第83話 ラスボス
お母さん
ドラゴンちゃんが運んで来た「玉」の中から、童女が無邪気に話かける。
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
ニコニコと笑いながら。
安心し切った笑顔を多岐都姫に向けて、ただ繰り返す。
『お母さん』と。
「どうして?」
童女となった八尾比丘尼に笑顔を見せ、そして困惑し切った顔を、多岐都姫は俺に向ける。
神にも理解出来ない道理がそこにあるから。
俺は視線をドラゴンちゃんに向ける。
俺よりも、実際に魂を救い出して来たドラゴンちゃんの方が、仮に多岐都姫からの質問があったとして、経験則や推測ではない回答が得られると判断したから。
「一度食われた八尾比丘尼は、魂だけしか救えない。龍神にしても、竜神にしても、真の神にしても、唯一絶対神でもだ。」
「………。」
お母さん
お母さん
お母さん
「つまりは、この魂は八尾比丘尼の純粋な魂だ。現世に生きる事により付いた、知識・知能・欲・経験・喜び・悲しみ。その全てを切り捨てた、神でも怪異でもない、人間の純粋な魂の塊がこれだ。幼子が求めるものは、その本能が求めるものは、それは当然、母の愛情であり、母の笑顔だ。だから、笑ってやれ。笑いかけてやれ。この幼子は、赤子と同じ、母以外には何も持たない、何も必要としない。」
「では、この子はこのままなのか?」
ドラゴンちゃんが、静かに頷いた。
「八尾比丘尼の魂は、そこまで汚染されていた。この世界の時間と空間が混乱しているのは、“永遠“が“永遠“を喰ったことによる矛盾だ。それは神には治せない。自家中毒もいいところだ。こうなった時、神が出来る事は、神に出来る事は。」
ドラゴンちゃんは俺の顔をチラリと見た。
うちの家族の心配をしているらしい。
大丈夫だよ、ドラゴンちゃん。
コイツらなら、大丈夫だ。
「……この世界を、リセットすることだけだ。一度滅ぼして、作り直す事しか我らには出来ない。」
人の、いや人だけでなく、生きとし生ける者全ての最終的な救いは、神に護られながらの死だ。
神は、安らかに送る事は出来ても、安らかなる魂を現世に留める事は出来ない。
それが、「世界の理」であり、それを乱す行為は、「世界の理を壊す行為」として、その世界崩壊の一因となる。
万能なる神がしてはいけない事。
それが、これだ。
「そうか。」
多岐都姫は、静かに顔を伏せた。
うふふ
お母さん
お母さん
お母さん
うふふ
無邪気に、八尾比丘尼が話かける。
一生懸命に、お母さんに話しかける。
「すまんな。儂ではお主を救えないようじゃ。」
うんにゃ。まだ手はあるぜ。
「ほ、本当か!」
慌てて多岐都姫が顔を上げる。
近い近い!顔が近い。落ち着け。餅つけ!
その為に俺がいるんだろ。
世界の理すら飛び越える「権利と義務と能力」を持つ存在。
それがワタリだろ!
多岐都姫、八咫烏。
「これより俺は…」
決意を述べようとして、俺の服を引っ張るやつが居た。
いや、奴じゃない。
奴らだ。
俺のお嫁さん。秋津サユリとジェーン・アキツ・グレイ。
俺達の義理の娘、秋津ユカリ。
サユリの背後には、元八岐大蛇こと竜神が静かに顕現し。
俺の隣にいたドラゴンちゃんが、ニコッと見たことない男前な、でも優しい笑顔を見せた。
「かれこれ80話、みんな家族として旅をして来たんです。多岐都姫様も八咫烏様も、恐れ多くも秋津家の家族です。八尾比丘尼様が多岐都姫様に娘なら、八尾比丘尼様だって秋津家の家族です。」
お嫁さん、秋津サユリが静かに、でも力強く言った。
仕方ねえなぁ。
俺は、「女の可愛い我儘」はなるたけ拾ってやるんだ。
増長した我儘は、女ごとなかった事にするけど。分子レベルまで細分化して、飼い犬ペルの朝ご飯のドッグフードにかけて処分するけど。
やれやれだ。
さて、ドラゴンちゃん?
敵の本拠地は何処だ?
