帰り道
この前の休日に釣りに行ったんだよ。
へぇ、1人で?
父と2人で。車に乗ってる時は母もいたから一緒かと思ってたんだけど、釣りをしてる時にふと横をみたら父しかいなくてね、多分途中で降りたのかな。
それはもっと早く気づくだろ。
読書中だったからね、釣り一式は父に設置してもらったから気づかなかったんだろう。
優しいお父さんだね、それとも人の分も設置してくれる程にとても釣りが好きってことかな?
どちらもノーだね。
どちらも?
まずもって父は優しくなんかない、そうだな、暴力的であるとか放任的とかいう訳では無いんだ。
というと?
何というか、とても言葉では表しにくいんだけど、避けられている様な
でも、放任的ではない?
そうだ、放任的ではない。僕との距離を測って接している感じでね、少しの心のずれがある。
そんなものならどの家庭にもあるだろうよ、それに心のずれってことは、心を通わせようとしている証拠だろ
違うね、あれは腫れ物に触るって感じの態度だ。郷に入っては郷に従えみたいな。
つまり?
相手に表面上は合わせて本質的には分かり合おうとしない。世間体を気にして1つのタスクとして僕を扱っている、だから心のずれが直らないんだろうね。
まあ、雰囲気は伝わったよ。
という訳で父は何年も使っていないような釣り竿を物置から引っ張り出してきて僕を釣りに誘ったんだ。タスクとして。
よって、釣りが好きな訳ではない。
僕との間を持つツールとしてと釣りなんだろうね、大方何時間も潰せるからという単純な理由。まあ、僕は休日は読書さえ出来ればいいから、動かない釣りは悪くなかった。
それで釣りはどうだったんだ
上々だった。三冊読み終えた。偶には海風にうたれながら読むのもいいかも知れない。
いや、魚だよ
分かってる冗談だよ、餌が悪かったんだ、何かは分からないけど魚は肉じゃ釣れないと思う、血だらけだったし、食いつくのはサメくらいじゃないかな。
釣れなかったと
1匹も釣れなかったね。というより釣れる訳がない。血だらけの肉に加えて場所も悪かった。本を読むには良かったけど。
ひとけが無いってこと?
そう、父と僕の他に人はいなかった。西の方にある海釣りの場所だった。いや、もしや釣り場でさえないのかも知れない。なにせただの思い付きだろうからね
本当にただの思い付きなのかな
どうしてそう考えるんだい?
釣り竿は何年も使っていないような感じで、
そうだね
そして餌は不適切だ、
血だらけの肉なんて魚は食わないだろう
ああ、でも肉は血だらけなんだろ?
血だらけだろうがそうでなかろうが肉は食わないだろ
そういう意味じゃない、肉は血だらけだった。つまり肉は新鮮だったってことだろ?
行く途中に餌売り場にでも寄ったんじゃないか
君も先刻言ってただろ、魚は肉なんて食わないって。だったら餌売り場に肉が売ってはいないだろう。
あっ、そうか。
つまり、君のお父さんは新鮮な餌を用意していたってことになる。
なるほどね、ただの思い付きではなかった訳だ。
しかし、ただの思い付きかもしれない。
おいおい、それを否定してたんだろ。
正確にはただの思い付きの様でいて計画的ってことだ。
よく分からないな。
ここからはただの推測だ。ところで君はお母さんの姿を休日以来見たかい。
藪から棒になんだよ、…見てないが最近は珍しい事じゃない、平日は僕が起きている内に家にいることはあまり無いな。ここ数ヶ月前から忙しくなったみたいだ。
そして、お母さんは車に乗っていたが釣りを一緒にはしていなかった。
…何が言いたいんだ。
君のお母さんは仕事で忙しくしているんじゃないのかもしれない。
…分かってるよ、仕事じゃないことくらい。多分、他の男と会ってたんだろうよ。
そうか、ごめんな。
いや、謝ることはない。寧ろぼんやり分かってたことが自分の中ではっきりして気持ちが落ち着いてる。今までも夫婦間の冷たい空気は感じていた。いや、はっきり言おう。もはや殺意だ。
殺意か。
ああ。
話を戻そう、君のお父さんは物置から出さなければならないくらいには釣りは好きではない。
ああ。
そして、釣りをするには不適切な餌と釣れそうにもない釣り場に行った。
そうだ。
つまり、釣りをしに行ったんじゃない。釣りはあくまで口実だ。
本当の目的がある、と。
本当の目的はその餌を持ってひとけのない釣り場に行くことだったんじゃないかな。
……
そして、西のほうにある海はその危険性から釣り場ではなくなったんだよ。危険ってのは、血だらけの肉に寄ってくる海の生物、サメだ。
……
君のお父さんは、つまり、餌をサメに食べさせることが目的だった。…新鮮な肉を。
やめてくれ…
餌から肉を剥いで、サメをおびき寄せた。
やめてくれよ…
君は多分お父さんに何か理由をつけて先に車に乗るように言われたんじゃないかな。
ああ、釣り竿は回収する手順が大変だからとか何とかって。
その時に餌をサメに…
…!
そんな目で見るなよ、言っただろう、これはただの推測だ。ほら、君の家が見えてきた。
……
じゃあまた明日。