第79話 溺れ神
あのさぁ。
嫁2人を(変な日本語だな)を無事回収して、俺たちは北へ向かった。
ユカリと多岐都姫を天秤にかけた時、多分やばそうなのは多岐都姫。
というか、神様なんだからやばいわけないんだけど。比較してだな。erだ。比較級。
何しろ、ユカリの方にはうっかり世界を滅ぼした事がある、うっかりドラゴンちゃんが付いてるから、クライシス的には大丈夫。
この世界が今現在滅びていないのだから、ドラゴンちゃんは怒ってないのだろう。
あれだけドラゴンは頭が悪いって強調してたし、さぞかし頭悪い展開になっているんだろうけど。
まぁ本当にヤバければ、ユカリともドラゴンちゃんともパイプが繋がっているのでわかるもんねー。(ユカリは擬似とは言え親子関係を結んでいるし、ドラゴンちゃんとは子宮の奥まで時空を超えて繋がっているので。)
その繋がりは、数ヶ月婚姻関係を結んだ嫁ーズとは桁が違う。
あとほら、多岐都姫の野郎(女神なのに野郎とはこれ如何に)、自分で出した津波に攫われて行っちゃったから。
「ゆらぁりゆらゆら。」
ぎっちょ、ぎっちょ。
「ゆらゆらゆらゆらユカリさん。」
ぎっちょ、ぎっちょ。
意味不明なオノマトペは、川船で移動しているから。
多岐都姫は、天照皇大神の娘であり、世界各地の神話・神族のうちでも高位にあたる神だ。
だから、ピヨちゃんに化けさせて神威を封印させていたのだけど、うちの戦力のインフレが止まらないので、隠すのは無駄と判断。
普通の人間なら多岐都姫が近寄って来るだけで平伏しちゃう筈だけど、うちの人間は普通でないと見える。
で、俺だけでなく、サユリにもジェニーにも多岐都姫の居場所が丸わかりになってる訳だ。
ジェニーが大暴れしていた場所から、北へ7里。
前回、ジェニー軍団がド派手に放水していたけれども、その水源は湖だ。
面倒くさいから、今でっち上げたわけじゃねーぞー。
一応、水棲怪異の存在根本として、「大規模な水」は全て常に存在はしていたんだよ。
水がないところに居た深沙大将は、よく乾涸びてたろ。
セクサロイドを呼び出すには面倒な道行きなので、適当に調達した小舟をサユリが漕ぎ、ジェニーがよくわからない鼻歌を口ずさんでいるから、オノマトペの合唱になっている訳だ。
「ゆらゆらゆらぁり。旦那様?何か対岸で水が噴き上がっていますよ。」
「私あれ知ってます。間欠泉ってやつですね。温泉がぴゅーって時々噴き上がるんですよね。ぴゅーって。」
ふむ、前方の岸から、確かにおよそ20メートルくらいの高さまで、水が噴き上がっている。
しかし、間欠泉にしては間隔が短くないか?
ほら、いちにのさんぴゅー。
いちにのさんぴゅーっ。
まるで誰かがお腹押して、口からぴゅーぴゅー吹き出す、竜ちゃんが健在だった頃のダチョウ倶楽部のネタだぞ。あの間隔。
あのさぁ。
「……。」
「……。」
そりゃ、神様がやれば、こうもなるわな。
間欠泉見物に向かってみればだ。
裾を乱して、襟元も乱して、秘所も胸も剥き出しになり、お腹を丸々と膨らまして仰向けに寝転んだた多岐都姫が、口からぴゅーぴゅー水を吐いていた。
腹では八咫烏がぴょんぴょん跳ねている。
八咫烏の跳躍に合わせて、水が噴き出していたわけだ。
で、冒頭に戻る。
あのさぁ。
ところで、なんで八咫烏は烏なんだ。
人間の姿の方が押しやすいだろう。
「コレ一応、人妻なので。あと、オイラ雄なので。怪しい絡み合いはしない方がいいかと思って。」
ぴゅーっ。
ぴょーん。
ぴゅーっ。
ぴょーん。
ああそういえば、多岐都姫の旦那は大国主命だったな。
「この湖は後に諏訪湖と呼ばれ、多岐都姫が渡った跡は、御神渡りと呼ばれる自然現象が起こるのであった。」
「多岐都姫の水の噴き上げは、後に上諏訪の名物、間欠泉となりました。」
君達、適当な事言ってると、本当になっちゃうからやめなさい、
サユリが使役する竜神を足したら、神様がここに3柱いるんだから。
ああでも、湖の丸い形といい大きさといい、諏訪湖と言っても差し支えないなぁ。
キョロキョロ。キョロキョロ。
ふむ。ここには敵は居ないのか。
「一応、あっしらモノホンの神ですからねぇ。野盗や妖怪如きじゃ、近寄っても来ませんわ。」
「ブヒィ」
多岐都姫の目が開き、口からは色気の欠片もない吐息が吹き出した。
おい、多岐都姫はピヨちゃんであって、豚ではなかったはずだぞ。
「ふひぃ。酷い目に遭った。」
自分で勝手に酷い目に遭っただけだけど。
「あぁ済まん済まん。自分の存在は今、ヒトとして顕現しているのをすっかり忘れておった。」
ドジっ子にも程があるぞ。
「テヘペロ。」
いや、可愛い素振りしても、あんた経産婦でだいたい3,000歳くらいだろ。
「さてなぁ。古事記と日本書紀じゃ、儂の記述違うしの。あ、あれじゃ、女神3姉妹のうちの1柱らしいのでこうしようかの。」
どうすんだ?
