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第72話 くま!…くま?

「あららららら、凄い事になってますねぇ。ほえええ。」

お嫁さんが、怖々と崖から身を乗り出して下を覗き込んでいる。

だいぶ解消されて来たとはいえ(海に山にあちこち行ったからね)高所恐怖症気味のジェニーは、俺にしがみついたまま近寄ろうともしない。


前回、いきなり謎の集団に矢を撃ち掛けられたので、とりあえず謎の集団を殺し尽くしてみた。

なんか俺の反射スキルが反応しなかったので、物理的な質量兵器を、すなわちでっかい剣を謎の集団の本拠地にブッ刺してみた。


長閑な農村。一面広がる田には水が抜かれて稲株だけが残る中(ついでに大量の死骸が転がる中)、標高30メートル程度の独立丘が一つ。

山肌が鋭利に削られ、ところどころ深く切り込みが入って居るのは空堀のつもりだろうか。


大手門、もしくは正面入り口のえらく急な坂を一直線に登った。

途中、傍に逸れる空間がある。土塁に囲まれているので、おそらく曲輪なんだろう。

粉々になった白い物が散乱していた。


「人骨、ですかね?」

うちのお姫様は、足元の白い物を蹴飛ばした。罰当たりな、でもそれだけ地獄を見てきた証拠でもある。僅か13歳の少女はイギリス王家で、王族達の道具として、いつか北の帝国の地下に虜囚の身となっていたんだ。


人骨だな。ほれ、そっちの土塁に袈裟やら肉やらがプレスされて、こびり付いてる。

「どうやったら、こうなるのかしら。」

単純に衝撃波だよ。音速を超えるスピードで山をぶった斬っただけ。ほら、地面が皺寄ってる。

俺はこの山を真っ二つに切り裂いた草薙の剣を懐に戻した。今さっきまで大気圏外まで届くほど巨大化していたんだ。コイツは。


で、冒頭に戻る。

本丸と言うか、本堂と言うか。平たく生地されていたであろう丘の頂上は、ただのキレットになっている。

つまり、剣が刺さった分だけ谷になっていた。

勿論、生存者は1人もいない。


つうか、多分この里には生きている人間はいない。

つまり、この里に生きていた人間全てが俺に、もしくは俺達に殺意を抱いていた訳だ。

俺達に害意を及ぼす考えを持つ者だけを殺せ。それが俺のワタリの力の発動条件だったから。



「…………。」

なんだ多岐都姫。なんか言いたそうだな。

「いやな、ここまでお主達が悪ふざけしないから、なんか尻がむずむずする。」

それは俺のせいじゃないなぁ。

「几帳面にも週に1回ずつきちんとアップしとるし。」

あ、コレ?前に1週間考えろっつうて、リアルタイムで1週間空けるってギャグやった後遺症。乗ってた時は、週に2~3回更新してたのに、最終章と銘打ってからは、嫁ーズも全然無駄話しないの。

どうしよう?

「お主よお。神に祈るなら、もう少しマシな事をだな…。」


ほい。

崖を覗き込んで、

「へーほーうっひゃあ。」

とか奇声を発していたお嫁さんの襟元を摘んで、ひょいと抱き抱える。


同時に崖下から、何やら大量の火柱が上がった。 

「び、びっくりしたぁ。」

目を見開いて胸に手を当てるお嫁さん。

コイツがここまで驚くのは、珍しいかな。

なんだかんだで剣術娘は肝が据わっているから。

さて、何が起きたのかな?


一同を下がらせると、ユカリだけをお供に崖に近づいた。

「パパ、なんでユカリなの。おかーさんじゃ無くていいの?」

それはね、ユカリ。


その刹那、崖からデカい毛むくじゃらで、鋭い爪の生えた黒い手がヌッと現れた。崖が崩され、手は俺とユカリにおそいかかる。


俺は草薙の剣で、ユカリは咄嗟に龍化した俺達ほどもある爪を弾き飛ばす。

 

単身の防御力が一番高いのはユカリだからだよ。


「わ、わかったー。でもユカリも今のは驚いたかも。」

びっくりと言うよりは、どっきりの方だなぁ。

同時に、地の底から山を震わせる咆哮が響いてきた。

ハイハイ。鼓膜が痛えから、あんまり大声出すな。


やがて、崖から巨獣が這い上がって来た。

漆黒の巨体。血走った目。ダラダラと流れる涎。


「うひゃー!でっかいなぁ!身体だけで言ったら、お姉様よりでかいかなぁ。」 

「でも、ほら。北の帝国に行く時に慎吾様がちゃっちゃと倒した巨人よりは小さいですね。」

「ブロッケン山でもデカいのは出てきましたねぇ。」 

「考えてみれば、儂等も色々な魔王を倒してきたのう。」

「身長57メートルはありそうですな。」

お前ら好き勝手に喋り過ぎだ。八咫烏なんか口癖決めてなかったろ。

「ヤンス?」

ヤンスキャラにしたけど。確かに下っ端感あるけど。


「ところで。」

こう言う時に音頭を取るのは、一応常識人ポジションにいるジェニーだ。


「「「「「なんで熊?」」」」」


さあねぇ。 

「私達だけが強くなり過ぎて、敵がいなくなると言う、ある意味前衛的なバトルものですけど。」 

「え?ジェニー、このお話ってバトルものだったの。」

「一応、第一話から旦那様はバトってますよ。」

「ああほんとだー。トマソンさんて居たねー。今何してんだろ。」

多分、重量魔神にミクロン単位まで圧縮されてるよ。

そういえば、思いっきり質量崩壊させてるけど、ブラックホールになってねぇだろうな?

