第60話 ユカリさん開眼
「んで、お前さんら何モンだのか?」
どこの方言だそれは?おっちゃん。
俺達は通りすがりの旅人なの。
たまたまサロンがあったから土地の飯でも食おうと思って入っただけなの。
「入っただけってまぁ、マスター死んでるし建物壊れてるし。」
1人しか殺してないんだから、俺達にしちゃ大人しいもんだぞ。
大抵、どこでも一個連隊くらいは瞬殺して来たし。(主にお嫁さんが)
「保安官、この男言ってる事がおかしいって。とりあえず牢屋に入れときませんか?」
助手を名乗る女性が拳銃を上げようとする。
が。
「え?」
手の中の拳銃は縦に真っ二つになり、女性の足元にバラバラになって転がった。
うむ。
さっきは銃身を斬り捨てたが、今のは拳銃全体に刃を通した訳か。
お嫁さん、僅かの間に腕を上げたな。
「やめとけ。おめえじゃあ命が幾つあっても足りないすけ。サロンのマスターははあこん街でいつばんのガンマンだったでの。ほれにクラントン一家の連中がはあ全員しょんべん漏らして気を失ったすけ。おいらも怖くてしょんべん漏れそうだの。」
「……着替えてきます。」
「もう漏らしとるかん。」
という訳で、俺達は保安官事務所に連行されて来た。
正確にいうと、偉そうな口をききかけた保安官の気勢を削ぐために、俺がサロンの壁にハイキックをかまして、一撃で建物を粉々にしてみた。
クラントン一家とやらは、ユカリさんの気迫一丁で失神したままサロンの建物に潰されたけど、俺の一撃で致命傷になる様な大きな破片がなくなったので死んだ奴はいなかったらしい。建物が崩れた音で目を覚まして逃げてった。
アウアウアーになった保安官を引っ張って事務所に放り込んで先行こうとしたら、残念ながら正気を取り戻しちゃった。
で、事情聴取に付き合ってやってる訳だ。
「とりあえんず、あんたらにはは何も言うこと、今更なかんべえよ。ただな、おらがあんたらを引っ張ってきたんははぁ守ってやらん気にと。」
守るって俺達を?
「おらはこれで銃の腕は立つよってな。あいつら街のギャングにて。」
あいつらねぇ。
俺は椅子から立ち上がると、壁に向かって掌底を打ち出した。
ウゴッ
壁の外から蛙の鳴き声が聞こえてくる。
グワっグワっグワっグワっ
保安官事務所の壁が一面崩れ落ちる。
板壁は弱いなぁ。おまけに間柱が入ってないから脆い脆い。
日本的な真壁作りを教えてあげようか?
間柱がなくても丈夫だから。
先ずは竹を組んでだな、竹小舞って下地を
「あのう。」
何だね保安官、折角人が丈夫な壁を作ってあげようとしているのに。
「慎吾様。メリケンには日本の竹って無いと思います。」
「そう言えばエジソンも、電球のフィラメントをわざわざ日本から取り寄せた竹で作ってましたね。」
「いやいやいやいやはぁ、男が1人死んどるけぇ。それも腹に大穴開けてるだの。」
単に外から狙っている男がいたから、剄で潰しただけだよ。コイツが華奢だから身体に穴が開いただけで。鍛えている東洋人なら誰でも出来る。
「旦那様、あまり嘘は…」
ぽん。別の壁にお嫁さんの手の形で穴が開いてる。
「慎吾様、出来ました。」
「……鍛えている東洋人って化け物なのかしら。」
因みに内蔵は遥か彼方に飛ばしました。グロテスク規制です。
「こないだタイタニック号の死体撒き散らした上で釣りをしてた人の台詞じゃありませんよう。」
「と言うか、後ろにいた人に血やら腸やらがこびり付いてて、もう人の形をした赤いものが2つ3つ地面にひざまづいてゲーゲーやってます。」
情け無い、たかが人の死体が被さっただけじゃん。
「これ、まともにイラスト化したらモザイク処理されますねぇ。」
「と言うか、人の死体程度じゃ動じなくなっているわたくし達もどうなんだって話ですけど。」
だってさ、たかが飛び道具持って10人ちょっとで攻めて来ただけの人間だぞ。
どんなに俺達がそおっと撫でても、オーバーキルしちゃうぞ。
サユリにしても、ジェニーにしてもそろそろ人かどうか怪しくなって来てる成長具合だし。
「わたくしには戦闘能力などありませんが。」
いや、お前さんは歌で人を惑わす妖怪セイレーンを、歌で操る少女だぞ。
言うならば人類最強の魔法使いだ。
「あれま。わたくし魔女ですか?」
ありゃ、そっかキリスト教徒のジェニーにはやばい単語だったかな。魔女裁判とか、16世紀じゃ普通にやってた時分だな。
「良いですよ。どうせわたくしは国に捨てられた女ですし、旦那様のお力に少しでもなれれば満足でございます。大体、魔女って言っても、わたくし達の家族には神様が山ほどいらっしゃる訳ですし。旦那様が魔女になれと言うなら喜んでなりますよ。シャランラー。」
「ジェニー、それ違うと思うの。」
「二つの胸の膨らみはなんでも出来るエビデンスです!」
前川陽子さんの名曲が、なんとも胡散臭いビジネスチックになっちゃった。
「あーあーあーあー。クラントン一家が滅茶苦茶になっとるきに。」
崩れた壁から外を見た保安官が、(他人の)血塗れで転がっている悪漢達を見て呆れかえる。
さっきから気になってたけど、クラントン一家?
