第67話 迎撃
サユリが練り上げた物は、気であり、念。
それは、身体でも精神(心)でも良い。鍛え上げた、鍛え抜かれた人間のみが手に出来る能力だ。
だけど、俺は違う。ワタリって存在は、世界の安寧を得る為には選び抜かれた、選ばれし存在だ。
因みに、本人の意思は無視される。
交通事故みたいなもので、何者かに勝手に選ばれて、しかも選んだ後はほったらかし。
だから、俺みたいにいい加減なワタリも出来ちゃうんだけど、今んとこ他のでワタリが退治に来ないって事は、許容範囲内のいい加減さなんだろう。
俺の言動をまとめたこの小説は出鱈目の極地だと思うけどな。
つうわけで、見てろサユリ。
師匠が練るものは気じゃない。
「存在力」だ。
つまり、俺が居る限り、俺に敵対するものは自滅自壊していく。
見なさい。
俺が歩くと上空の空飛ぶ円盤がぽとぽと落ちる。
「蚊取り線香の煙に巻かれた蚊みたいですね。」
イギリスに蚊取り線香があるんだ。
「どうやったらあの域に到達出来るんだろう。」
だから、ただの人間なサユリには無理だって。
「ところで、空飛ぶ円盤が建物に墜落して炎上してますね。」
まぁそのくらいは勘弁して貰おうぜ、とりあえず円盤は全部撃墜したし。
と。
来たか。
空飛ぶ円盤が役に立たないならば、次に来るのは白兵戦。古くは北欧のバイキングから、近年だと宇宙戦艦ナントカが◯スラー艦相手にやった正統的な作戦だ。
だ。
だ。
………。
なんだありゃ?
「顔デカイわねぇ。」
「どこかで見た事ある顔ですねぇ。」
そりゃね、ジェニーさん。俺らの年代だと、学研のジュニアチャンピオンコースとかで散々見たし、さっきの海ん中でミニラみたいなドーナツ吐いてたし。
「あぁ、モアイさん!」
「渋谷の?」
それはモヤイさん。というか、お嫁さんの時代は、えーと。渋谷氏がまだ健在なのか。
Wikipedia、Wikipediaっと。
「いや、慎吾様?スマホで渋谷氏の歴史を調べるのも良いですけど、顔デカ宇宙人が来ますよ。」
「ひのふのみ、大体、5万人くらいですかしらね。」
近似値の測り方を知ってるイギリス女王ってなんなん。
まぁなんだ、それならウィーンやブロッケン山で戦った時より少ねえじゃん。
しかもあん時は、魔王軍を相手取ったんだから、宇宙人とはいえただ少し科学が発展しているだけだろ。
あぁ、敵がどんどん弱くなっていく。
と、俺に向かって光の束が集まって来た。
すかさず素手で全部叩き落とす。
ふむ、この感触は。
ふむ。連中は俺が指揮官だと判断して飛び道具の集中攻撃か。
「慎吾様。今のは?」
レーザービーム、いわゆるパルスレーザーらしいな。簡単に言やぁ熱線銃だ。
「えー!また飛び道具ですかあ。私の刀の出番がありませんよう。」
大丈夫。物理的な光線ならば無効化出来るら。パルスならば矩形波に合わせて周波数領域を変えちまえば済む。
こんな風に。
俺が少し息んで、そのまま一気に解放させるとモアイ人間達が狼狽し始めた。
無理も無かろう。
円盤が駄目。ならばと切り札に出したパルスレーザー銃も役に立たない。
「では、参ります。」
あぁちょっと待てお嫁さん。突っ込むのは構わんが、このままだとジェニーの護衛が居なくなる。
「…たしかに。今まではユカリやピヨちゃんが居ましたのに、今回は戦力不足です。」
大丈夫。こんな事もあろうかと。
「あ、真田さんだ。」
「空間磁力メッキの時はスイッチを切り替えるだけで、そのセリフ言って無いのよね。」
またいつもの雑談パターンが始まったけど、最後だからいいか。
きたれ!アープ、ホリデイ。
「たくさぁ。私らを簡単にゲストとして使い捨てといて、都合が悪くなると呼ぶんだから。」
まぁそう言うなしっこアープ。
「しっこ言うなぁ!」
お前とドクの、西部一の腕前が欲しいんだよ。
「そ、そう。私が必要なのね。」
「あんりまあ。アープの顔が真っ赤だで。」
「黙れ酔いどれ保安官!」
つうわけで、お前らは後方でジェニーを守りながら撃ちまくれ。サービスで弾は無限に撃てるし、銃身は熱くならない様にしてやる。
「相変わらず滅茶苦茶な男ね。」
「でもま、幾らでも撃てるならまんず頑張っぺえや。」
よし、それじゃ行くぜサユリ。
「はい、師匠!」
俺は無造作に草薙の剣を刀に乗せ、サユリは竜骨刀を鯉口を切った。
そこに響き渡るキーボードとドラム。
…響き渡る?