「うむ。初期設定は中世異世界だったが、今の舞台は地球だからの。ほっといても問題無かろう。」

そっか。あの宿の娼婦にまた来るって言う言っちゃったのになぁ。


が、ガウ。


あ、熊が困ってる。

「くまってる。」   

「ジェニー、それを言わない勇気を身につけましょう。」 

「え?駄目ですか?」

「駄洒落はねぇ。散々私達も馬鹿な事言ってきたけど、極力控えていたわよ。」

「その役目をユカリに振っていた様な気がするなぁ。」

「な、なんの事かしらね。ぴゅーぴゅー。」

「おかーさん、口笛吹けないからって、口でぴゅーぴゅー言わないの!」


ガウ。 


ああ悪いな。

俺達の悪い癖だ。脱線し始めると、いつまで経っても戻ってこない。


「だって熊ですよ熊。今時熊。前章では宇宙人相手に大戦争したのに、熊。しかも最終章に入って熊。中ボスがデカいだけの熊。どうやって負けましょうかね。」

言い過ぎだぞお嫁さん。デカ熊が崖下に隠れようとしてるじゃないか。


「でも旦那様。全体のクライマックスに来るのに、敵が弱体化してどうするんですか!」


ガウ


ああ、声すら遠くなっていったよ。


まぁな。このパターンもある。

すなわち、的が強さのインフレについていけないのなら、主人公側を弱体化させる!

「パパが弱体化するの?」

弱体化とは少し違うけど、一応してるよ。

「「「「「え?」」」」」


俺は草薙の剣を取り出した。

今さっき、この山を真っ二つにした日本神話に伝わる最強の神剣である。


熊。こいこい。    


が、ガウ?


のしのしと、巨大熊が崖からそっと顔を出した。 

えい!

その鼻先に向けて草薙の剣を振り下ろす。

ぺちん、となんとも恥ずかしい音がして、日本神話最強の神剣はポッキリ折れた。


うが?

ほら。


「ほらではないわい。お主なんて事をしてくれた!ええい寄越せ。どうしよう、ご飯粒で付くかのう。」

慌て過ぎだ多岐都姫。言ってる事が、母ちゃんになってるぞ。


柄だけになっている草薙の剣は、俺が気合いを入れて一振りすると元に戻った。


つまり、俺が一度見せたワタリスキルは、奴らに通用しない。


「それって不味くない?」

「テコ入れって奴かなぁ。」

「テコ入れは中盤に行うものです!終盤に行うのはどんでん返しです!」

「ジェットスクランダーとかそうだったね。」

「ウォーカーギャリアとか、ビルバインとか。」

「2作続けての主役メカ交代はややり過ぎだと思うの。」


ウガガガガ!


キーれた切れた。一応、ボスキャラなのに、放置されっぱなしで切れた。


「旦那様。踊っている場合ではありません。お姉ちゃんとユカリさんで前衛を。私は讃美歌の詠唱に入りますから、多岐都姫様はわたくしの防御をお願いします。八咫烏様は遊撃として、旦那様の援護をお願いします!」


「任せて!」

「うん。」

「早く此方に来るのじゃ。」 

「旦那!行きまっせ。」


なんと。ジェニーがいち早くフォーメーションを指揮している。

しかも、的確だ。

最近、吉川英治と横山光輝の三国志にハマっていただけはある。

「イギリスにはアーサー王物語とか小パーティの戦記物はあるのですが、どちらかと言うと宗教と王権継承のドロドロしたものが多くて。」 

おいおい。そりゃ何処の国も同じだろ。

「でもなんですかね。中国や日本の戦記物は筋肉馬鹿が大笑いしながら殴りあったり、書物馬鹿が相手の裏を痛快にかきまくる爽快感がたまらないのです。どうせ戦いなんか陰惨なのですから、ド派手にぶぁーと行くべきです。」 

誰だ、ジェニーにクレイジーキャッツを吹き込んだ奴は。


「いやいやいやいやいやいやいやいや、そんな事は後回しでええじゃろ。可哀想に、お主らの話が終わるまで、あの熊、両手あげてがおーって吠えたまま固まってだぞ。ほれ、息が続かなくて咽せとる。」


あーほんとだ。けほけほ言ってるよ。

ごめんな。

 

が、ガウ。


あーあー、涙目になっちゃって。


「あのー慎吾様?そろそろ本題に戻りませんか?慎吾様の弱体化って結構な危機だと思うんですけど。」 

ん?誰が弱体化したって?一度使ったスキルが使えなくなったって言っただけだぞ。

それに。


熊を慰めていた右手を、熊の鼻先に当てる。


スキルを使わなきゃいいじゃん。


発動したのは勁。どちらかと言えば、中国武術の奥義に当たるが、どちらにせよ体術を極める過程で身につけたもの凄おーくテキトーに言うと、チョーノーリョクである。

うちの嫁もあれこれ人間離れしてるけど、基本は自分の力。鍛え上げた末に身につけた能力。蛇神改め竜神の力は、あくまでも補助に過ぎない。


だから。


巨大熊は悲鳴すらあげず四散する。

多岐都姫がすかさず結界を張ってくれたので、誰も返り血を浴びる事なく、頭部を失った熊は再びキレットの奥深くに落下して行った。


それにしても、なぜ熊?

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