「んだ。牛泥棒のクラントンだ。親分は、そこで腹に穴開けて死んでる男だ。」
あー、一つ聞いとくが、この街はダッジシティとか言わねえよなぁ?
「あんだおめえさんがた、知ってこの街にば寄ったんだべなぁ。」
んじゃ、あんたの名前は、アープとかホリデイとか言わねえか?
「んだ。おらの名前はドク・ホリデイだぁ。」
アリゾナ州の事件じゃん。これ。
「え?実在した人なの?おじさん。」
目の前に本人がいて実在したも無かろう。
でもまぁね。映画の方が有名かな。主人公はワイアット・アープ。西部に知られた名うてのガンマンだ。
「アープなら、さっきしょんべん漏らしてパンツ履き替えに行った助手だあ。」
なんと。ワイアット・アープは女だった?
「だって日本人は武将も戦艦も女にするし。」
「調べてないけど、アープが女性になってるフィクションの一つもありそうですね。」
「さて、と言えばMCは自由に話を変えられます。」
おう、しっこワープ。パンツは替えたか?
あとそれ、関口宏の営業ネタな。
「しっこ言うな!あと、パンツの替えなんか持ってないからズボンだけ履き替えただけだ!」
ノーパンワープ…。
「ノーパン言うなあ!」
「さて、の一言で慎吾様が話を逸らす訳ないのにね。」
ミルク飲むかな?
「いただきます。」
…ベイビーワープ。可愛いな。
「可愛いって言うなあ!」
これはあのネタが通用するかな。
試してみよう。ワープ普通だな。
「普通って言うなあ!アタシは新谷良子か!」
おお、通じた。
「馬鹿言ってる間に、あいつら居なくなったど?」
「親分の死体を置きっぱなしにしてねぇ。」
「ありゃ、クラントンの父親だで。親不孝な連中だみゃ。」
俺はおっちゃんの方言指導を問い詰める必要があるな。もはや何処弁なのかさっぱりわからん。
「よろしく無いわよ。アイツら戦車持ってるから。」
禁酒法時代のアル・カポネだって持ってねぇなぁ。そんな物騒なもの。
「因みに近代戦車は第一次大戦中にわたくしの祖国、イギリスが投入したマークワンを始祖とします。」
ジェニーは祖国を恨んでるのか、誇りに思っているのか。どっちやねん。
「必要な時に利用しているだけです。」
正直でよろしい。時系列はとっくに滅茶苦茶になっているけど。
「で、どうするのよ。クラントン一家は山向こう、石炭の廃坑の側にある牧場に多分引き揚げたわよ。戦車相手じゃ私のM1869なんか石よ小石。」
お前さんのスミス&スエットソンは、さっきうちのお嫁さんが壊しちゃったけど?