キーボード?
ドラム?
ありゃりゃ。
どっかで見た事のある3人組がギターを抱えているぞ。
グラサンオールバックにモジャモジャメガネに面白ギター。
この曲は、このトリオの頂点、和訳すると汗と涙じゃないか。
涙に♪
ああ、面白王子とうちの女王様が一本のマイクで歌い始めた。ジェニーがシャウトしてるよ。ジェニーの魔力は演奏・演者の具現化まで進んだか。
バックバンドも居るし、ドラマーがスティック投げまくってるし(どんなドラマーだよ)、どでかいスピーカーが町中に立ってるぞ。
まぁいいか。アープ、ドク、俺の背中は任せた。
「ったく。そんな口説き文句で私が簡単に惚れると思うなよ。でも。承知!」
「任せてけんろ。」
「「行けええええ!」」
輝きを無くした♪
曲が最初に転調に入ってところで、俺とサユリは敵の中に飛び込んでいき、刀の切れ味に任せてモアイを斬って斬って斬りまくる。後方からは銃声が響き、戦う術を無くしたモアイが次々と倒れていく。
サビと同時に血煙が立ち昇る様に、わざと時間を調整したんだよ。
街に広がる大音量のロックをBGMに、俺とサユリは更に斬って斬って斬って斬って斬りまくる。
保安官コンビの弾丸は、的を違わず確実に、モアイ人の眉間、もしくはこめかみに穴を開けていく。訳の分からない形状の生物ならともかく、ヒト型の生物ならば確実な急所は頭。牛を追い、コヨーテを殺し、場合によっては人も殺す。そんな弱肉強食のアメリカ開拓時代に名を成したカウボーイ・カウガールが、ドク・ホリデイであり、ワイアット・アープ。
元の腕が良いところに、俺が補正をかけているから百発百中・一撃必中。外側のモアイ人を適切に倒していく。
…こんなフォーメーション見た事あるなぁ。
「うわーっはっはっはっ!」
ああ、アイツかぁ。アイツん時だな。
「物語のクライマックスで、全員集合なお約束をするなら、何故儂を呼ばん?」
いたなぁ。こんな人。
「プロイセン王国鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルク。ここに参上じゃい。地球の危機なんじゃろ?」
まぁ一応。ここで負けたら、21世紀はモアイに埋め尽くされるけど。
「ならばイギリス女王が参戦して、ドイツ宰相が参戦しないわけにもいくまいて。」
つうわけで、モアイ人の背後にはビスマルクの愛機◯ス・ボロットが立ち塞がる。
「光◯力ビーム!ワッハッハ!」
本来なら機械獣相手の兵器を、宇宙人とはいえ生身の人間にぶち当てているもんだから、ひとたまりも無く地面の染みになっていく。
おいおい、ここまで来て美味しいとこ全部持ってかれ出したぞ。
キョッキョッキョッキョキョキョキョ〜
キョッキョッキョッキョキョキョキョ〜
サビに被さる蜥蜴の鳴き声。
よく聞けば、これサビのコーラスじゃねぇか。ああ、白鯨が指揮してるよ。
しかも燕尾服に着替えてやがる。
「力無き民草も、少しでもあなた達の力になればと思いまして。」
それはいいけどさ。
頭デッカチ四頭身のモアイ人の真ん中で斬りまくるサムライ2人に、背後で拳銃を撃ちまくるアメリカ人、モアイ人の背後で虐殺しまくるボ◯・ボロット。とうとうステージまで顕現させやがったイギリス女王とジ・◯ルフィーがロックをシャウトし、いつのまにかバックバンドがフルオーケストラに進化して、更にその背後では、白鯨の指揮で全員正装してスコアを持って合唱している蜥蜴人。3割くらいは白いドレスだから、アレは雌なんだろう。
なんだこの地獄絵図。
ビスマルクの言う通り、かつての仲間再集結!は普通に燃える展開なのに、どうしてこうなった?
「慎吾様が好き放題してるから、話が捻り繰り曲がった果てですよ。あれ?刃が当たってないのに斬れた?」
…うちのお嫁さんは、斬り合いの真っ最中に奥義を一つ、身につけた様だ。
空気斬りとか、遠隔斬りとか、俺が言ってる奴だ。闘気だとか殺気だとか言われてるものが剣先から迸っているんだな。
更に最終奥義になると、刀を抜かなくても斬れる。そこまで行けば皆伝だ。
「むう。先は長いですねえ。」
14歳でここまで来る奴が、そもそも居ねえよ。
うちの嫁ーズがどんどん能力をアップデートしていく中で、ちょいと一つ疑問が。
クライマックスムードが勝手に高まっているけど、俺が、ワタリが、この世界に来た理由はなんだ?