「多岐都姫!17歳です!」
おいおいって、寒いわ!
いくらうちにはリアル15歳とリアル12歳が居るからって、並ぶな。
「冗談じゃ。あぁ酷い目に遭った。」
自業自得だけどね。
で、どうすんだい?パーティーがバラバラになるパターンは王道だけど、誰一人ピンチにならないし、ここは俺に任せて先へ行けパターンが無意味に陥っているんだけど。
特に誰かパワーアップしたとか無いし。
「いやほら、作者が意図しているラスボスがあいつだと、正直儂等勝ち目ないのよ。いや、お主なら負けようがないのはわかってる。だから最終兵器をお主から遠ざけた。」
まぁね。
ボスキャラがアイツなら、最終的にこの世界を滅ぼしちまえば良い。
実際、そうして神に見放された世界を俺の手で滅ぼした(支配生物を壊滅させた)事もあるし、ドラゴンちゃんを性具で拘束して、ドラゴンちゃんが快楽でのたうち回っている間に星そのものが崩壊した世界だってある。
「けど、儂はこの国が好きじゃし、この時間と空間が入り混じり、混乱の最中にありながらも逞しく生きる人間が好きじゃ。或いは人間に類する生物が、動物達が好きじゃ。我が母は、儂を試す事でこの世界を継続させるかどうかを決めたようじゃが。最近、やっとわかったんじゃよ。それ故のお主との旅だったのじゃな。」
じゃなって言われてもだな、津波を起こした理由になっていないぞ。
「お主の嫁御じゃよ。最後の鍵は。」
だろうな。
はっきり言って、俺もサユリもユカリもドラゴンちゃんも「壊す」役割だ。
しかし、1人だけ違う。
「育てる」能力に特化した奴がいる。
「それは、わたくしの事ですか?」
御神渡りと間欠泉を、信濃国風土記に書き足している、下の嫁が首を傾げる。
信濃国風土記なんか、とっくに散逸している筈だけどなぁ。
まぁ、ジェニーが鍵な事はわかる。
「魔法」と言うものに特化した女性だからだ。
俺が使っているのは、基本的に魔神の力を我身で純化培養した力であって、俺独自の力ではない。
俺独自の力といえば、サユリと同じ。
丹田で練った気力を力任せに放出しているだけで、魔法というよりは人間という生物に備わったスキルでしかない。
何?人間にそんな事が出来るのかって?
出来る。
純粋に日々是修行に明け暮れた人間には、稀に生理学や物理学を超越した能力を持つ者が現れる。
ましてや俺はワタリだ。
死ぬ事も許されず、生物としての全能力がカンストしている状態だ。
そんな人間が悠久の時を使って修行に明け暮れたらどうなるか。
それが俺。
自分の妻を、弟子を、俺の全力を持って育成したらどうなるか。
それがサユリ。
しかし、ジェニーに関しては、12歳とはいえ自分の女房なので、その未発達未開発な身体にいやらしい事しまくった以外は、特に何かを教えた事はなかったんだけど。
強いて言えば、彼女はビブリアだと言う事かな。
魔法を、魔力を自力で顕現させるには、強力なイメージングが必要になる。
普通の人間には到達出来ない集中力が必要になるのだけど、おそらくジェニーは生まれつき、それに近い能力を持っている。
更に俺と毎夜身体を交わす事により、ある意味で俺の使い魔、もしくは下僕となり、俺の力を無意識のうちに利用する事が出来るようになったとか。
(これはサユリにも言える。サユリは夫婦の契りを交わしてからは、明らかに身体の動きが変わったと言っている)
サユリや俺とバカ話している時以外は、俺の世話を甲斐甲斐しく焼いているか、隣で静かに読書をしているかだ。
そして、教養として音楽を聴く事を好む。
俺が持ち出した音楽デバイスから、和洋問わずジャンル問わず、音楽を聴きながら、小説から、ノンフィクション、学術書から写真集まで楽しんでいる。
その時の嬉しそうな、楽しそうな顔と、集中力に溢れた目に俺たちですら声がかけ辛くなる。
つまりは、そう言う事か。
「?」
ジェニー。お前、前回人魚と河童を使役してなかったか?
「そう言えば、そうですね。なんかデッカいのが来たから、みんな助けてー!って思ってたら、みんな助けてくれました。」
「そこら辺はもう、金髪嫁の魔法じゃないの。むしろ、人柄じゃろう。」
「はぁ。」
「そもそも、人魚にしても河童にしても、特に悪性な怪異ではない。怪異は人間とは最初から相容れないから、並立或いは相対すれば人間が傷つくだけ。少なくとも人魚共には、積極的にヒトを傷つける意思はなかった筈じゃ。」
だから、儂は、操られているであろうアイツらを、誰も殺さないでくれと頼んだ。
そう言うと、多岐都姫は俺たちに頭を下げた。
ワタリの俺にだけじゃなく、ただの人間の「秋津サユリ」と「ジェーン・アキツ・グレイ」に頭を下げた。
「頼む。アイツを救ってやってくれ。」




