情事の人事
会社が拡大し、一定のシェアを持つようになると社内の競争が落ち着いてしまった。
新しい社長との関係は進まなかったが、社内の地位が下がることはなかった。
家に帰ることも多くなったが、涼子がどうにも気に食わなかった。
いつの間にか老け込んだ彼女は、髪が抜けたらしく頭が薄かった。
それ以上に、三人で食事していても何か私だけ浮いていた。
例えば、私が不味いと思う食事を、涼子と博之が美味しそうに食べている。
そんことから始まって、全てが気に入らなくなった。
子供から見られないところで、涼子を殴った。
「私の食事だけ違うものを盛っただろう!」
なぜあんな味付けのものを美味そうに食べるのか、理解できなかったからだ。
平手打ちをすると、自分の手が痛くなると分かると、長い間使っていなかったゴルフクラブを持ち出して叩いた。
暴力に怯え、許しを乞う涼子を見て、半ば快楽を得ていたようにも思う。
「ママを叩かないで!」
小学生の博之が、後ろから引っ張った。
「叩いているんじゃない」
「叩いてたよ!」
「叱っているんだ」
「嘘つき!」
頭に血が上った私は、博之を振りほどくと蹴った。
博之は壁に背中をぶつけた。
「やめて! ひろくんに手を出すのだけはやめて」
「お前の躾が!」
涼子をゴルフクラブで叩くと、思い返していた。
そう言えばこの博之に対して、親のようなことを一つもしていない。
だが、自分も父が授業参観したり、運動会の昼食を親と食べたりした記憶がない。
どうしていいのか分からないし、それが寂しかったという思いもない。
社長が生きていたら、もしかすると、親らしい事を何か、していたかもしれない。
だが、社長は死んでしまった。
今更、博之を使ってアピールすることも、涼子に優しくする理由もないのだ。
由貴を失い、家でも疎外されていると感じるようになると、私は自然と会社に残り、仕事をしていた。
ひたすら社内に身をおいて仕事をすることで、業績は保たれた。
ある時、声をかけられた。
「部長、ハンカチ落とされましたよ」
差し出される白く細い指。
「部長『ひろゆき』ちゃんなんですか?」
腕、胸、首筋、顔と視線を移していった。
「……」
完全に惹かれていた。
「やだなぁ、真剣に考えないでくださいよ。お子さんのハンカチ間違えて持ってきたんですよね? それくらいわかり」
社内だということも忘れ、目の前の女を抱いていた。
女は愛瑠という名だった。
それ以降、愛瑠と関係を持つようになったが、なかなか約束が取れない。
誰か別の男と二股をかけている、そう感じた。
SNSのアカウントも複数を使い分けている。
嫉妬で狂っていたのかもしれない。
退社後の行動を、タグを仕掛けて追跡した。
タクシーから降りるところを待ち構えていると、やはり男と一緒だった。
その男はウチの社員で、瑛人と言った。
若い瑛人と比較されたら、どう考えても勝ち目はない。
私は人事に働きかけた。
人事考課のたびに低い点をつけ、異動をはたらきかけた。
六ヶ月の後、瑛人は地方へと異動になった。
社外で会うと、愛瑠は泣いていた。
「誰かの陰謀だって」
「大丈夫、戻ってくる。私も若い頃、支社に行ったことがある」
自分の異動は社長が行ったもの。瑛人の異動を仕掛けたのは私だ。自分が異動した先は、地方都市で見込みがあった。だが、瑛人の行った地方は、業績があげにくい。最初からわかっていることだった。
目立った功績がないと、大抵、長期の配属になってしまう。
私は勝ち誇った気持ちを隠し、泣き疲れて抜け殻のような愛瑠を抱いた。
由貴を住まわせていたマンションに、住まわせ、囲った。
二度と由貴と同じ目に合わないよう、避妊をしっかりさせていた。
明るかった愛瑠はいつしか、会社に出てこなくなった。
やがて愛瑠は、マンションにも戻って来なくなっていた。
行方が分からなくなって三ヶ月経った頃、連絡がきた。
『あなたの子供を産んだ』
やられた、と私は思った。
瑛人を異動させたのが、私の差金であることに、どこかで気づいていたのかもしれない。
私の子供を産むことが彼女にとっての、復讐だったのかもしれない。
僕は大学へ行けなかった。
母の待つ家に帰ることが怖くなった僕は、学校の勉強が出来なくなってしまい、成績が落ちていた。
なるべく家にいる時間を少なくするために、バイトも始めた。
僕がバイトをしていると、男が訪ねてきた。
男は瑛人とだけ名乗った。
男は話があると言って、止まっているホテルに僕を強引に連れていった。
様々話をしていく内、僕は眠くなった。
後で考えると、男が差し出した飲み物に薬が入っていたのだと思う。
僕は男に犯されていた。
行為中の写真を、何枚も撮られていた。
最後に、男は言った。
「恨むなら、お前の父親を恨め」
裸の僕は、泣くこともできなかった。