今まで俺たちが戦って来た相手は魔王だ。
宇宙人じゃねぇ。
まぁいいか。
今はとりあえずコイツらを殲滅させよう。
サユリ、ちょい下がれ。
「はい。」
師弟モードの時のサユリは、いつものおちゃらけ嫁ーズとは違い、貞淑かつ真面目な少女になる。いつもこんなサユリだといいんだけど、まぁこれもサユリという少女の一つの顔。
牛革のブーツを鳴らして、サッと俺の右一歩後に下がる。
さっきの空気斬りな、アレを刀を抜かずに出すにはまだまだ長い修行が必要だが、この空気斬りだけでもこんな事が出来る。
草薙の剣を無造作に右肩に乗せ、そこから気魄を込めて袈裟懸けに振り下ろす。
一瞬の光芒が走り、見渡す限り身体が真っ二つになったモアイ人が転がる。
さっきも話題になったけど、昔、雪山を越えた先で、気が暴走して軍隊を一個連隊くらい吹き飛ばしたことあったろ。あれの応用でもある。要は気を練って飛ばすだけだ。
「なるほど。無造作に見えても刀には練り込まれた気が満ちている、と。ならば!」
サユリは息吹を深くして刀を静かに見つめる。
「ふっ。」
短い吐息を漏らすと、そのまま振り下ろす。
既に俺たちの周りにモアイ人は殆ど居ないのだけど、更に遠巻きで逃走を図るモアイ人を5~6人ぶった斬った。
「出来ましたぁ!」
出来ちゃったなぁ。
「気持ちいいわねコレ。狙ったとこから1インチも擦れずに当たるわ。」
「そろそろ数も減ってきたのう。」
「わはははは。」
最後はフルオーケストラに和太鼓まで加わって盛大なフィナーレを迎えると同時に。
モアイ人の殲滅は完了した。
円盤の残骸が邪魔だなぁ。
「それなら大丈夫です。行きなさい。」
白鯨の指示で蜥蜴人達が金槌片手に一斉に飛び掛かって行った。
わらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわら
あぁ楽だ。
ていうか、アイツら金槌一つで分解してっぞ。
「ムーの民を舐めないで頂きたいものですわ。」
あんたさっき、民草とか上から目線だったよな。
「ひゅうひゅう。」
口笛吹くなら音を出せ。
「吹けた事ないもん。」
知らんがな。
「終わったの?」
幼女の姿に戻ったユカリが、両肩にピヨちゃんと八咫烏を乗せて走って来た。
そのままサユリの胸に飛び込んでいく。
まぁ、全滅させたから大丈夫だろ。
だから、あの時代、海の中にはモアイ型砲台しかなかったんだし。アレは帰ったら重力魔神に原子レベルまで分解させておこう。
「一生分どころか、人生2~3回分は撃ちまくったわ。気持ち良かったあー。」
しっこアープ。お前、カラミティジェーンも混じってんだろ。
「しっこ言うな。」
「まんずまぁ。コレで終わりだっちゃか?」
とうとうあんたのキャラ固まらなかったなあすまん。
「ええっちゃええっちゃ。」
「じゃあな。今度アメリカに来た時は酒飲もうぜ。」
「ほな。」
2人はそのまま光の粒子となり、西部に戻って行った。
「このデカいのがあればフランスもロシアも一発なんじゃがのう。」
危なっかしいなこのプロイセン宰相。お前にはレシプロエンジンの仕組み、教えたろ。
「だってアレ、ビーム出んもん。」
髭面のオッさんがビーム出んもんじゃねぇだろ。
「惜しいのう。」
面倒くさいから、髭はさっさと帰れ。大体、お前を呼んだ覚えないぞ。
「ふははははは。また会おうぞ。」
ハイハイ。ビスマルクも光の粒子になって元の世界に帰って行きました、まる。
「わたくし達も帰りますか。」
いや、その前に一つやる事がある。
「へ?まだあるの?」
前回、白鯨が言ってたろ。いつのまにか得体の知れない物語になっちまったから、最初の方とか設定や伏線がほったらかしてんだよ。
次回、その伏線回収の巻。
あ、あとまだ終わらない(終われない)から。こんな弱っちょろいモアイをラスボスには出来ねーだろ。




