにするために、醜い嫉妬を抱いて、卑劣な方法で」

「それがどうした、我が社の中の話だ」

「瑛人とか言ったっけ。僕のバイト先に訪ねてきたよ」

 鼻から血が口に入ってくるせいで、血を吐き捨てた。

「それがどうした」

「あんたに仕返しすれば良いのにね。そいつはなんと『僕に』仕返ししたよ。薬を飲まされて、眠っているところを、犯してきた。あんたの妻といい、どいつもこいつも、やることしか能がねぇのかって」

「……」

 テーブルからクロスボウを手に取って振り返った。

「これが二つ目だ」

 言い終わるとすぐに引き金を引いた。

「うわっ!」

 逆の太ももに矢が突き立った。

「さあ、ここで問題です。最終的にあんたの体には、いくつ矢が刺さるでしょうか?」

「病院に連れて行け、死んでしまう、死んで…… そしたらお前は殺人犯になってしまうぞ」

「そしたらあんたは殺人犯の父で、被害者ってことになるな」

 息子は笑った。

「さあ、誰の躾でこうなったと思う?」

「……」

「やっぱりわかってないんだな」

 寂しかったのだろう。私は痛みを堪えて言った。

「悪かった、放っておいてすまなかった。許してくれ」

「そう言えば許すと思うんだ?」

「許してくれ。なんでもする」

「嘘つけ」

 博之はそう言うと、スマフォで電話を掛けた。

「ほら、弁護士のところに電話がかかった」

 タッチして、スピーカーに切り替えた。

「遺言のことで相談があるんですが?」

『遺言? 例の裕子さんに相続するという件を変更すると言うのですか?』

「ほら、遺産は博之に、って言え」

「警察を、今、息子に捕まって廃工場にいる! 警察を呼んでくれ!」

 息子は通話を切った。

「やっぱりやる気ないんだな? あんたの出来損ないの息子は、親を殺さないとでも思ってるのか」

 深くため息をつく。

「これが三つ目だ」

 クロスボウに矢をセットし、股間に向けてきた。

「ダメだ、やめろ、やめろ!」

 叫ぶ声には反応しない。息子は躊躇なく引き金を引いてくる。

 激痛が走った。

「博之! タダで済むと思うなよ!」

「最後まで、あんたらしい言葉でよかった。そろそろ、このショーも終わりに近づいているから心配するな」

「……」

 微かにサイレンの音が聞こえる。

 息子は車椅子を窓の外に向けた。

「見えるか? そして、聞こえるか? 外に警察が集まってきてる」

 さっきの弁護士への電話で集まったにしては、この場所を突き止めるのが早すぎるし、準備している警察官の人数が多すぎる。

「良かったな。事件は解決するぞ」

 息子は窓際に行くと叫んだ。

「一歩でも動いたら、こいつを殺す」

 言った後、すぐに室内に戻ると、最初に私を脅した改造銃を取り出した。

 そして窓際に堂々と立ち、こちらに銃口を向ける。

「下がれ! 銃があっても発砲できない腰抜け警察!」

 息子は、窓の外に改造銃を向けた。

 その瞬間だった。

 博之の服が裂け、体が弾かれたようにブレた。

 息子の体に、何かが当たったようだった。

 目を剥いた状態で、息子は私を振り返った。

「……」

 振り返った体を見れば、何が起こったかは明らかだった。

 警察の狙撃手に撃たれたのだ。

 目を剥いているが、必死に表情を作ろうとしている。

 息子は口角を上げた。

 だが、そこまですると膝を突き、うつ伏せに倒れてしまった。

「まさか、これがお前の復讐だと言うのか!」

 警察側が狙撃手まで用意してきたと言うことは、息子は、あらかじめこの場所や事件について警察か報道機関へ知らせていたに違いない。

 私がしてきた事の報いとして、息子が目の前で射殺される、と結末(シナリオ)を遂行するために。

 警察が確認するかのように、ゆっくりと前進してくる。

「!」

 何か時計の針が動く音がする。

 まさか。

 考えた瞬間にスイッチが入った。

 火薬の匂いと、何かが体を抜けていくのが見えた。

 全身で金属の破片を受けたようだ。




 因果応報。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 私が今から行いを改めて、真人間になったとしても人生の終末を書き換えることはできない。

 なぜなら、もう間も無く、私はこの世を去ることになるからだ。

 私は順調な人生の帰り道において、自分が生み出した息子という石ころに躓いてしまったのだ。

 息子を『石ころ』などと、そんな表現を使う私は、博之にとって最低、最悪の父親だったに違いない。

 今の今になって、こんなに息子の事を考えるとは。

 ああ、思考が消えていく……

 すまない……

 博之……





 おしまい


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