第1話:「一通の手紙」
まさか、まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか――――――こんなはずじゃ、なかった。
人殺しをするためにこんな場所に来たんじゃない。
誰かの役に立ちたくて。
誰かを助けられると思ったから。
そういえば、リョウガはどこにいった? マサヒロは? ユウキは? サイオンジは? ミンナは、ミンナはどこニ、ドコにドコニ――――ドコニイッタンダヨ。
◆――◆――◆――◆――◆
手紙を受け取ったのは一週間も前のことだった。
インターネットが普及している現代。
しかも差出相手が警察庁なんて書かれていれば、物怖じせずにはいられない。
「ほら、早く開けなよー。お兄ちゃんが犯罪なんて犯しているわけないじゃん。大丈夫、大丈夫だから!」
妹のニコはそう明るく言うけれど、万が一にも有り得るかもしれない。
盗んだことだって母さんの財布から一度しかない。
それもちゃっかり見つかってしまったし。
それともなんだ。この間の赤信号のことか? いやでも、そんなことで……
「あああっああああっっっ! ニコ、何してるんだよ!」
「だってお兄ちゃんがいっこうに開けてくれないんだもんー。ほらーあいたよー」
暢気な顔してニコが封を開けた手紙を渡してくる。
「う。近づけるな!」
「じゃあ、中身、ニコが見てもいいっていうの?」
「ええどうぞどうぞ。お好きなようにしてください」
怖気づいているぼくは正反対にニコは便せんの中から手紙を取り出し、声に出して読み上げる。
「一〇月三日の午後七時、お迎えに上がります」
「へ?」
「いや、本当にそう書かれてるの」
ニコが差し出した手紙に恐る恐る目を向けてみると、ニコが読み上げた通りのことしか書いてなかった。
何でお迎えに上がられるのか。
誰が来るのか。
ぼくに何の用事があるのか。
何でお迎えに上がられるのか。
詳しい内容には触れずにそれだけしか書かれていない手紙に拍子抜けしてしまう。
「び、びっくりしたーこれって偽物ってことだよな?」
「いや、それはないでしょ。だって本人限定郵便だったじゃん。生徒手帳見せたじゃん。馬鹿なの?」
「分かってるよ。分かってるけど、じゃあ、これってどういうことだよ」
「まあ、深く考えても答えは出ないっしょ。ほら、この日まで一週間はあるんだし忘れとけばいーの。そういや、今日の夕食トンカツだって。手伝わないと殺されちゃうよ?」
「あ、あああ、うん……」
結局手紙のことは漠然としないもやもやとした不安な日まで、忘れられずにいた。
あと三〇分もすれば、お迎えに上がられる。
本当に来るのかどうか。
なぜお迎えに上がられるのか。
詳しい情報は何一つ分かっていないけれど、本当に来るという気配だけは感じていて、ぼくは高校の制服に身を包んだまま夕食を済ませていた。
「お母さんはお兄ちゃんがなんで呼び出されるのか分かるー?」
ニコののんきな笑い声も今日はちょっと硬い。
「一輝が犯罪を犯しただなんて思ってないわ。でも、犯罪に巻き込まれたなら有り得るのかなって」
「お父さんはー?」
「うーん、これはやっぱり、陰謀論じゃないのかなあ」
真剣な表情であごひげを撫でるのは都市伝説が好きな父さんだからだ。
母さんもニコも神妙な面持ちをしているのにこのおやじはひどいな。
家族と話している間に三〇分は過ぎ、とうとう、時間になった。
居間にかけてある時計が一時間ごとに鳴る鐘を鳴らすとともに、玄関のチャイムが鳴った。
玄関先には黒いリムジンが停まっていた。
「数多ヶ原 一輝さんで間違いありませんか?」
「は、はい……」
ドアチェーンはもちろんつけている。
「本人確認のため失礼しますね。少しまぶしいです」
「うぉっ」
目にレーザーのようなものを当てられてびっくりしたが、特に痛みはない。
「一輝さん本人ということが確認できましたので本日お迎えに上がった説明を行いますが、この状態で大丈夫でしょうか?」
「え? あ、ああ……」
ドアチェーン越しが嫌なのか、それともぼくの後ろで戦々恐々とした表情を浮かべている家族が嫌なのか。きっとどっちもだろう。
「家族も聞いていい内容ですか?」
「無理です」
「む、無理ですか……」
にこやかな笑みで返されてしまえば何も言い返せない。
家族には居間で待ってもらうことにして、ドアチェーン越しに話を聞いた。
「え――――? それは――――ええっと、どういうことですか?」
「要するにあなたの目の前には両親と妹さんの借金を取り戻すことができるよい機会がやってきた、ということです」
地獄の日々に差し出された一筋の光明を一輝は手にするのかッ――――――!?