「そうだった。どうしよう、」
しっこワープが涙目だ。
「私は謝らないわよ。私達に武器と殺気を向けた段階で覚悟してたんでしょ?」
「脅すつもりだったに。そのくらいの筈だったのに。なんでそんな東洋人がうちに来るのよおおおお!」
…ちょっぴり可哀想かな。可愛い女の子だし。
「…可愛いって言うなぁ…。」
「語尾が笑ってるわよ。」
「お顔もニヤニヤしてます。」
「パパは無意識のうちに女の子を堕とすからなぁ。」
「……堕ちて…ないもん…多分。」
お嫁さんと娘とジェニーの目が怖いんですけど。
と言う訳で、俺達は嫁ーズに引き摺られてダッジシティを後にする。
あ、しっこワープには代わりの得物として
コルト・バンドラインを渡しとく。
M1869よりも銃身は長いけど、銀に輝くお洒落な外観をしていて、いずれワイアット・アープの代名詞になるだろう。
ここら辺は、わかる人だけわかれば良いや。
「このお話って全編そんなお話なんですけど?」
それを言っちゃあおしめえよ。サユリさん。
「ねぇパパ。私もなんか出来ないかなぁ?」
クラントン一家の牧場に向かう途中、最愛の娘から相談を受けた。
でもなぁ、龍の咆哮が出来たんだろ。龍として十二分に一人前だと思うぞ。
「違うの。おかーさんは人として剣豪・剣聖のレベルまで腕を上げているし、ジェニー姉ちゃんは歌魔法が使えるようになってる。もう人としてのレベルを超えてると思うんだ。」
ワタリの俺としても、自分が面倒見ている仲間がこんなにおかしくなる事はなかったけどね。
「でも、私は龍のまま。下手をすると人間のおかーさんに戦闘力で抜かれてもおかしくないの。それはさすがに龍としての矜持に関わるの。」
うーん。出来なくもないけどさ。
「本当?」
あまりお勧め出来ないなぁ。そもそもユカリは龍としての能力はカンストしているんだよ。あとは、経年による経験値の積み重ねで一つ一つの能力が底上げしていくんだ。
うちのドラゴンちゃんとユカリの差は、要は生きてきた歳月の差でしかない。
「そっかー。でも出来なくもないってどうゆーこと?」
ユカリには龍としての急所があるだろ、そこを鍛える。
龍の急所。言うまでもなく“逆鱗“だ。
どれだけ温厚な龍であっても、どれだけ慈悲深い龍であっても、その鱗に触れられると我を忘れて暴走する。
そこらの駄竜ならおかーさんが斬り捨てるだろうけど、エンシェントドラゴンの暴走は洒落にならん。
「でも、鍛えるって言うからには前例があるんだよね。」
ある。それも身近に。それはうちのドラゴンちゃんだ。
「お姉様…。」
あの野郎、面白半分に自分で自分の逆鱗に触って、体内で暴走する魔力を制御する訓練をしていたんだよ。
「なんでそんなことを?あと、逆鱗って龍の手じゃ届かないのに。」
人間体ならば肩甲骨と肩甲骨の間、背骨の上にある。手が届くわなぁ。
「意味がわかんない。」
つまり、逆鱗による魔力暴走を制御し切れれば、龍として最大の魔力を得る事が出来る、と言う事だな。人間で言う、''火事場の馬鹿力“みたいなものだ。
通常から自律神経によって制御されている能力を自由に操る事が出来たら、そりゃ最強だろ。
「お姉様は、どうしてそんなことをしよーと思ったんだろう?」
気持ちいいんだってさ。
「はい?」
性的快感てのは、要は神経に走る電気信号だ。それを意思によって訓練によって自由に操れる奴は、実は普通の人間にもいる。
性的快感なぞ基本的に女よりよる男でも、普段の性行為とは比べ物にならないくらいの快感を得る事が出来るそうだ。
そんな事を女性がスキルとして身につければどうなるか。
と言う興味本位で訓練したら、龍としての位が上がっちゃった。
他の世界では、悪神、悪竜として討伐対象だったうちのドラゴンちゃんが、俺の管理下の元で、俺が許可した女の子だけ呑気に舐め暮らしているのは、疑似神としてもそこらの神より神位が上になったからだね。
「つまり、ただエッチなことしたくて頑張ったと。」
本人が時々、下と背中と胸の三所攻めねだって、直ぐ失神しちゃうんだけど、本人曰く
「口と前と中と後を全部、我が主で隙間なく埋められてそのまま爆発しちゃう感じなので、これはこれで別コースなんだぜ!ヒャッハー最高うううう!」「でも今日は一般コースで優しくお願いします。」と枕抱えて女の子になっちゃうんだ。
「何してるのよ、パパとお姉様。」
アイツはそっち方面に特化した龍なだけだ。
サユリが自身に宿す蛇神を制御し切って、自らの力としている様に。
敬虔なキリスト教徒であるジェニーが、異教の神の影響を受けて新たな力を手に入れたように。
ユカリは、ユカリの目的を明確に持って、その封された能力を解除するならば、
龍の力はユカリに力を貸すだろう。
その代わり、失敗すれば世の脅威として俺が“ユカリを殺す“。
古龍として、エンシェントドラゴンとして、ユカリが願う事。ユカリが手にしたい事はなんだ?
「私が、私が欲しいもの。…それは…。」