「紀州。」
なるほど。
それだけわかれば、俺には充分だった。
………
徐福。
古代中国は、秦の方士・道士。
日本でも、司馬遷の著した史記に名高い「秦の始皇帝」の命により、不老不死の霊薬を探す旅に出た男。
旅先は、日本・朝鮮・台湾・フィリピンに及んだとされる、伝説の男だ。
竹取物語に謳われる蓬莱山に到達し、不老不死になるも、その頃には天下巡遊途中の始皇帝は崩御し、宦官趙高の専制下にあった為に、ついに帰国しなかったとされる男。
つまりは、この男が、この話の黒幕という事だ。
永遠を手に入れた男が、永遠を手に入れた女を食べた。
性的な意味での食べたではなく(そう言った事態があったかも知れない事は否定しないが、何しに今の八尾比丘尼はただの童女、いや、幼女・幼児だ。)、文字通り食べた。
肉体を咀嚼し飲み込み、消化した。
徐福の肉となった。
しかし。
例え不老不死の身体を手に入れた人間であっても、所詮、人間は人間。
精神がすり減らない筈がない。
たった1人で2,000年を生きて来た男。
道教遠極め、生きながらにして仙人になった男。
その男が、俺達の前に立っていた。
場所は、紀州は熊野。
日本においても、徐福の足跡は、沖縄から青森にまで及ぶ。
その中で最も伝承が深い場所。
そして神深い場所。
那智の滝に徐福はいた。
「秋津流剣法奥義!重破斬!」
はるか手前から、サユリの竜骨剣による重力斬りが地面を抉る。
凡そ5~6Gの重みが、那智の滝から流れ出る谷をもう一本穿ち、徐福の身体が四散した。
だが、やがて身体の再生が始まる。
どれだけの時間がかかるのかは不明だ。
伊賀の影丸に出てきた不死身忍者・天野邪鬼は一昼夜だったかな?
「秋津流究極魔法!Rain!」
あれまぁ。懐かしい顔が出てきたよ。
茶色い太縁メガネに細い目、細い声。
◯江千里じゃん。
アコースティックギター一本で、往年のヒット曲を歌い奏でる男をバックに、ジェニーが両手を中空で絞り上げると、瀑布の水が細くなり細くなり。
数メートルあった幅は、やがて数十センチになり、数センチになり。
そして1ミリを切った。
全てを溶かし、全てを切断する水の超加速カッターが、徐福だったものを更に粉々にしていく。
「秋津流奥義、竜の咆哮!」
竜神でも蛇神でもない、日本最強最大のモンスター、八岐大蛇の口から超音波が吹き出し、肉片を細胞クラスまで切り刻む。
「いくぞ、ユカリ!」
「はい、お姉様!」
「秋津流奥義、龍の咆哮!」
「うちの旦那奥義、龍の雷!」
龍化したユカリの口からは、ミニ恒星と言えるほどの高温火球が。
ドラゴンちゃんからは、◯ングギドラの如き高圧電流が。
どうでもいいけど、うちの旦那奥義ってなんなん?ドラゴンちゃん。
それぞれ、徐福の細胞核を完成に破壊尽くした。
「あんぐり。」
なんだ、どうした八咫烏。
「那智の滝の地形か変わってますな。」
そうかあ?俺が知ってる那智の滝って、あんなんだったぞ。
「あっしが知ってる那智の滝は違いまさあ。」
ああそういえば、この辺は八咫烏の本場だっけか。
「親分の家族はなんなのさ。あれ。」
あれくらい、いつもの事だろ。
大体、ラスボスが徐福ってのがダメだ。
インパクトが今更ながら弱過ぎる。
「そう言うもんですかね?」
仕方ないだろ。色々伏線を回収して行った結果、バトルじゃなくロジックを優先する必要があったんだ。
この先、徐福を2段変化させようとか、他次元で第2戦を行おうとか考えたけど、どうやってもうちのサユリですら、苦戦する絵が思い浮かばない。
「あと、2月中になんとか更新しようとしてますか?」
当然。
いつもなら5,000字くらいダラダラ書き続けるけど、今回はさっさと終わらせるぞ。
さて。
しばらく封印していた(使ってなかっただけ)の魔神を召喚しよう。
重力魔神!ゴー。
途端に那智の滝に、それもポイントポイント、半径数ミクロンの穴が開く。
言うまでもない。
嫁ーズが、八岐大蛇が、ドラゴンちゃん姉妹がミクロン単位まで粉々にした、徐福だったものだ。
それでも徐福は死なない。
それでも徐福は死ねない。
おそらく意識もあるだろう。
いきなり現れた謎の軍団に、己の身を粉々にされて。
『マントル対流の中で、永遠に焼かれ続ける』
未来を叩き込まれる事に。
徐福は何を思うのだろう。
お母さん
お母さん
お母さん、大好き
無垢の幼女は、玉から出されて、多岐都姫より肉体を与えられて、多岐都姫の胸に顔を擦り続けている。
既に八尾比丘尼の、不老不死の身体は失われた。
おそらく、徐福と共に、不死身の細胞は永遠に焼かれ続けるのだろう。
因みに、その細胞核まで分解されて原子レベルの大きさの、意思を持つ細かいふりかけは、細胞分裂等により再生することはない。
そこら辺は、ワタリのインチキパワー保証、大体あと40億年くらい有効だ。
徐福は、結局、名前だけで一切の意志表明を許さないうちに滅ぼしちゃったけど、なんなら仙界にでもレスキューして貰えばいい。
日本神界とワタリの管理の下、下っ端仙人からやり直す手もあるだろう。
「お母さん」
八尾比丘尼は、ただのヒトとして、ただの幼女として、その身体が得た人生を歩み、全うしていく事になる。
多岐都姫は経産婦で、子育ての経験もある神だから、そこら辺は上手くやるだろう。
さて。
とりあえず、一息ついたか。
今回はこれで終わりだ。
あとはエピローグに入る。
この前代未聞の大馬鹿小説も、次回もしくは次々回で終わる予定だ。
んじゃね。
(なんだこの締め方)




