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遺言状


 愛瑠と暮す生活を失ってから七、八年が経っていた。

 私が涼子のいる家に帰っていた時だった。

「来るらしいわよ」

 私は『何が来る』のか知らなかった。

「……」

「聞いてないの? 気楽なもんね」

 問答無用で、涼子の顔を叩いていた。

 もう一度、顔を叩こうと腕を振り上げると、後ろで腕を掴まれた。

 強い力。

「?」

 振り返ると見知らぬ男が俺を見ている。

「誰だ?」

「博之、やめなさい」

 涼子の言葉で、その男が自分の息子であることに気づいた。

「お前、いい歳して、まだ自宅にいるのか」

「……」

 息子が何も返せないでいると、私はさらにイライラした。

 そのまま息子の腹に、左拳を叩き込んでいた。

 腹を抑えてうずくまる息子との間に、涼子が入る。

「なんてことするの!」

「家を出て、独立していい歳じゃないか。なぜずっと家に置いている?」

「就職して家を出るつもりだったのよ。何度もそうしたけど、就職先が悪くてどこも一年も働けないの」

 頭に血が昇ってくる。

「一年働けないのは、こいつに根性がないからだ。いつものように躾の問題だ」

「だから、職場の人がいじめてくるの」

 話にならん。

 説明する気にもならない私は、涼子を突き飛ばした。

 息子が、転びそうになる涼子を支えた。

 二人の様子を見て、思った。そうか、私の居場所はここにはない、そういうことが言いたいのだな。それならこっちにも考えがある。

 インターホンが鳴り、慌てて涼子が出る。

『愛瑠と裕子(ゆうこ)です』

「お待ちください」

 通話を切ると、涼子が言った。

「愛人とその娘が来たわよ」

 これだ。

 私はここにいる妻と息子に対して仕返しをしようと考えていた。

 居間のソファーの位置を変え、涼子、博之、私と愛瑠が向き合うように座った。

 裕子は私と愛瑠の間に座らせた。

「離婚してください。彼、あなたのことなんかこれっぽっちも愛してないんですから」

「離婚はあれだな」

 私が言うと、愛瑠は怒った。

「どういうことよ!」

「離婚の費用がかかるからな。とにかく裕子を認知しよう」

「?」

 私はゆっくりと言った。

「そして涼子と博之は、この家から出ていってもらおう」

「はぁ? 何言ってるのこの家は、私の父から相続したお金で購入したものなのよ」

「残念だが、家のすべての権利は私にある」

「そんなはず、ない……」

 顔色を変えた涼子に、私は言った。

「根拠なくこんなことを言うと思うか」

 私は追い討ちをかけるように言う。

「仮住まいとして借家を手配するから、すぐに引っ越してもらう」

「そんな」

「博之と一緒に出ていけ」

 私は裕子の頭を撫でながら、言った。

「週内に弁護士と相談し、相続についても裕子に行くよう、遺言書を書き換えよう」

「……」

 息子の表情はピクリとも動かない。

 冷たい氷のような無表情だった。

 立ち上がると、居間を出ていく。

「涼子もさっさと支度を始めろ」




 未来も何も無くなった。

 住まいと生きていくためのお金はあるのだと思っていた。

 僕には何もかも無くなってしまった。

 そもそも奪われ続けてきた人生だったから、すでに失うものはないはずだったけど。

 人生の中でやらなければならない、たった一つのことは見つかった。

 絶望の中で、一つだけ集中出来ること。

 それを実行に移そう。




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